#16 地獄の修行
修行が始まって一ヶ月が経った。はっきり言って地獄だった。ほぼ休む間もあまり与えられないし、なによりなんヘインがとんでもなく厳しい。というかいくらなんでも厳しすぎる。鬼というのが正しい。初日なんか私がやつれて帰ってきて、メディさんとレツハさんがどっちも呆れた声で、やりすぎだ、と言っていた。
「はぁ…はぁ…」
「一度休憩するか?」
「お願いします…」
この休憩時間が唯一の憩いの時間だ。それ以外に休めるところなんてないに等しい。
「…すまないな。」
「なんで、謝るの?」
突然ヘインがそんなことを言ってきたので、私は息を切らしながら理由を聞いてみた
「俺が、お前のことを何も考えてないような修行のメニューを毎日しているからな…短期間での基礎体術の完全会得なんて無理なのがわかっていながら、ずっとこれをやらせてしまっている…それに対しての罪悪感があるんだ…」
どうやらヘインなりに罪悪感を感じていたらしい。確かに厳しいが、そこに負い目を感じる必要なんてないはずだ。この修行を受けて立った私の方もいくらかは覚悟できていたことだし、ヘインは事前に言ってくれていた。だから私も続けていられる。
「罪悪感なんて感じなくてもいいよ。私も覚悟できていたことだし、自分の強さが一か月前とは全然違うってことにも気付いてる。まだヘインには遠く及ばないけど、他の人たちよりもある程度は戦えるようにもなったはずだよ。」
私は自分が思っていることをはっきりと、ヘインに伝えた。それを聞いた彼は少し笑いながら
「ありがとう。まさかお前に慰められる時が来るなんて思ってもなかった。憎まれ口の一つや二つは吐かれると思ってたんだけどな。杞憂だったみたいだ。それじゃ、再開するか?」
「うん、しよう!次は負けないからね!」
「あぁ、望むところだ。」
そうして私たちは、修行を再開した
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「くっ…」
どたっ、と、音を立てて私が倒れる。
「受け身はどうした?そんなんじゃすぐ死ぬぞ」
「こんの…!まだまだぁ!」
私はヘインに向かって全速力で走り拳を振りかぶるが、それは空を切った。それを予測した私はヘインが避けた真後ろに回し蹴りを入れる。が、それも虚しく攻撃は避けられてしまった。
「これで四回目だ。」
ヘインが私の心臓部分に棘を向けながらそう言う。四回目、というのはこの実戦演習のなかで私が死んだ回数のことだ。
「なんで避けれるんだよ!さっきの回し蹴りも結構いい線行ってたと思うんだけど!?」
「相手が予測した一手の先をさらに予測する。これが戦場での鉄則だぞ?一度の回し蹴りだけで一撃いれれると思ったら大間違いだな。」
「ぐぬぬ…」
さすがにヘインは強い。私が予測したところでその先を打ってくる。現状、何百回もした実戦演習の中、一度もヘインに攻撃を入れることはできていなかった。
「まあ確かに、最初よりも格段にいいな。ちゃんと殴る蹴るのフォームもおかしいものでもないし、最初の適当に乱雑に打ってる頃よりも明確な狙いがあって打ってきてることもわかる。」
こんな感じでたまに褒めてくれるのだが、こんなのがお世辞だと思うほどに、全く攻撃が当たらない。ずっと空を切っているばかりだ。
「次こそは…!」
そうしてまた、私はヘインに攻撃をしては、5回、六回と死んだ回数のみを増やしていき、最終的に100回と到達してしまった
「はぁ…はぁ…強すぎる…ってぇ…」
「ふう…流石の俺も体力にキタな…どうだ、強くなれた感じがしたか?」
「ぜんっぜん…だよぉ…前よりも、マシになった気は…したけど、それでも感じることができたのは、微妙な感じ…」
ヘインも体力を消耗してるはずなのに、全くそれを感じさせないほど動きが鈍くなっていなかった。体力お化けがすぎるでしょ…
「よし…体術の方は一旦これくらいでいいか。じゃあ、異形の発展について教えるぞ。」
「できるかなぁ…?」
はっきり言おう。私はバカだ。それも極度の。深く考えるのが苦手で、突発的に何事もやるタイプ。考えることにおいては苦手すぎて、誰も私に勝てないであろう。
「自分の中で解釈をひろげるだけだ。誰でもできるぞ。」
「そうだなぁ…」
私は考えに考え、仮説が出ないままでいた。
「準ずるものなら本当になんでもいいんだぞ。さっきも言ったが、どんなにぶっ飛んだ仮説であっても、できる可能性はあるからな。」
「う〜ん…あ、そうだ。」
私はひとつだけ、ある仮説を思いついた。面白そうな、そんな仮説を。
「何か思いついたのか?」
「うん、思いついたけど…秘密!一人でこっそり練習してみることにするよ。」
「そうか…できるようになったら教えてくれ。とりあえずマンツーマンの修行は今日で終わりだ。今までご苦労だったな。よく耐えたよ。」
そうか、明日からはレツハさんが選別した人たちが修行の対象になるのか。マンツーマンの鍛錬、なんだかんだで楽しかったから、そう考えると、少し寂しい気持ちもした。
「時間がある時、またつきっきりでみてやるよ。その時は俺のことを呼んでくれて構わない。さぁ、今日は一旦集落に戻るぞ。」
「わかった。またその時があったらお願いするね」
そういうとヘインは仮想空間を閉じ、私もそれについでヘインと共にそこから踵を返した。
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フードを深く被った男は木々の影から、2人を見ていた。
「ほー…あれがヘイン…ええなぁ、前チラッとみた時より力が上がっとるわ。それに嬢ちゃんの方も、前勧誘した時よりずっと強うなっとるわ…」
男は感嘆し、思わず笑みが溢れた。が、それと同時に、異様な気配も感じ取った。
「この気配…人間の兵士やな。方向から察するに…あの2人の方向かっとるな…あかんあかん。今は邪魔させるわけにもあかんし、しゃーない…」
男はさらにフードを深く被った。そして、フードの奥から見える光のなくした紫紺の瞳をその気配に対して向けて一言。
「殺すか。」
そう言って男はその兵士の元へと向かった。
「なんだ貴様は!調査の邪魔をするな!」
「あーいや、名乗るほどのものでもないわ。ただ、ここを通らすわけにもあかんのよ。今帰ってくれるなら、その命だけは見逃してもいいんやけど…どうや?」
「邪魔をするのなら、殺す!」
男は嘆息を吐いた。自身が見せた最後の善意を蔑ろにされたのだから。そうして兵士は剣を持ち、男に突っ込んでいった
「ふーむ…まぁそうやろうな。諦める可能性なんて一ミリもないか。」
男は振りかぶられた剣を手で止めていた。手のひらで。
「ばかな…!なぜ…!」
「後悔させたるわ。」
男は兵士を殴打で吹っ飛ばし、こう言い放った。
「まとめてきいや?そうせんと全員無惨に地獄行きやで?」
そこは人間の悲鳴が鳴り響くだけの惨劇の森へとなったのであった。
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