第12話 罪と罰

 ー国立築附大学ー

 講義のあと、ゆづりは学院内の図書館に寄った。課題論文に使うお目当ての本は、当然のことだがどれも貸出中だった。文庫なら邪魔にはならないだろう…と買っては増えていき、自室の本棚もいっぱいである為なるべく増やしたくないと言うのが本音だが、仕方なく購買部へ向かった。

 購買部で働くのは一般のパートさんで、いつも明るく楽しげに仲間達とおしゃべりをしている。その後ろを通り過ぎ本のコーナーに向かう。ドフトエフスキー【罪と罰】。上下巻まとめて手に取り、ドリンクコーナーでチルドカップコーヒーと一緒に会計をする。学生証にはICチップが内蔵されており、キャッシュレスで購入出来る。

「カバーお付けしましょうか?」

「お願いします。」

 店員は手慣れた感じで紙カバーを付け、渡してくれた。

「はい、どうぞ!」

「ありがとう」

 購買部を出てすぐ、いくつかベンチがある。ちょうど木陰になっていて、ゆっくり読書をするのに良かった。チルドカップコーヒーにストローを通し、本を読み始める。

「あれ?神代さん。」

本から目を離し顔を上げると、声をかけてきたのは一之瀬亮だった。

「こんにちは。」

「あ、本を読んでる所を邪魔しちゃったね。」

 そう言いながら一之瀬亮は隣に座った。

「私になにか?」

「その…えーっと、神代さんていつからバイオリンを習ってたの?」

「覚えてないわ。」

 会話は終了した。気まずい沈黙だった。そこへ仲川が現れた。

「あれ、一之瀬君と神代さんですよね?奇遇だなぁ!」

 奇遇でもなんでもない。ここ2、3日仲川はゆづりの周りをうろちょろしていた。一之瀬亮と一緒のタイミングを狙って、話しかけて来たのだろう。

「あ、仲川さん…でしたよね?兄と一緒に仕事してる。」

「そうそう、覚えててくれたんだ!」

「どうして大学ここへ?」

「今日はオフでね!たまに大学の雰囲気を味わいたくって、購買部にはよく来るんだよ。」

 かなり無理のある嘘だったが、一之瀬亮は疑うこともなく純粋に相槌あいづちをうっていた。

「では私は失礼します。」

 ゆづりが立ち上がると、一之瀬亮は悲しそうな顔をし仲川は慌てて「神代さん、モスクワの事故には巻き込まれませんでした?」と尋ねた。

「それは聴取ですか?」

 ゆづりは表情を変えず返答した。

「いやいや、今日は僕、オフなので…」

「プライベートを申し上げたくありません。では失礼します。」

 軽く会釈をし、ゆづりは立ち去った。


「あの…ごめんね?なんか僕、邪魔しちゃったね。」

 仲川はバツの悪い顔をした。

「いえ、いいですよ。僕もたいした会話してなかったし。」

「神代ゆづりさんとは仲いいの?」

「仲良くなりたいんですけどね、彼女は誰も近寄せない壁があります。それより、さっきのモスクワって?」

「あ、あぁー…」

 仲川は頭を掻きながら

「実はさ、ちょっと前にモスクワでホテルが爆発して火災が起こったという、テロ事件知ってる?同じ日に神代さんがモスクワに行ってたみたいだったから、ちょっと、ね…。」

「仲川さん!それ、神代さんに失礼ですよ!まるで、事件に関係ある言い方だったじゃないですか!それに巻き込まれてたなら、今、ここにいないですよ!」

 一之瀬亮は仲川に激怒した。

「そ、そうですよね、はい。あの、このことはお兄さんには内緒で…お願いします。」


 ゆづりは近くの公園にきた。噴水近くにパーゴラがあり、そこで本を読む事にした。

 しばらく読みふけっていると、隣にが座った。近づく気配に気付けなかった!ゆづりは振り向きもせず、本に目を落としたままいると、帽子を深く被った男はメモをベンチに置きすぐに立ち去った。

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