第8話 モスクワ

 ーモスクワ文化記念ホールー


「本日はゲストに日本からユズリ・カミシロを招いております。それではどうぞ。」


 ゆっくりステージへと向かう。

 そして…



『いやー、今夜のユズリの演奏も素晴らしかった!ぜひこの後のパーティにも出席してくれたまえ。』

『ありがとうございます。』

 通訳はマーティンがやってくれる。片言なロシア語くらいは出来るけど、会話となると話は別。そして、ロシア語を話せない方が通訳としてマーティンは同席できる。


 今日は、モスクワの音楽家達が集う音楽祭にゲストとして招待された。ただ招待されただけなのに、嫌な予感がピリッと来る。この中に、。どこに行っても監視されている。

「マーティン、ゲストルームに行ってくるわ。」

「私も付いて行きましょうか?」

「大丈夫、すぐ戻るわ。」

 パーティ会場からそっと離れると、すれ違い様にスタッフから封筒を渡される。

「ユズリ・カミシロにメッセージが届いてます。」日本語…。

 ゲストルームで開封すると、手短な挨拶とターゲットが書かれてある。

「ここまで来て、れと…。」

 ターゲットは2名だ。私を使わずとも自分たちで処理出来るのに、ワザとか。どこへ行っても見てるぞ、忠誠を尽くせと。

 パーティ会場へ戻り、マーティンに耳打ちする。

「かしこまりました。準備いたしましょう。」


 いっそのこと、使い捨ての駒なら良かった。妹を人質に取られ、いつまでも続く殺戮…。

 (ホ・ン・ト・ウ・ニ?)

 !!

 グラスを落としそうになって、人目の少ないバルコニーに出た。今のは、なに?頭の中で誰かの声がした。いや、違う。私の声?

 マーティンが後を追ってきた。

「ゆづり様、ご気分が悪くなったのでは?お水をお持ちしましょう。」


 人を殺し続けて、可笑おかしくなってるのかもしれない。私が私でなくなる気分。いいえ、もうこの先は考えちゃダメ。そう、私は。命令されて殺している。


 マーティンが水を持ってきた。そして「この後、決行出来ます。ただ、ゆづり様の体調が悪いようなら明日に変更しましょう。」と告げられた。準備を整えてしまった今夜から、明日へと変更するのは大変なはずだ。マーティンなら上手くやってのけるだろうけど、長引かせるのは危険を伴う。

「今夜で大丈夫よ。」

「かしこまりました。では、近くのロイヤルタワーホテルのスイートルームに22時です。」

「わかったわ。」


 

 ーロイヤルタワーホテルー


 ターゲットはスイートルーム。マーティンが偽名で別に部屋を用意していた。黒髪は目立つので、金髪のウィッグを被る。防犯カメラは電波妨害ジャミングでなんとかなるが、従業員に顔を覚えられてはいけない。メイクをほどこして、夫婦のように振る舞う。

  チェックインしてから姿を元に戻す。

「ゆづり様。」

 マーティンが間をおいて話し始める。

「今夜はここまでです。」

「マーティン、どういうこと?」

「ここまでの経緯いきさつが確認出来れば、組織の目も誤魔化せましょう。」

「なにを言ってる、の?」

「ここから先は私ひとりで充分です。それに、この階は人払いしてますが…ゆづり様のバイオリンの音が下の階に漏れて、関係のない人達を巻き込む可能性があります。」

「でも!もしバレてしまったら、凛は…。」

「多分、そのくらい組織も計算済みでしょう。大丈夫です。ここで少しお待ちください。騒ぎを起こしてから戻って来ますので、その間に外へ逃げましょう。今日はお任せください。」

 マーティンがここまで言うのは珍しかった。

「あなたに、ここまでさせてしまうなんて。私は…」

「ゆづり様の為に、この私がいるのです。では行って来ます。」

 マーティンは立ち去り、ドアが閉まった。

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