第37話 拉致

 ここは…?気が付くと同時に頭に痺れる痛みが走った。

 ズキッ!

「う…」

「あら、もう気が付いちゃったみたい。」

 ぼんやりとした視界が少しずつクリアになってきた。

 薄暗く、空調機がカラカラと回っている。部屋の奥には大きなデスクがあり、座っている人物がいた。

「なぜ君が!うっ…。」

 再び、痛みが走る。薬で眠らされてたのか。

「あまり考えない方がいいよ?おバカさん。」

 起き上がろうとしても起き上がれなかった。どうやら大きな台の上に乗せられて手足が拘束こうそくされている。

「どう?自分の弟がかれた台に乗っている気分は?」

 そういいながら椅子から立ち上がり、近づいてきた。

「なん…。神代凜…。」

「正解~!よくできました。」

 ドンッ‼突然みぞおちを殴られる。

「ゲホッ!」

「本当はね、弟君と同じようにお裁縫してあげたいの。でもそうすると、おねえちゃんは来なくなっちゃうかも知れないでしょう?だから後で上手にお裁縫してあげるね?あはは、楽しみだわ~、ね?あなた達もそう思わない?」

 神代凜の傍に3人の男たちがいた。どこかで見たことがある顔ぶれだったが、今は思い出すことも無理だった。



 マーティンの運転する車が到着すると、ゆづりはすぐに車の助手席へ乗りこんだ。

「ゆづり様、デリアからの報告です。」

「ありがとう。」

 USBに変換器を取り付け、マーティンが持ってきたノートパソコンへ接続した。データはすぐにインストールされ、細やかに情報が並べられていた。

「灯台元暗しだったのね。急ぎましょう、凜の事だから私が行くまで一之瀬君は無事だけれど、時間が経つと気が変わる可能性が高いから。」



「ゆづり、13歳のお誕生日おめでとう。」

「おねえちゃん、おめでとう!」

 休日の昼下がり、お母様と凜が私の誕生日を祝ってくれた時の事だ。

「ゆづり、プレゼントよ。」

 キュ~ン。

 それは真っ白な子犬だった。

「ありがとう、お母様!大切に育てるわ。名前は何にしようかしら。」

 凜が子犬を見ながら

「いいなぁ、おねえちゃんばかりズルい!私も子犬がほしい!」

「凜はまだ小さいし、ゆづりと一緒に可愛がってあげて。」

「わかった、ね!」


 そしてその日の夕方…。

「ねえ凜、子犬見かけなかった?名前を付けてあげたくて。」

 庭でしゃがんでいる凜に声をかけた。振り向いた凜は血だらけだった。

「おねえちゃん、お裁縫がうまくできないの。子犬ちゃんを直してあげたいのに直せないんだ。」

 足元には真っ白だったはずの子犬が真っ赤に染まって、四本の脚はありえない方向に曲がってたり、外れてたりしていた。腹からは内臓がはみ出していて、無理やり縫ったあとがあった。

「凜、それ…。」

「子犬と遊んでるんだ。さっきはおもしろいくらいうるさかったのに、もうおとなしくなっちゃった。つまんない。あとはおねえちゃんに任せるね。」

 凜はおもちゃに飽きた感じで、その場を立ち去った。

 ザアッと風が強く吹き、死んだ子犬の赤い毛が風に揺れた。



 


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