第39話 一之瀬か警視庁か

「だめ。退屈だわ。もう…。」

 凜はその幼い頬をぷくっと膨らませた。


 ガチャリ。


 固く閉ざされた重曹なドアが開かれ、バイオリンケースを持ったゆづりが立っていた。

「あれ?思っていたよりも早かったのね、おねえちゃん?しかも?バイオリンまで持ってきちゃって!」

 ゆづりは拘束されている一之瀬を一瞥いちべつし、凜に向き直った。

「凜、私は来たわよ。一之瀬さんを解放して。」

「ん~どうしよっかなぁ?」

「約束よ。もう終わりにしましょう。」

「ねえ、それよりどうやって入ってきたの?」

「普通に入り口からよ。この地下室は火事で焼けずに残っていたのね。初めて入ったけれど。」

「ふ~ん、そっか。ふふ、いいでしょう?ここはね、お父様のだったの。素敵なコレクションでしょう!ところで、いつもおねえちゃんと一緒のマーティンは?」

「爆弾処理をやってるわ。」

「へぇ、爆弾のスイッチはここにあるのに?」

 凜は手に持っている小さなボタン状のものをゆづりに見せた。

「時限爆弾なら、もう解体したはずよ。」

「そうかな?押してみよう。」

 凜がスイッチを押した瞬間。ドオン!と割れるような音とともに地面が揺れ、壁の隙間からぱらぱらと細かな破片が落ちてきた。その振動でゆづりは床にひざまずいた。

「はい、あなたのマーティンは終了おしまい。」

「なんてことを…。」

「さて、ここで問題です!あと、もうひとつ。爆弾はどこに仕掛けられたでしょうか?」

「どこで爆弾なんて手に入れたの。」

「仲川さんが用意してくれたんだぁ。」

「仲川…。」

 一之瀬がうめくように口を挟んだ。

「うん、もう使けれどね?おねえちゃんのせいで。」

凜は一之瀬に向きながら笑うように言った。

「警視庁…。」

 ゆづりが呟いた。

「もう~、おねえちゃんてば頭良すぎ!じゃなくて、私が『仲川さん』ってヒント与えちゃったもんね。当たり前かぁ。」

 警視庁に爆弾が取り付けられてる…。

『ー取引ー 一之瀬か警視庁か 』

 そういうことか。けれど、答えは決まっている。一之瀬君のお兄さんを見殺しにはできない。私は一之瀬さんを、そして警視庁は…。


 ゆづりはゆっくりと立ち上がり、持ってきていたバイオリンのケースを開いた。

 もう終わりにしよう。


「へぇ?おねえちゃん、ここの全員殺す気なんだ?」

 私はバイオリンに弓をかまえる。

「一之瀬さん、ごめんなさい。少し…不快な音だけど。」

 ゆっくりと弓を弦に滑らせていく、そして…。


「きゃあぁぁぁぁ!!ごふっ。ごふっ。やめて!おねえちゃ…痛い!!」

 凜が床に転がり、血を吐いた。

 私は弓を止めた。

「な、んで?私だけ?」

 凜の血まみれの状態に、誰もが混乱した。

「そこのあなた、一之瀬さんを…彼を解放して。」

 凜の配下と思われる男に言うと、男は私を恐れ素直に一之瀬さんを解放した。

「神代さん、一体これは?確かにちょっと耳障りな音だった。けれど…。」

「これが私の【死曲】。私の奏でる異音は、体に異なる臓器をほどこした者にだけ、拒否反応を起こす仕組みになっているのよ。だからそうではない私も、一之瀬さんも、あの者たちも耳障りな音にしか聞こえない。けれど、凜は…。」

「臓器移植者、ってことなのか。でも何故なんだ?」

「凜は…私の知っている凜はだった。」

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