第13話 ノクターン第二番

 仲川を後に、一之瀬亮はゆづりの後を追った。なにを話していいのかわからない。けれど、わかったことがひとつある。

(神代さんが好きだ。)

 いつか伝えるために、次にまた会った時のために、今は…。


 一之瀬亮はゆづりを完全に見失っていた。バスに乗った?いや、タクシーか?歩道を渡り辺りを見まわす。公園が目に止まる。もしかしたら、読書の邪魔をしてしまったから、公園かも知れない。『公園』と一言で言っても、森と呼ばれるだけ広い。無謀な捜索かも知れない。それでも一之瀬亮はひたすら走った。

 そもそも公園には、いないかも知れない。自宅に帰ったかも知れない。すぐそばに水飲場があるのを見かけ、そこで初めて喉が渇いていた事に気が付いた。

 バシャバシャッ!と水を出し、水を飲み顔を洗った。前髪からしずくがポタポタ落ちる。もう諦めて、ちょっと休んでから帰ろう。そう思って道沿いにあるベンチへと歩き出した時だった。帽子を目深に被った背の高い男とすれ違う。嫌な感じがして振り返った瞬間、男は拳銃を構えていた。口元がニヤリと笑うのが見えた瞬間、一之瀬亮は地面に倒れていった。



 その夜、都内の高級レストランを貸し切り、国会議員の夫妻3組が集まり会食を楽しんでいた。ウェイターが近寄り一例する。

「本日は皆様に楽しんでいただけるよう、サプライズをご用意致しました。」

 そこへ黒のワンピースを着たゆづりが、バイオリンを持って登場した。

「本日はお招きいただき、ありがとうございます。どうぞごゆっくりお楽しみください。」

 ゆづりはゆっくりと曲を弾き始めた。

「これはショパン・ノクターン第二番だね。私はこの曲が好きなんだよ。」

 議員の1人が得意げに語った。ノクターンは日本語で夜想曲。フランス語で「夜の」という意味だ。その場の全員が聴き惚れ、感銘かんめいを受けた。そして、次の日の朝を迎えることはなかった。



 一之瀬晃は当直明けだった。軽く朝食でも…と思った瞬間に電話が鳴る。ちょっと休憩とかちょっと仮眠とか、そんなタイミングに電話が鳴るのはフラグなのか、よくあることだ。

 大した事件でなければいい…あくびをこらえながら電話を取り、急に顔が曇る。

 電話を切って上着を着ようとすると、また電話が鳴る。

(なんだって、こんな時に…)

 電話に出る。交換が繋ぐ。母からだった。

『晃、忙しい時にごめんね。昨日から亮が帰ってきてないの。連絡なく帰ってこないなんて初めてだし、ケータイも繋がらないのよ。』

 母が心配するのもわかるが、今はそれどころじゃない。 

「亮だって子供じゃないんだから、そのうち帰ってくるか連絡はくるだろ?ごめん、仕事でこれから出なくちゃいけないんだ。また連絡する。」

 電話を切って、ドアを開けるとまた電話が鳴った。

「どーなってるんだよ、おい!」

 電話に出ると、また事件だった。

(流石に身体がひとつじゃ足りないな、これは。)

 緊急で松村に連絡を取る。

『わかった。俺は公園の方に直行する。お前はレストランに向かえ。後から仲川も直行させる。』

「お願いします!」



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