第5話 ルクセム公園にて

ユーフラジーは外出の許可が下りたことから、孤児をつれてルクセム公園に来た。

子どもたちを自由に遊ばせ、ベンチでうとうとする。


ヴィクトルは非番でルクセム公園に読書をしにやってきた。

海外の暗号文を翻訳するため外国語を学ぶ必要があり、家から本を持ち出してきたのだ。

警部となり警察としての仕事をする一方、外国の美青年の顔立ちを生かしてスパイやら逆ハニートラップをするやらで忙しかった。

目立つと言えば目立つが、亡命以前の暮らしで存在感を消すことには長けていた。それでいて意図的に相手に自分を印象付けることもできた。

政府はケチではなく、相応の報酬を払ってくれるため、仕事以外にすることがない彼が依頼を断ることはまれだった。


ユーフラジーのいるベンチ前にヴィクトルが来た時、彼は衝撃のあまり本を落とした。

昔、崖から落ちて死んだはずの『ひばり』がいる。

彼女の顔は見覚えがあるどころか、まさに昨日見たかのように焼き付いていた。

心臓が跳ねるように鼓動し、赤面する。

「あの」

恐る恐る、声をかける。

ユーフラジーは伏せていた瞳をヴィクトルに向ける。

「はい?」

今となっては分かる。『ひばり』は初恋の相手だ。仕事で女と共寝をした時も、『ひばり』のことを忘れていなかった。この退屈な女が『ひばり』だったなら、いくらでも甘い言葉を吐くのに。手を取って歩いているのが『ひばり』だったなら、歌ってくれただろうに。

「あなたは……昔出会った、あの『ひばり』ですよね」

ユーフラジーは首をかしげて言う。

「さあ。あなたは誰ですか」

「お、俺は。ずっと。いいや、違う。人違いでした」

『ひばり』がここにいるわけがない。あいつは死んだのだ。

ヴィクトルは本を拾って立ち去った。


ユーフラジーが孤児院に帰ると、サライが駆け寄ってきた。

「大変だよ、コゼット!」

コゼットとはユーフラジーの愛称で、サライは妹同然の彼女のことをこう呼んでいる。孤児院の子どもたちも今ではすっかり『コゼット』に馴染んでいる。

「どうしたんですか?」

「明日警察が来て、子どもの中から一人選んで連れて行くって!」

「ええ!どうして」

「詳しくは教えられないってさ。だけど報酬も出るし、子どもも教育を受けさせてくれるんだって!」

ユーフラジーはわずか半日で子どもの顔と名前を覚えた。

出会いから一か月経った今、子どもたちに愛され、子どもたちを愛している。

だから、離れることになっても見送らねばならないと決心した。

どっちにしろ、子どもは早くから修行に出され、職人に育てられる。今だとか後だとかの話ではない。

「その警察の相手なんだけど、お願いしていいかな?」

「え!?院長のあなたではなく?」

「だって警察怖いもん」

「じゃあ傍にいますから、一緒に話しましょう」

それでも渋るサライだったが、ユーフラジーの説得で溜飲を下げた。

サライは昔、外国で傭兵をしており、警察であろうと何であろうと殺すほどの力は持っていたが、殺さないための技はあまり自信がなかった。

孤児院には不適切な輩も石を投げに来たりする。その度、殺してやろうかと呪うのだが、みねうちができないので唇を嚙んでいた。

ユーフラジーが来てからは、孤児院の印象も良くなり、彼女目当ての慈善家も訪れるようになった。

それでもサライは見知らぬ者には敏感だった。

「大丈夫です。私がいますよ」

院長がどちらなのか、分からなくなる子どもたちだった。


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