第8話 修道院
数年前、ユーフラジーは川に流されていたところを農夫に発見された。
ユーフラジーは記憶を失っていたが、美しい見た目を見込まれ、農夫の養子となった。
農夫の仕事を手伝い、家事を覚えて暮らしていたが、農夫は木から落ちて死んだ。
ユーフラジーは輝く金髪を持ち、深い青の瞳を宿し、彫刻よりもはるかに美しかった。欲しがる者はいくらでもいたし、手に入れて王に献上しようと企む者までいた。
しかし、農夫の営んでいた果樹園は修道院の持ち物であり、その世話をしていたユーフラジーも修道院へ行くことになった。
修道院では醜くあることを求められた。
ユーフラジーは自分では気に留めていなかったが、それこそ息を呑むほどの美人で、修道院の院長には厳しい目で見られた。
そして、ユーフラジーは周りの人間とは明らかに異質だった。
まるでこの世の産物ではないような。はるか過去から来ているような、それでいて未来を見ているかのような。
勉学も非常によくできたし、極めつけは歌だった。まるで水のような透明な声が空気を震わせる。逸品。
聖歌隊では最初オルガンを弾いていたが、すぐに歌のグループに加えられた。その歌声を求めて、慈善家たちは教会に集い、多額の寄付を残していく。
数多いる聖歌隊の少女の中、ユーフラジーは同じ格好をしても目立っていた。彼女の声を聴き、見るために集まる人は多かった。
それでも修道院は女の集まり。
ユーフラジーの美貌が嫉妬されない訳がなく、無視に陰口に、いろんな悪行を浴びてきた。
彼女は記憶を失った頃から、自分を諦めていた。どうなろうとどうだっていい。生きていても死んでいてもどうでもいい。ここにいるから、ここにいるのであって、いたいわけでも、いなければいけないのでもない。
自分は人間だと、彼女は思ったことがない。
この世のすべてがどうでもよかった。しかしこの感覚は不思議にも心地よかった。まるで記憶がなくなっても、昔からそうだったと思えるのだ。
16歳になり、いよいよ学業が終わり、修道院にはいられなくなった。そこで孤児院に『捨てられた』。
元々孤児だった自分が元々いるはずだったところ。
なら子どものために生きよう。
そう決意してきたはずが、ブライユ警部と出会った。彼は北の国の顔立ちで、黒髪と黒い目を持つ。そして歳はそう変わらない。
名前はヴィクトル。
彼もまた異質だった。自分と似た空気を纏っている。
どうか彼と話せたら。
いつしかそう思うようになった。
風が吹き込む窓に月が見えた。
彼も同じ月を見ていたら。
ユーフラジーは毎夜わずかな期待を抱くようになった。
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