#4 メディの過去

兵士が牢獄に連れて行かれた後、私はメディさんと避難所で談笑していた


「仕事が増えてしまいました…」

「それは…残念でしたね」


メディさんはさっき、捕らえた兵士のお世話係をヘインの名指しで頼まれていた。他人の生活を自分が管理するなんて、とてもめんどくさそうだ


「いやですよ〜…もう人の介抱をするのは懲り懲りだっていうのに…」

「過去に、何かあったんですか?」


私はこの質問をした瞬間、しまった、と思った。誰にだって話したくない過去があるだろうし、ましてやさっき知り合ったばかりの何処の馬の骨とも知らないようなやつに答えるはずがない


「あ、すみません…失礼なこと聞いてしまって…」

「何を謝ってるんですか。私は別に怒ってないですし、嫌な思いもしてませんよ。匂わせる発言をした私も私ですし、メイプルちゃんに非はありません」


メディさんからそんな返答が返ってきたことに対して、私はメディさんの心の器の寛大さに感嘆した。どれだけ優しいのだろうか。


「…気になりますか?私の過去」

「…少しだけ、話したくないことなら、全然話さなくても大丈夫です」


メディさんは少し悩み、こちらの方に向き直って


「…メイプルちゃんになら、いいのかもしれませんね。かなり嫌な話になりますけど、大丈夫ですか?」

「それくらいの覚悟ならあります…異形の過去は、碌なものじゃないって以前から聞いてますから。」


メディさんは少し微笑み、碌なものじゃないって、随分な言い草ですね。と言った。続けて


「でも、間違いじゃないありませんよ。私然りヘインさん然り、みんな暗い過去を持ってます。それに、確かに私の過去は碌なものじゃないです。というより、メイプルちゃんが想像してるより全然酷いものかもしれませんし…それでもいいのなら、話してあげます」


私は頷くと、メディさんはわかりました。と言い、いつものふわふわしたような感じではなく、少し陰鬱気味な雰囲気になり、過去を語り始めた


「…私は、元々人間の帝国で働く医者だったんです。それに、かなり評判も良かったんですよ」


それを聞き、私は驚愕した。まさか、元は帝国の人間だったなんて


「めちゃくちゃ頑張って勉強して、ようやく医師免許を取れた感じですけど...それに、私は才能がありませんでしたから。...世間で話題になる、天才医師、とは程遠かったんです。」

「...それでも、医師になれるだけ凄いですよ。」

「ふふ、ありがとうございます。」


いや、普通にすごい事だと思う。医師になるのなんて、天才でない限りは、いや、天才ですらかなり苦労するものだろう。それを努力だけで合格したメディさんは、とてもすごい人なんだと思った。


「...でも、それも全部、姉と妹のおかげだったんですけどね。」

「姉と妹...?」

「はい、いたんですよ。優しい姉と、可愛い妹が」


まさかメディさんに姉と妹がいるなんて。いや、知らなくて当然だろう。さっきあったばっかりだし、悲しくも異形になってしまったことが意味するのは、人間社会という名の輪から外れてしまうという事なのだから


「...実は、妹が今でも治療法が分からない謎の病にかかってしまって...」

「...不治の病...ってやつですか?」

「はい、『パーマネントマナランページ症』って言うものなんです。」


パーマネントマナランページ症。聞いたことがある。確か、体内にあるマナが体の中で暴れる「マナレイズ」という一種の魔力暴走状態が、永遠と続く原因不明の病のことだったはずだ。


「...文書には、『マナレイズ』がずっと続く、と軽々しく書かれていますが、そんな優しいものじゃないですし、『マナレイズ』そのものがとんでもなく危険なものなんです」

「確か、大気中に存在しているマナが正常な流れで流れなくなって、魔力の逆流が起こって体内からマナが全て抜け落ちて魔法が使えなくなるんでしたっけ。」

「はい。...それに、魔力の逆流はその人の死をもたらすことがあるんです。だからこそ、初期段階で抑えれるように、私は研究を始めたんです。...妹を失うのが怖かったから...」


そして、と、メディさんが続けて


「初期段階で抑えることは成功したんです。この時の私はとても喜んでました。...それが、更に私のことを追い詰めることも知らずに」

「え?でも、初期段階...つまり、『マナレイズ』を止めること自体は成功したんですよね?」


メディさんは俯き、こう言った


「...正確には、無理やり止めたんです。」

「無理やり...?」

「『マナレイズ』自体で見た時には、そこまで大きな症状はないんです。結構ある事ですし、自分自身で起きても治せますから。」


そう。『マナレイズ』自体の対処法は簡単なのだ。マナの暴走、というのはいわゆる自分が持てるマナの所持上限、もしくは魔力の過剰使用によって出るもの。つまり、外に魔力を少しずつ放出することで対処が可能なのだ。


「...マナというのは、人によって形質が違うんです。それも全く。似てるといったような事例は、本当に極稀なんですよ。」

「はぁ...」


初めて知った。マナ自体は大気中に存在しているため、全て同質のものだと思っていたのだが、どうも違うらしい


「...無理やり止めたというのは、妹のマナの扱い方がまだ未熟だったんです。だから、1人で操ることも出来てなかったんですよ」

「...まさか」


私はそこで察した。そして、メディさんが続ける


「私は妹の体内に、妹の魔力の質にできるだけ調和させた私のマナを少しだけ流し込んで、それを利用して体内にあるマナを少しずつ私の手で抜いていこうとしたんです。そして、それは成功しました。」

「...成功したなら...」

「...いや、成功はしました。ただ、その行為そのものが失敗だったんです」


私はメディさんの言っていることがイマイチ理解出来ていなかった。


「自分自身のマナじゃない魔力が、体の中に入った時に起こる『魔力の反発』…調和させたとはいえ、起こるには起こったんです」

「でも、調和させてたなら軽度で済みませんか?」

「はい…軽度ですみました…ですが、見たことのない反応が起きたんです」

「見たことない反応…?」


見たことない反応…ということは、おそらく文書にも載っていないものだったのだろう


「…妹の体に流した私の魔力が、妹の魔力と一瞬反発した後、その後すぐに同調し始めたんです。…元々、私の魔力には睡魔を誘う性質がありました。それがダメだったんです」

「…もしかして…」


同調したとはいえ他人の魔力であることには変わりないだろう。おそらく、メディさんの妹は…


「もしかして、です。そのまま、起きなくなってしまいました。生きてはいるんですけどね…植物状態っていうものです。無論、同調してますからその魔力が抜けることもないので…今もずっと、多分そんな状態です。」


そして、とメディさんが続ける


「私は、妹のことを起こそうと必死になりました。そのことを知った姉からは応援されていましたが…父母には嫌悪されました。それが噂として広まって私自身の悪評が世間に蔓延り始めたんです」

「そんなことって…!」


私は自分の拳をギュッ…と力強く握りしめた


「仕方のないことなんです。事実、眠らせたのは私なんですから。私は甘んじて、それを受け入れました。…と言っても、ストレスや自己嫌悪からは逃れられませんでしたが。それに、患者が抜け出すこともたくさんありました。それの心配とかで、私は異形が発現したんです」


その後は…とメディさんが続けようとした途端に、ヘインが帰ってきた


「あ、おかえりなさい。どうでした?」

「…殺した。」

「え…?」


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