第10話 過去

 屋敷が炎に包まれていた。

「お母様!お父様!凜!!」

 いくら叫んでも、燃え盛る火の音と家が崩れる音に掻き消される。

「ゆづり様!危険です!」

「だって!中にいるのよ?助けないと!」

「もう無理なんです…ゆづり様。」

 引き止めるマーティンの腕の中で、必死にもがいた。4年前。私はバイオリンのレッスンに行っている間の出来事だった。放火魔による火事だった…


 ホテルに滞在して翌日、私は眠れず憔悴しょうすいしていた。

 ふいにホテルの室内電話が鳴る。マーティンが受け取り返事をし、受話器を外したままスピーカーにした。

『妹は預かっている』

 頭は混乱した。

「どういう…こと?」

『取引きだ。詳細はまた連絡する』

 そこで電話は切れた。

 その場にいたマーティンにしがみつき、

「どうして?何故?なにがなんだか、わからない!わからない事だらけ、よ…」

 そう叫んで泣き崩れた。マーティンは私を支えて起こし、ゆっくりとベッドに運んだ。

「お話しなければいけない事があります。ただ、今はゆづり様も気が動転しておりますゆえ…少しお眠りになった方が良いでしょう。」

「マーティン、気になるわ。今、知りたい。」

 泣きながら懇願こんがんした。

「ダメです。もう少し落ち着きましょう。」


 目が覚めると外は薄暗かった。

「目が覚めましたか。ルームサービスを呼びましょう。」

 しばらくすると食事が運ばれて来た。

「あまり食欲ないわ。」

「少しでも食べましょう。これから、ゆづり様にお話しなくてはならない。」

 不思議と食べ始めると、自分がどれだけお腹が空いていたのか気付く。最後に、紅茶を飲み終わった所でマーティンが言った。

「では、お話しましょう。」

 

「ゆづり様のお母様とは幼馴染おさななじみでした。子供の頃から賢い方でしたし、音楽の才能もおありでした。大学に入ってからは、バイオリニストの道より音楽についての研究を選ばれました。その研究に興味を持たれたのが、ゆづり様のお父様でございます。おふたりはそのまま結婚をし、ゆづり様、凜様がお生まれになりました。ただ…お母様は知らなかったんです。お父様がテロ組織の人間だった事を。知らず知らずに、お母様の研究はお父様に利用されました。その完成した研究は、まだ幼かったゆづり様にお渡しになられたと聞いております。その後特に変わったこともなく、ゆづり様は成長されましたから。何故、今になってこんな事が起きたのか…」

「マーティン!私、私は…私はなにも受け取ってない!テロ組織って、何?映画やドラマじゃないわ。それに、それに…。じゃあ、マーティン、あなたは一体何者?」

「幼かったゆづり様に何をお渡しになったのか…それは私もわかりません。私は、お母様の幼馴染であり、忠実な執事であり…そして代々伝わるの使いでございます。」

「毒ガスって、なんでそんな…?マーティン、あなたもテロ組織なの⁉︎」

「いいえ、私はそういったものではございません。普通に暮らす人間です。ただ、先祖は毒ガスの使い手でした。その作業ワザが受け継がれております。これはどの情報を持っても、誰も知る事もありません。ただ一人、お母様だけがご存知でした。ゆづり様で二人目です。」

 マーティンは私のそばに来ると膝を落とし、肩に手を置いた。

「よく聞いてください。この先は、身近な所に盗聴器が仕掛けられていくことでしょう。今日は大丈夫でも、明日はわかりません。会話には充分気を付ける事と…親しい友人を作ってはいけません。巻き込まれると、ゆづり様が悲しい思いをするだけです。凜様の事もあります。助ける機会を待ちましょう。そして私、マーティンはゆづり様をお守りします。」

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