第2話


 基地にいる魔術師全員が整列し、あとは黙って待機する。


 やがて、ギンズブルグ将軍が正面の壇上に上がった。


 この戦争を勝利へと導いている英雄の登場に、大歓声が巻き起こる。


 波打つ人込み越しに小さく、僕の目にも将軍の姿が見えた。


 ギンズブルグ将軍は、アンドレアさんと同じくフルアーマーだ。皮膚の一部も見えない。


 キラキラしてるだけで簡易なアンドレアの鎧と違い、金色で、襟部分や肘とか膝とかに装飾がいろいろ施されている。


 マントの下から、ぷらぷら揺れている尻尾が見えた。


 将軍の使い魔である大蛇の尻尾だ。


 ……全長数メドールらしいが、尻尾しかここからは見えない。


「諸君らの奮闘により、この戦いは万事順調である」

 

 ロッシが塩辛声で言ってきた。


「この半年で、マール人は山奥へと籠るしかなくなった」


 将軍の声は、使い魔を通して僕らにちゃんと伝えられる。


 隣でシモーナとブルネロ先輩が熱い視線で将軍を見ていた。


 クリス隊長は、いつものように冷めた視線。


 ……あれ?


 アンドレアさんが、俯いている。


 不思議に思いつつ、僕は将軍へと目を戻した。


 僕らを奮起させる気持ち良い言葉が次々と伝えられてくる。


「勝利は背後になどない! 進撃! また進撃だ!」


 将軍は高らかに言った。


 周りから雄叫びのように、


「進撃! 進撃!」


 の声が次々と起こる。


 そして将軍は、峠を指さし、


「朝明けと共に強襲だ! 諸君、正面から突撃し突破しろ!」


 僕は耳を疑った。


 壇上から降り、去っていく将軍を僕は茫然と見送る。


「おいおい、正面攻撃だとっ。何を考えてるんだ将軍閣下はっ」


 僕が口走ったのに対し、


「フェリーリ、命令に疑問を呈するな」


 クリス隊長が尖った寒声で叱り付けてきた。


「我々は言われた通りするだけだ、兵の心情を忘れるな」

「しかし、こんな無謀な……」


 僕は納得いかなかった。


「いい加減にしろ。良いじゃねぇか、俺の気持ちが通じたみたいだぜ。進撃! 進撃!」


 先輩は喜んでいる。


「具体的な攻撃命令はこれからよ、何か策があるのよ」


 シモーナがなだめるように言ってきた。


 雄叫びを上げていた周りの皆も、少数がざわついて、静かになっている。


 当たり前だ。死んで来いと言ってるのに等しいぞ、こんなの……。


 でも、より強く雄叫びを上げている人もいる。


 ホントにやるのか?


 僕ら偵察の情報が伝わってないのか?


   ◇


 結局、伝わってなかったらしい。


「陽動部隊が突撃を開始した。合図を待って左翼部隊の突撃開始だ」


 ロッシが厳つ声で言ってくる。


 大隊長の声だ。


 連絡が来て、部隊全体がざわめきだしている。


 左翼に配置され、待機している僕は体を起こし、


「陽動部隊はどんな感じ?」


 ずっと戦線を、目を凝らして見ているシモーナに尋ねる。


 シモーナは、望遠魔眼の技術がピカイチで、数ギロメド―ル離れた仲間も目の前にいるように見る事ができた。


 ここにいる誰よりも、戦況には詳しいだろう。


「うん、全員使い魔の自動補助を受けてる。数メドールぐらい飛び跳ねて峠を一気に超えて行ってるよ」

「あれ、嫌なんだよな。自分の体になんか入ってくる感が」

「そう? 平気よねペロちゃん?」

 

 シモーナが肩のネズミを撫でる。


「大気が濁って視界が悪いんだ。これを見越しての突撃作戦なんだぜ、きっと」


 ブルネロ先輩が、僕に教え諭すように言ってきた。


 先輩は、この作戦にやる気満々だ。何かといい面を見つけては言ってくる。


「おいカンタ、天気を教えてくれ」


 ブルネロ先輩が肩のモモンガに言った。


 あの使い魔は、特殊な気管により、天候の予知もできるタイプだ。


「ははは、やっぱそうか、今日ずっと視界は悪いとよ、チャンスだぜ」


 先輩はアンドレアさんの方へ振り向き、


「アンドレア、そうなんだろ? 閣下はこれを見越したんだろ?」

「う……うん……僕に聞かれましても……」


 アンドレアさんは、言葉に詰まりながら、


「……変な事を言っても良いですか?」


 僕らを見渡し訊ねた。


「聞こう、何かあったのか?」


 クリス隊長が優しく言う。


「ここ最近……父の様子がおかしいんです……こんな事、言うのおかしいかもしれませんが、ミミもそう言……あのミミって僕の使い魔の事で……」


 アンドレアさんの肩に止まっている小鳥がパタパタとはばたき、皆を一瞥した。


 挨拶してるのかな?


「鎧を家の中でも脱がないし……別人じゃないかって、思うんです……ミミもそう言ってて……」

「……アンドレア君、精神的に来てるようだ……新人にはよくある、落ち着き給え」


 クリス隊長がアンドレアの肩に、優しく手を置く。


「いえ、それに私の事に対して敵意を……いえ、なんでもない……です、すいません……」


 ……勘弁してくれ。


 ガード役がこれでは、僕らも危険だ。


 相当来てるな。しかし使い魔まで狂うとは……ありえるのか……?


「陽動部隊の側面攻撃がうまく行き、マール人の火球魔法隊の気がそっちに向いた。いつでも行けるよう準備しろ」


 ロッシが厳つ声で言ってきた。


 僕らの部隊全体に緊張が走る。


 クリス隊長が立ち上がり、


「隊形を取れ。アンドレア君、盾をしっかり構えていてくれ給えよ」

「り、了解」

「シモーナ、フェリーリ、ブルネロ。殺して殺して殺しまくれ」

「了解!」


 僕は立ち上がり、隊列を組み、敬礼する


 それから、しばらく経った時、


「左翼全部隊、突撃!」


 ロッシが厳つ声で叫んだ。


 僕らは駆けだす。


 僕と先輩が先頭に並ぶ、左後ろにシモーナ、右後ろにアンドレアが右方に盾を構え、後方からクリス隊長が全体を見て指示を出す隊形。


 この隊形を取った全小隊が取り、蟻のように一列に並び峠を左回りに越えようとしていく。


 視界は悪い、50メド―ル先がやっとだ。


 突撃後、しばらく何の攻撃も来なかった。


 峠を、僕らは、ついに抜ける。


 下り坂になった。


 ……何の攻撃も来ない……。


 この作戦について、無謀だなんて、僕はとりこし苦労してただけか……?


 そんな風に思っていた時、激しい砂煙と炎が近くで起こった。


 マール人が、とうとうこっちに気づいたらしい。


 と、数十発の爆発が、同時に近くで起こった。


 瞬時に、隊列のガード達全員が力を籠める。


「もっと左……回り込……地形を盾に……ぞ」


 隊長が尖った寒声で何か言っている。


 あまりの至近距離の爆発に、声さえよく聞こえなくなっている。


 真っすぐだった列が乱れた。


 地面が揺れ、土煙が舞い、悪かった視界を完全に無くす。


 すぐ前を行っていたチームさえ、見失った。


「攻撃ルー……ら左へ逸れ……」


 ロッシが寒声で言ってきた。


「了解」


 何とか聞き取った命令通り、ルートを左を逸れていく。


「使い……動補助をさせろ」

「了解」


 僕は、肩のロッシを頭と肩で挟む。


 ロッシに貯めておいた魔力が体中にと流れて、じわじわと沁み込んでいった。


 だんだん体が軽くなる。


 僕の歩幅が、一歩一歩すごく大きくなっていった。


 走っているだけなのに、飛び跳ねているみたいになる。


 さっ、これからが本番だ。


 やはり陽動にほぼ意味なし、と。

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