使い魔

月コーヒー

第1話


「ご主人様、目的地点に到着しました」


 通り嵐の中、がっしりと爪を食いこませて僕の肩に乗っている、使い魔の虹色のトカゲが言ってくる。


 名前はロッシ。


 初めは手紙を運ぶだけの存在だった使い魔も、今ではこうして人語を解し、しゃべれるようになった。


 それどころか、ご主人様に向かって指示してくる。


 全て、ここ30年の魔導学の技術革新の成果だ。


 まぁ普段は黙っているよう命令してるから気にならない。


「ご主人様、体勢を低くしてください、危険です」

「はーい」


 ロッシの声は僕の声、そのものだ。


 好きな声質にできるが、適当で良いと言ったら僕の声でしゃべってきた。


 大人しく従って、僕は魔方陣を展開して、


「魔力注入、お願い」


 魔方陣の維持をロッシに命令して、腰を下ろした。


 ……あー疲れたぁ……。


 革の防具がひどく重く感じる。


 僕らは、全身を支給された茶色の戦闘服で身を包み、敵からカモフラージュしていた。


 僕の座っている場所は、戦線の最前線だ。


 敵は、岩がごろごろしているこの峠の向こうにいる。


 革の防具、ブーツ、手袋、回復キットとエーテル品の入ったポーチ。


 戦争に駆り出された僕ら戦闘魔術師は、一部を除いて全員同じ格好だ。


 僕の任務である偵察任務は、通り嵐が来た事も含め、部隊がその影響でバラバラになったのを含め、まぁ……想定内だった。


 この峠を正面から突破するのは無理、と言うのが分かっただけでも成果だ。


 この数日、偵察でさえこの体たらくなのだから。


「フェリーリ大丈夫か、今、どこにいるんだ」


 ロッシが明るい濁声になって話しかけてきた。


 ブルネロ先輩の声だ。


 使い魔を通して、離れた相手と話したい時、その言葉を瞬時に相手に届けられる。


 なんともすばらしい、使い魔の声マネ。


 ホントに相手と話してるみたいだ。


「すぐ近くです、すぐに追いつけます」

「そうか。シモーナからは異常なしと報告があった。このまま嵐が収まるまで待って合流だとよ」


 ブルネロ先輩は、軽い口調になって、


「なぁ、この半年、ずっと押してるよな俺達」

「ギンズブルグ将軍の策略が完璧にはまってますね、今までが嘘みたいな成果の連続です」


 ブルネロ先輩の口調が沈む。


「でもよ……待ち伏せばかりの作戦なのは、なんだかなんだよな……」

「何がですか?」

「……マール人の野郎は、俺らを臆病者、絶対に俺らからは攻撃してこない、とかなんとか言ってるらしいぜ……ムカつくぜ……」


 先輩は変にプライドが高い。そして好戦的だ。


「ああ、そうみたいですね」

「そんなことないよ、私、この前は10人殺したよ」


 ロッシが鶯舌になって言ってきた。


 そんな自慢げな、会話に入ってくるシモーナに、


「弱い奴ばっかりだったからかも知れませんよ」


 僕はからかって言った。


「なにさ、そっちは何人殺ったんだよ」


 シモーナが、ふくれ面になっているのがロッシ越しにもわかる。


「僕ですか? 僕のはどうでも良いでしょ」

「なんなだよそれっ」

「ちなみに俺は12人だぜ」

「気が抜けすぎているぞ、貴様ら」


 ロッシが尖った寒声になって言ってきた。


 とうとうクリス隊長が反応する。


「こないだパオラが死んだばっかりだ、もう欠員は勘弁してくれよ」

「10日でお別れだったね、仲良くなりかけてたのに」

「盾をしっかり持たないからだ、ガード役なのにひ弱な奴だったぜあいつ」


 ……落石で死ぬとは不運にもほどがあるな、あいつ。


「すぐに新しいガードが来る。嵐が収まったらすぐに帰投だ、フェリーリとシモーナは各自単独で帰投してこい」


 クリス隊長の尖った寒声は、変な威圧感がある。


「了解」


 僕はロッシに向かって敬礼してしまいながら返答した。


 ……。


 嵐は2時間後、ようやく通り過ぎて僕らの上からいなくなった。


 しかし、まだ大気が混濁して、ただでさえ悪い視界がなお悪い。


「体勢を低くしながら、まっすぐ進んでください」


 僕の声でロッシが言ってきた。


 こいつらは使い魔同士、場所が分かる。


 つまりこいつに従って歩いて行けば合流できる機能付きだ。


「はーい」


 僕はロッシの言う通り、歩き出した。


 ごつごつした足場を、転ぶのに気を付けながら1時間後、


「小隊が前方に見えますよ、基地の入り口です」


 そうロッシが言うので、目を凝らしてよく見てみると、基地を守る障壁を展開する三角盾が混濁した大気の向こうに見える。


 僕は自然に駆けだした。


 と、三角盾のひとつを背にして、皆が揃って立っている。


 僕は大急ぎで駆けだした。


「フェリーリ、只今到着しました」


 到着し、クリス隊長に敬礼する。


 隊長が答礼した。のと同時に肩に乗っている狸も僕に答礼してきた。


 ついでに、その背後に居るシモーナとブルネロ先輩がウインクしてくる。


 その肩にいるネズミとモモンガも、主人さまの真似してウインクしてきた。


「よし。紹介しよう、この方が新しいガードだ」


 クリス隊長が自分の横に居た鎧の人を見る。


 ……?


「アンドレア二等魔術士であります」


 巨大盾を持った、肩に小鳥が止まっている見慣れぬ鎧姿が、歩み出てきて僕に敬礼する。


 全身を覆う、皮膚の一部分も見えない鎧だ。


 こんな、キラキラのフルアーマー姿、貴族か……?


「ちょうど、さきほど合流したところだ」


 クリス隊長がアンドレアさんがしゃべろうとするのを制止して話し出す。


「貴族の出であるが、国民の役に立ちたいと参戦なさった。ガードとして我々の仲間になる、皆、よろしく頼むぞ」

「了解」


 シモーナとブルネロ先輩が敬礼する。


 僕も少し遅れて敬礼した。


「戦場にはいつ来たの?」


 シモーナが尋ねる。


「半年前に戦線に到着しました」


 アンドレアさんは、緊張しているのか、口調がきびきびしていた。


「じゃ、そろそろ臭くなって耐えられ生なってるでしょ」

「ははもう慣れました」


 戦場では、貴族のお方達は見る角度を変えることで輝きが変化する鎧を着続ける。


 このキラキラする魔装甲には上級魔法の直撃を受けてもしない限りは傷1つつかないだろう。


 革防具の僕らと違って、貴族達は、こうして特別な防具を着て、戦争を無事に生き延びるんだろうな。


 でも、こいつならガードとして適役だ。


 しかし、よく貴族のくせに、こんな役目をやるよな。


「待て。まだある」


 クリス隊長がしゃべるシモーナを止め、


「これより、ギンズブルグ将軍が前線を鼓舞しに見えている」


 僕らの体は硬直した。


 ギンズブルグ将軍は、よくこういう事をする。


 病院への慰問もよくするし、戦死者への慰霊も立派なのものをやってくれる。


 どうやら、兵たちとの接し方の路線変更があったらしい。


「なんと光栄な。機会があれば取る作戦に意見を言いたいぜ、失礼かな……」

「何か私、今から緊張してきちゃった」


 シモーナとブルネロ先輩が喜んで目を合わせた。


 その効果は上々らしい。


 ……僕はよくわからないけれど……。


「アンドレアも、お父上が来るんだから、その立派な姿を見せてやるがいい」


 クリス隊長が、アンドレアさんに言った。


「……えっ、父親!?」


 僕ら3人が、諸声に驚いて叫ぶ。

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