第5話


 僕は肩を貸してもらいながら、陣地へと無事戻った。


 顔を隠したのは、幸いだった。単なる負傷兵として見られている。


 ただ時間が、思ったのより倍近くかかってしまった。


 タイムリミットがもう迫っている。


「医療部へ直行しよう」


 彼がいたわるように僕に言って、戦場の土と血で服を汚した味方が行きかう廊下を進んでいった。


「恩に着るよ」

「もう少しの我慢だ、しっかり気を持て」

「……ああ」


 ずっと俯いて、目を見られないようにしていたから、きっとすごく気分が悪いのだと思われているだろう。


 しかし、まずいな……将軍の元に行かないといけないのに。


 その時、前を歩いていた人達が廊下の端に移動し、ピシッと敬礼を始めた。


 肩に使い魔のフクロウを乗せた大隊長と、ギンズブルグ将軍が並んで前からやって来る。


 なんという幸運!


「ギンズブルグ将軍!」


 声を上げた僕を、助けてくれた彼は驚き見た。


 僕は顔に巻き付けた布を外す。


「お、お前、生きていたのか!」


 将軍の左に居た、厳つ声の大隊長が驚いて声を上げた。


 僕はすぐに布を戻し、顔を隠し、


「すまない。ここまでで良い、ありがとう」


 助けてくれた彼に礼を言い、ケンケン足で立ち止まった将軍たちの元へ向かった。


「アンドレア氏が死にましたよ」


 僕は俯き顔を見られないように言った。


「それは息子の事か?」


 将軍を守ろうと守護兵が僕の前に立ちふさがる。


「かまわない、どけ」


 将軍は守護兵を脇に行かせ、


「私はえこひいきはしない、息子であっても一兵士だ」

「シーモア氏が死にました、ブルネロ氏が死にました」

「……それらは、誰かな?」


 ギンズブルグ将軍が、使い魔の大蛇のしっぽをまるで自分のしっぽのようにお尻からプラプラさせる。


「助けを求めた部隊の仲間は、あなたの命令で、味方に殺されました」

「……気持ちはわかるが、命令違反は厳罰だ。敵前逃亡などありえない」


 塩辛声がドスを利かせ、僕を威圧してきた。


「督戦隊を、そんなものを作るなんて……」

「指揮のためだ。自己中心的な者がいる限り、弱い人間がいる限り、戦争には勝てない」


 回りで敬礼していた人たちが、そうだそうだと頷く。


 僕に対し、てめぇに逃げたのかと、などの罵倒が飛んできた。


「皆が知っている通り、敵は我々を、臆病な間抜けの集まりと認識していた。しかし今日でその認識も変わるだろう、今日の勇敢な諸君らを見れば」


 ギンズブルグ将軍は、声を張り、皆を讃えた。回りの皆が感無量と言った顔をしている。


「バカげてる。そもそもが、絶望的な、まったくと言っていいほど馬鹿な作戦でした」

「貴様! 口を慎め!」


 厳つ声をさらにごつごつさせ、大隊長が怒鳴ってきた。


「クリスの部隊だからと、貴様にも良くしてやったが、まさかこんなバカだったとは!」


 回りの皆が、僕を非難の目つきになって見てくる。


「よろしい、許してやれ」


 ギンズブルグ将軍は両手を広げ、僕に親身な雰囲気を出して近づいてきた。


 そして回りに向け、語りだす。


「この作戦で、我々が死をも怖がらない戦士たちの集団であるとマール人に知らしめれた」


 金の鎧が、ゆっくり近づいてきた。


「死んだ者達は皆、英霊として祭られる。死んだ者達の魂は、生き残った全軍の士気を鼓舞し、その御霊は永遠に讃えられ、臆病者も命知らずの勇ある兵士へと変化させる」


 金の鎧が、目の前まで迫ってくる。


「部隊の仲間は、そのための犠牲ですか?」


 アンドレア氏と同じく、顔も関節部も、隙間なく覆う鎧……。


 顔をぶん殴るためにはフェイスシールドを上げる必要があるな……。


「安心したまえ、君の戦傷の補償はもちろんする。逃げてきたことは不問にしよう。部隊の仲間も厚く弔う」


 ギンズブルグ将軍が、僕の肩をグッと掴んだ。


「君は語るのだ、自分の仲間達が、いかに勇猛果敢に戦ったのかを、そうすれ……」


 将軍が固まる。


「お前……何者だ……」

「戦傷の補償なんてものは、フェリーリ氏にはもう必要ない!」


 僕は顔を上げた。


「その布を取れ!」


 将軍が怒号を飛ばし、顔を隠していた布を引きはがした。


「命令して死んだ者達に対して申し訳ないと思わないのか!」


 僕はかまわず、怒鳴り続ける。


 回りの皆が、僕に、その違和感に目を凝らしだした。


「口が、動いてない……」


 大隊長の厳つ声が、弱弱しい声音になって、そう呟いた。


「どういうことだ……?」

「目も、変だぞ……」

「どこを見ている……?」


 周りが、ざわめくのが耳に入ってくる。


 でも、もうかまわない。


 もうすぐ僕は動けなくなる。


「お前を殴らせろ、それが唯一の願いだ!」

「お前は、まさか……」


 将軍が、僕から離れようと後ずさりし始める。


 残った右脚に力を籠め、


「逃がすか!」


 将軍に向かって飛び掛かる。


 タックルした将軍の体は、ぐにょりと曲がって頭から倒れた。


 僕は、将軍に馬乗りになる。


 これで殴る準備はできた。


 将軍の素早くフェイスシールドを上げるのと同時に拳を振り上げる。


 その顔に振り下ろすだけとなった時、僕は、そのまま固まってしまった。

 

「貴様! 何をする!」


 大隊長と守備兵が僕に飛び掛かる。


 僕を取り押さえ、将軍から引き離した。


「大丈夫で……すか、将軍……閣下……」


 そして、大隊長と守備兵も将軍の顔を見て、固まってしまう。


 回りにいた兵士たちも将軍の顔が見えて、固まって、言葉を失っていた。


 その丸い目、大きな口、出入りする長い舌に、全員が釘付けになる。


「将軍の使い魔の大蛇……?」


 僕は呟いた。


 フェイスシールドの下には、蛇の顔しかない。


「バレてしまったか……」


 大蛇が塩辛声で呟いた。


「……お互い、大変だな……」


 大蛇が、僕に微笑みかける。


「……これでは、ご主人様の願いはかなえられそうにない……」


 と、その時、僕にタイムリミットが来る。


 体内魔力が切れた。


 ご主人様の体が崩れ落ちる。


 捕らえていた守護兵が、顔を蒼白になりながら距離を取った。


「ああ、疲れた……」


 僕はご主人様の遺体から這い出て、床に突っ伏す。


 将軍の大蛇が、金色の鎧の中から這い出てきて、


「私も、すぐに後を追うだろう。ご苦労だったな」


 そう言ってくる大蛇に、僕は微笑んだ。


 僕の体が、煙が霧散するように消えていく。

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