第8話 妹への警戒は必要かもね。
その後は一通りの試験範囲を教えて貰って、要点だけ掻い摘まんで教えてやった。
「今回は一夜漬けって訳でもないから、あとは一問一問、反復あるのみだな」
「そうそう。雪も反復なら得意だよね〜」
「う、うん」
「妄想して感じての繰り返しで」
「ね、姉さん!?」
何を言ってるんだ? こいつ?
それはともかく、時刻がいつの間にやら昼過ぎだったので、勉強会もほどほどに簡単な昼食を作る事にした俺だった。
「
「勉強しながらでも食べられる軽食だよ」
「・・・」
俺は
卵を混ぜて
その間に昨日買っておいた果物の缶詰を開けて、小皿に盛って・・・勝手に摘まむなよ。
「缶詰みかん、おいひい!」
「朱音のみかんだけ、減らすからな」
「えーっ!?」
ぶー垂れる朱音を余所に卵黄だけにした卵と小麦粉、粉糖を混ぜ、バニラオイルを加えて、前の家から持ってきていた電子レンジで加熱した。これも時短のつもりで購入した品物だったが割と役に立っている。
それと掃除後のこの家には調理器具こそあったが、こういった生活家電は洗濯機以外は存在していなかった。精々、キッチン下のオーブンと食洗機くらいだろう。食洗機はあるのに使った形跡がないというのも微妙な気分だったが。
生地の用意が出来たら、フライパンを熱して油を塗って、一枚一枚焼いていく。
ほどよく甘い香りが室内に立ちこめると、
「「ゴクリ」」
キッチンの反対側から生唾ゴックンが聞こえてきた。この家のキッチンは前のボロアパートと違ってアイランド型であり、ダイニングテーブルと繋がった使いやすい造りとなっていた。
そのせいか、換気扇を回していようとも対面に座る姉妹にも匂いが伝わるわけで・・・。
「・・・」
「も、もう待てない!」
「朱音、お座り!」
「えーっ!?」
「
「はーい、できまーす!」
「え? 名前・・・」
「もう少ししたら出来るから待っててくれな」
「う、うん」
焼き上がった生地を一枚ずつ皿に乗せ、カスタードクリームを塗って、果物を盛り付ける。
手づかみ出来るようにパラフィン紙で包んで一つずつ皿に置いていく。
まぁ勉強しながら食べるという手法にはならないが、こればかりは仕方ない。薄切り食パンがあればサンドウィッチを用意したが、今はまだ買い物前だからな。
そうして片付けだけを済ませると、
「あ〜、なるほど。雪の胃袋を掴むつもりと」
「・・・」
「なんでそうなる」
待ちに待った朱音がニヤニヤ顔で末妹と俺の顔を行ったり来たりしていた。末妹の顔が少し赤いのは気のせいだと思いたい。
食事風景は末妹がお淑やかな所作で食べ、朱音はいつも通り、大口を開けて食べていた。
「お、おいしい」
末妹は口元を押さえて目を見開いている。
味付けは朱音の好みに合わせたが、妹の味覚も姉と同じということか。
「一人の食事よりこっちの方が美味しいよね」
「う、うん」
「だな。味付けはいつも通りだが、どうだ?」
「うん! バッチリ。俺の好みそのものだよ」
その後は答え合わせを行いながら食事を進めた。この妹も朱音同様に地頭は悪くない、な。
理解すればスポンジのように吸収するから。
ただ、教える間に分かった事だが、彼女の心に聳え立つとんでもない絶壁が障害そのものだったわけで。
「すぅすぅ」
「ありゃ? 座ったまま寝てる?」
「ああ、限界だったのかも」
「なるほど夜更かしの弊害か」
「それとは違う、かな?」
食後、久方ぶりに頭を使ったとされる末妹は満腹になった事もあってか、舟を漕ぎ出したので、朱音に頼んで部屋へ連れて行って貰った。
こればかりは俺が触れる訳にはいかないからな。これが朱音なら気にせず連れて行くが。
「苦手科目の教師が全員男性か・・・」
「そら、聞く耳を持たない事だけは分かるな」
「でもこのままだと次も同じ事にならない?」
「なる、だろうな。ただまぁ、今後は俺で免疫が付けば、多少は変わると思うが・・・」
「ふ〜ん、岳で免疫ねぇ。付く、といいね」
「どうした? 急に膨れて」
「べつにぃ〜」
こういう時の朱音だけはよく分からん。
親友を妹に盗られたと思っているのかね?
俺にとっては昨日から始まった同居人。義理とはいえ家族となった赤の他人ってだけだが。
ああ、俺自身も心の壁がまだある、か?
朱音は例外で、いつも通りになっているが。
§
SIDE:朱音
昨晩の雪音との話し合いは、空が明るくなるまで続き、気がつけば二人で久方ぶりに寝てしまった。その後、雪の下着を持って脱衣所へと向かい、早々に朝風呂から出た岳を揶揄って、俺も風呂に入った。
「俺が昔から語っていた親友に何度も会いたい会いたいって言っていたけど、それが岳だって知った途端に、可愛い反応を示しちゃってさ」
それは互いの状況を知るために行っていた買い物の付き合いだった。その時だけは雪も素顔で出歩いていたため、姉妹なのにカップルか何かと思われる事が多かった。
俺は岳に会うときと同じのいつも通りの格好だったけどな。そういう日は決まって岳の家で食事をいただいてから、出掛けていたから。
「憧れの男子、か。例外は何処にでもあると」
俺が所用で雪から離れている内にナンパ男が寄ってきて、俺が撃退するまでがセットでな。
お陰で金的だけが得意になってしまったよ。
「で、実際に会ってみたら、警戒心が悪さして、知ってから後悔する羽目になって。雪の男嫌いは相当だよね。それもこれも、家族の幸せを壊したとされる、母さんの部下が、原因と」
それは両親が離婚するに至った原因だ。
離婚するまでは幸せいっぱいな家族だった。
それを幼子ながら、近くで見せられてしまっては、気分の良いものではないだろう。
むしろ、父さんの男性らしからぬ女々しい態度に嫌悪したともとれる。俺自身はその態度を最近まで知らなかったから、気にせず付いて行ったわけなんだけど。
で、その時の事を母さんに問い詰めると、
『酒を飲み過ぎた私を朝まで介抱しただけじゃない。アル中になりかけていた私が救われた事に感謝こそすれど、浮気だ何だと騒がれる云われはないわ』
父さんの嫉妬に狂った事案が真実だった。
それを雪に伝えると、チャラい男もそうだけど、女々しい男はもっと嫌いとだけ返された。
つまり、実の父親が一番嫌いであると。
「父さんも分類上はチャラい男、だもんな。俺モテてますって体で、香水振りまいていたし」
営業職でそれはどうなんだって思ったけど、女性相手の仕事だからか、問題は無いようだ。
風呂から上がり、岳を揶揄って、朝食を食べて、雪と共に勉強会を行って、岳の無意識に振り回される雪を眺めて、心が少し痛かった。
言葉の槍が刺さったと冗談で言ったけど、
「割と冗談ではないかも、ね」
「今、何か言ったか?」
「ううん、なんでも」
もしかすると親友を盗られる可能性。
その警戒感からくる痛みなのかもしれない。
もし仮に、父さんの再婚話が無かったら、この二人の関係に俺は居なかったかもしれない?
「つっ」
「おい、大丈夫か? 顔色が良くないぞ?」
「う、ううん。大丈夫」
それを考慮すると父さんの再婚万歳だよね。
「本当に大丈夫か?」
「うん。なんなら、俺のおっぱい揉む?」
「大丈夫そうだな。さて、勉強の続きするか」
「ちょ!? 軽く流さないでよ!?」
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