第9話 罠

 静まり返った部屋で耳をすます。マーティンが任務ミッションを完了した後、騒ぎを起こしどさくさに紛れて退散。簡単だ。簡単すぎる。なぜこんな任務ミッションを与えられたのか?なにかがおかしい。多分、マーティンも気づいてる。だから私をここに残した。

 

 ドォン!!


 爆発音と同時に床が揺れる。あちこちで悲鳴が聞こえる。考えるより先に身体が反応する。逃げなくては…。

 エレベーターの前には人が集まって来ている。エレベーターは危険だ。非常口にまわる。高層階から非常口とは、かなり辛いものがある。が、そんな事は言ってられない。とにかく階段を駆け降りる。

 

 ゴォォォォ!!

 

 重低音な鈍い音と振動。足元がぐらつく。

「ゆづり様!」

 後ろからマーティンが駆け降りて来ていた。

「早く逃げましょう!」

 うなずき再び階段を駆け降りる。停電で灯りは消え、真っ暗になった。持っていたケータイで足元を照らしながら降りていく。息を切らしながら地上に着き、離れた場所で安全を確認した。振り返るとホテル上階から煙が上がり、正面にみえていたエントランスから続くエレベーターが、綺麗に崩壊していた。

「ゆづり様、お聞きください。私がスイートルームに行くと、そこには誰もおりませんでした。部屋にはタイマー式の爆弾が仕掛けられており、私は間一髪で逃げることができました。」

「つまり。これは私たちに仕掛けられていたと言うことね?」

「そうとしか考えられません。」

「組織が私達を見限った?」

「いいえ、それはあり得ません。まだ目的がありますから。別の組織かも知れません。今回は誘き寄せられた可能性も。」

「すぐに日本に戻りたい所だけど、マークされてるかしら。」

「まだ生死も曖昧あいまいな、今が良いかも知れません。古い知り合いがいますので、頼んでみましょう。」

「お願いね。」

 マーティンが連絡を取った後、私たちはそのまま空港へ直行し、チャーター機で日本に帰った。


 家に着いたのは翌日の夜だった。機内で充分に睡眠をとったので、リビングにあるパソコンでモスクワのニュースを調べる。

 テロによる爆発。死傷者1531名。ホテルは崩壊も同然だ。

「酷い…。」

 マーティンがお茶を運んできた。

「テロという事になってますね。」

「日本が安全と言うわけではないけれど。」

「今、情報を集めて貰ってます。ゆづり様の周囲の安全は守られてますので、いつも通りにお過ごし下さい。」

 私はちょっと複雑な顔をする。安全と言っても、それは嬉しいことではない。それはまだ私に利用価値があると言うことなのだから。

「私はゆづり様が無事であれば良いのです。」

 マーティンは私がなにを考えたのかわかっていた。

「ありがとう、マーティン。」

 ゆっくりと紅茶を飲む。紅茶には少しブランデーが入っている事に気づき、マーティンを見た。

「私のとっておきです。」

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