第11話 デリア

「先輩!先輩!ちょっと聞いて下さいよ。俺、すっごい情報を手に入れたんですから。」

 会議室廊下で松村と一之瀬がコーヒーを飲んでいる所へ、ドヤ顔の仲川がやって来た。

「興奮するな、静かにしろ。」

 松村が顔をしかめる。

「あ、松村警部。お疲れ様です。」

「おまえ今、俺のことついでだったろ。」

「いえいえ、そういうわけじゃ…じゃなくて!1週間前にモスクワの【ホテル爆発テロ事件】があったじゃないですか。実はですね、同日になんと!」

「勿体ぶらなくていい。さっさと言え!」

「なんと、神代ゆづりとマーティン・ホフマンがモスクワにいたんですよ!」

 松村と一之瀬が顔を見合わせた。

「もしかすると、前回の事件と関連性があるかも知れません!事情聴取しますか?」

 松村は目頭を押さえた。

「バカだな。前回の事件は犯人が捕まって、捜査終了しているだろう。今回のモスクワも、ホテルの名簿にあった日本人38名は死亡したらしい。その中に神代ゆづりもマーティン・ホフマンの名前はなかった。なにもないのに日本の外で起きたテロ事件にウチは関与できん。」

「あ、そうか。」

「まぁ、よくそんな情報を手に入れたな。」

 松村は皮肉を込めて言った。

「日頃の行いですよ!」

「そうだな、仲川。その調子で頑張れ。」

 一之瀬は仲川の背中を叩いた。



 マーティンは宝石店を訪れた。入り口や通路、至る所に警備員が立っている。取り扱っている宝石のついたアクセサリーは、どれも高級品で鍵のついたガラスのショーケースに陳列されていた。マーティンはネックレスのコーナーでショーケースを覗いていた。

「失礼致します。お嬢様へのプレゼントをお探しでしょうか?」

 長い髪を後ろできちんとまとめられた、30代後半の女性スタッフが声をかけてきた。

「ああ、を探しているんだが。」

「かしこまりました、ご案内します。どうぞこちらへ。」


 応接間に入り、女性スタッフが壁の本棚を移動すると、特殊な蝶番ちょうつがいの扉が現れた。鍵の束からひとつ選び、鍵穴に入れるとガシャリと音を立てた。

「どうそ、こちらです。」

 薄暗い地下へと続く階段を降りると、また蝶番の扉があった。さっきと同じように鍵束から、またひとつ選びガシャリと開ける。

「ここはもう遮断された空間です。通信器…例えがあったとしても、意味がありませんわ。主人が中でお待ちです。お進み下さい。」

「ありがとう。」

 マーティンは奥へと進んだ。アンティークな椅子に初老の婦人が座っていた。

「久しぶりじゃないか、。」

「お久しぶりです、デリア。」

「しばらく見ない間に、いい男になったじゃないか?年の割に筋肉つけすぎじゃないかい?まぁ、お嬢ちゃんを守る為なら当たり前かね。」

「ははは、からかわないで下さいよ。」

「まぁ、そういう家系だからね。諦めな。」

「ところで…旦那様のいた組織についてうかがいたい。」

「ふうん…高いよ?」

「昔のより?」

「もう歳だから忘れてしまったわ!」

「でしたら、しょうがない。思い出してもらうしか…。」

「冗談よ!」

 デリアはとぼけたふりをした。年齢は70歳くらいだろうか。故郷はマーティンと同じドイツで、マーティンの従姉妹いとこだった。まだ現役で情報の裏稼業をし、表向きは宝石店を経営している。と言っても、宝石店はほとんど娘夫婦に任せているが。


 デリアはマーティンに椅子を掛けるよううながした。そして、肘掛けに右手の人差し指をトントンと叩きながら話し始めた。

「あそこは数年前から、目的が少々ズレ始めてね。最近、部隊が二つに割れてしまったの。モスクワの爆発事件。あれは一部が勝手に事を起こしたようね。元々野蛮だったけど、全く意味のない事を始めてる感じね。子供のお遊びみたいな。だからね、マーティー。気をつけなさい。」

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