第3話 組織

 ここは……

 気がつくと、白い天井、白い壁、白いカーテン。全てが真っ白だった。

「神代さん、気が付かれましたか?今、先生をお呼びしますね。」

 看護師が来てそう言うと、またすぐに出て行った。個室なのか、他に患者はいない。

 そうだ、昨日は任務ミッションを実施したんだ。今頃、マーティンは警察にいるだろう。

 

「やあ、気が付いたね。」一見いっけん医師、橋本が近づいて来た。

「いつから医師になったんですか?」

「僕は元々、医師だからね。僕だけじゃない。常に君の周りには、の者がいる事を忘れずに。」

「こんな大それた殺戮さつりく、気が付かない人がいると思って?」

「大丈夫さ。君の執事も証拠不十分で、じきに戻ってくるさ。」

「いつか、誰かが気がつくでしょう。」

「君も君の執事も。日本の軍事機密だ。君の容姿端麗ようしたんれい、バイオリニストとしての名声。それだけで武器になる。」

「よく喋る男ね。」

 橋本はゆづりのあご鷲掴わしづかみにした。

「減らず口も大概たいがいにするんだな。」

 その時、橋本の院内専用のケータイがなった。

「はい、橋本です。」

 警察が来たという連絡だった。

「バカな犬が2匹来た。わかってると思うが…」

「どうせ警察にもいるんでしょ?なにを言っても結果は変わらない。」

「ああ、そう言う事だ。」

 そう言うと橋本は病室を出て行った。

りん…」ゆづりは妹の名をつぶやいた。


 

「私ですよ。私が会場のお客様を全員、殺しました。」

 いきなり度肝どぎもを抜かれて、刑事2人はギョッとしただろう。なによりの顔が滑稽こっけいだった。

「神代さんはまだ混乱しているようです。また後日あらためてください。」

「いえ、少しだけ確認させてください。席を外して貰って良いですか?」

「しかし、私は医師であっ…」

「先生、私は大丈夫です。」橋本の言葉をさえぎり、そう言うと橋本の顔は曇った。それを一之瀬刑事も見逃してない。

「では、5分だけ。いいですね⁉︎」橋本はそう言って立ち去った。

 姿が見えなくなるのを確認してから一之瀬刑事は膝を落とし、ゆづりの目線と同じになった。

「どういうことですか?」

ですか?」

「まず、あなたが殺したと言う事です。あなたは事件が起きた時、バイオリンを弾いていた。犯行は不可能ではありませんか?」

「私のバイオリンが下手だったからですわ。だから、皆さん亡くなってしまいましたの。」

 後ろにいた仲川が「は?今そんな冗談を言ってる場合じゃない!」と怒り出した。

 一之瀬が仲川を手で止めた。

「橋本医師はお知り合いですか?」

 この人は…きっと真実に辿り着く、いえ、辿り着こうとするだろう。

「あ、ちょっと眩暈めまいが…」

「大丈夫ですか?橋本医師をお呼びしましょうか?」

 一之瀬がゆづりに近づいた瞬間、ゆづりは一之瀬の服をつか

「ごめんなさい、先生を呼んでいただけます?」と仲川に頼んだ。

 仲川がいなくなると

(この事件はもみ消されます。これ以上の捜査は無駄になります。私に近づかないで。)とささやき、一之瀬の服から手を離した。

 

 橋本医師と仲川が戻って来た。

「神代さん!言わんこっちゃない。」

 ゆづりは口を押さえ、具合が悪そうにうずくまっていた。

「吐き気がします。」

「刑事さん、今日はもうお引き取り下さい。」

 橋本はゆづりの乗る車椅子を押し、病室へと向かった。一之瀬と仲川は会釈をしながら、その姿を見つめた。

「なんの狂言ですかねぇ。」

「今は喋るな。」



 病室に戻るなり、「あの刑事達になにを言ったのかな?」橋本は苛立いらだっていた。

「私の下手なバイオリンを聴いて、皆さんが亡くなってしまったと。」

「ほう。実はね、この車椅子には高性能な盗聴器が取り付けられていてね…。」そう言いながら橋本は、ゆづりの顔色を見た。

「そう。」

 ゆづりは表情ひとつ変えなかった。常に監視されていたからわかる。盗聴器は仕組まれてない。これは橋本が誘導尋問しているのだ。

「君があの刑事に、言ったのはわかっているんだよ。」

 、それはという事だ。

「なにも。盗聴器を聞けばわかることよ。」

「面倒になる行動はつつしみたまえ!」橋本は病室から出て行った。

 どうやら、ミスをすれば簡単に消される位置に、橋本はいるようだ。組織の人間や私腹しふくを肥やす人間なんて、どうでもいい。ただ…関係のない人を巻き込んではいけない。けど、あの一之瀬刑事は気をつけなければいけない。えようとすれば、彼は間違いなく消されるだろう。

 

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