第26話 cross

 凜は順調に回復に向かっていき、車椅子で病院の庭の散歩をするところまで許された。

『妹さんの精神的は回復してきてますが、まだ栄養状態が悪いです。まずは点滴治療を行いながら、五分粥と柔らかい野菜から始めてます。様子を見ながら普通食に向かっていきますので…。』

 ゆづりは車椅子に凜を乗せ、ゆっくりと進みながら医師から伝えられた言葉を思い出し、胸がチクリと痛くなった。


 早く元気になって、栄養のある美味しいものをたくさん食べさせなくては…。


「…ちゃん!おねえちゃんってば。」

 ハッと気が付くと、凜が車椅子の背もたれから覗くようにこちらを見ていた。

「もう。何回も呼んだのに。」

「あ、ごめんね。考え事してたから。」

「なにを考えていたの?」

「凜が家に帰ってきたら、お祝いしなくちゃって。あ…」

 そうだ、もう以前住んでいた屋敷では無くなった。そのことを、凜にはまだ伝えてなかったのだった。それにはあのの話をしなくてはならない。せっかく元気になってきたのに、あの時のことを思い出して心が壊れてしまうんじゃないだろうか…。

「おねえちゃんってば、また考え事してる。あ、わかった!」

「え…。」

 ゆづりはドキッとした。

「一之瀬さんのこと考えていたんでしょう?」

「え…ええ?」

「一之瀬さんは彼氏なんでしょう?」

「ち、ちがうわよ!」

「あ、おねえちゃん、赤くなった~。」

「誤解だってば!もう凜ったら…。」

 ふと、ゆづりは思った。


 なぜ凜は、の一之瀬さんと私が知り合いだって知っているんだろう?あ、そっか。一之瀬さんか、松村刑事にでも聞いたのね。きっとそうだ。


「おねえちゃん、私、ちょっと眠くなってきちゃったかも。」

「あ、ごめん。気が付かなくて…。病室に戻りましょう。」



「亮はいったい、どこに行ってしまったのかしら…。」

 母が目を潤ませている。亮の行方がわからなくなってから、4日目。行方不明者届(捜索願)も出したが、今のところ事件性がないので公開捜査とはならない。だが、そんなことは母には言えない。亮のことが心配であまり寝ていないのだ。

「僕も捜すから、母さんはゆっくり寝て身体を休めて。」



「凜様が今までどこにいたのか、デリアにも情報は掴めなかったようです。それともうひとつ…一之瀬亮の行方なのですが、突然の監視カメラの妨害が入っていて、大学付近で足取りが消えてます。」

「ふたつとも、監視カメラの妨害?同じ日に?」

「そのようです。」

 マンションに戻ってきたゆづりは、マーティンから二つの情報の結果を聞いた。

「組織が?いえ、そんなことをするのは反組織?」

「恐らく。」

「だとしたら、一之瀬君が危険だわ。」

「ゆづり様を混乱させるのが、目的かもしれません。」

「いえ、一之瀬君は必ず助けるわ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る