第4話


「……撤退はゆるさん」


 肩のロッシが厳つ声で言ってくる。


「大隊長……お待ちください……」


 状況を説明し、今から受け入れてくれ、ケガ人もいる、と言った僕に対した、そのセリフに僕は耳を疑った。


 聞き間違いをしたのかと思った。


「状況を説明をしたはずですが……」

「……一兵士が、命令に疑問を呈するつもりか?」


 ロッシの声が塩辛声に変わった。


 この声、誰だ……?


 ……まさか……?


「……将軍閣下で、ございますか?」

「そうだが、何か問題か?」

「いえ……しかし……」


 僕は言葉に詰まる。


 なぜ、ギンズブルグ将軍が出るんだ?


「父さん、私です。アンドレアです!」

「やはりお前だったか」

「はい父上、我々は――」

「――すぐに前線に戻って、突撃しろ! 敵も味方も乱戦状態、ガードも隊長もない小隊などいくらでもいる! 特別扱いはしない、以上だ!」


 ロッシが何もしゃべらなくなった。


 切られたか、くそっ。


「どうするの?」


 シモーナが先輩を見る。


「撤退するに決まってるだろう……」


 先輩は、悔しそうに言った。


「この目では……犬死だ。視界がもう、半分ないんだ……。腹も……」


 僕は俯いてしまう。


 将軍は、何を考えているんだ……。


 僕らは、将軍の命令に構わず撤退をやめなかった。


 すると、


「――命令違反だぞ」


 ロッシが、厳つ声で言ってくる。


「第77小隊、連絡役のフェリー――」

「――大隊長、理解しています、しかし――」

「――督戦隊が出る。ギンズブルグ将軍は命令違反は処刑せよと、命じた」

「督戦隊? そんなもの――」


――味方陣地より、ピカピカと発光した。


「全員、防御結界を反対側に向けろ!」


 僕の叫びに、皆が驚いた表情で、味方に向け両手を突き出す。


 防御結界が展開された瞬間、味方陣地から発射された火球が結界に直撃した。


 経験した事のない集中攻撃だった。


 激しく結界が振動する。


 アンドレアさんの前の結界が破壊された。


 飛び込んできた火炎に体が包まれ、悲鳴を上げ地面を転がる


 ブルネロ先輩がよろめいた。


 そこを炎の雨が襲う。


 僕は、先輩と一緒に転ぶシモーナの体を抱きかかえた。


 転んだ先輩が、炎に包まれていく。


 抱きかかえながらもシモーナは、ずっと結界を展開し続けていた。


 だから炎は僕らを燃やせずに、すんでの所で食い止められている。


 僕も、すぐに防御結界を展開する。


 ……このままではもたない。


 逃げないといけない。


 とその時、足元で爆破が起こった。


 シモーナが、離されまいと僕の腕をぎゅっと握る。


 僕らは吹き飛ばされ、宙に舞った。


 上も下もわからい。


 混乱していたら、すぐに体が落ちて行って、地面に叩きつけられた。


 激しい痛み。


 ……でも、痛がってる場合じゃない。


 シモーナは、視界に居ない。


 どこへ行った?


 ただ空に、火球の赤い光が、汚れた大気越しにみえた。


 大量に降り注いでくる。


 急いで起き上がって、敵陣地に向かって走った。


 走りながら後ろを振り向き、結界を降ってくる火球に向けて張る。


 左手に、シモーナのちぎれた手だけがあった。


「あああああああ!」


 叫び、全力で走り続ける。


 背後からの、味方の攻撃から逃げ続けた。


 やがて、だんだんと攻撃が止んでくる。


 と同時に、マール人の攻撃が飛んできた。


 爆撃が土煙を上げる。


 結界を前方に向けた。


 しかし、すぐ近くで爆発が起こる。


 結界が、砕けて飛んできた岩石から守ってくれた。


 上半身は結界の傘の中に居たから無事だったが、左足に衝撃が来る。


 猛スピードで飛んで転がってきた、大きな石が当たったのが視界の端に見えた。


 僕は転倒して、岩肌を転げた。


 左足は痛くない。


 感覚がなかった。


 確認してみると、脚そのものがない。


 膝がない、太ももがあるだけだ。


「大量に出血しています」


 僕の声がそう言った。


「ロッシか」

「ご主人様、腹部にも裂傷、内臓が破裂しています」

「そうだな」


 僕はお腹を触る。血でベトッとして温かい。


「治療道具もありませんし、味方の救援も絶望的です

 分かることを、わざわざ教えてくれるとは……。


「遺言を言いましょう、ご主人様」

「ははは、はははは」


 僕はつい笑ってしまった。


 すばらしく建設的な意見だった。


「僕が伝えます」

「そんな事もできるのか、お前は」

「使い魔ですから、ご主人様のためなら、たとえ死んだ後でも尽くします。体内の魔力を使って動けますので」


 僕はロッシの頭を撫でる。


「ご主人様、遺言を聞くことぐらいしか、僕にはできる事はありません」

「そんなものはない。身寄りは誰もいないのは知らなかったのか……」


 ロッシは撫でる僕の指を、逆に撫で始めた。


「……そうだな……じゃあ、ギンズブルグ将軍を……一発殴ってくれ。こんな無茶苦茶な突撃なんてさせやがって……味方を、皆を……殺しやがって……」


 僕は怒りで、歯を食いしばる。


「僕の手では、殴っても痛くないと思いますが……」


 ロッシが小さな前足を見る。


「ははは……ホントなら、僕が殴ってやり……たい……のになぁ……」


 敵の攻撃は、止んでいた。


 この視界の悪い中で、敵はちゃんと見ているみたいだ。


 味方の方を見ると、火球の光が、大気にぼやけて見えていた。まだちょくちょく攻撃している。


 僕は目を瞑った。


 ……気が遠くなってきた……。


「……ご主人様……おやすみなさい……」


   ◇


 数時間後。


 やはり作戦は失敗し、撤退命令が出た。


「助けてくれ!」


 僕は、引き上げていく味方に助けを求める。


 今なら、引き上げていく味方に紛れて行けば陣地に戻れるだろう。


 気づいてくれたひとりが僕の元にやって来た。


 でも、うまくやらないと……バレたら殺される。


 おもったより時間もなさそう……。


「大丈夫か!?」

「脚をやられた……」


 そこらに転がっている死体から布を拝借し、巻き付けた左太ももを彼は目をすぼめて見ていた。


「腹も血まみれだ。ひどいな……よく死ななかったな……」

「ああ……なんとかしたよ」


 彼は、布を巻いた僕の顔に注目する。


「顔もか?」

「ああ、早く治療が必要だ」

「早く戻ろう。肩を貸してやる」

「ありがとう」

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