第9話 知らぬは当人ばかりなり。


 その日の夕方。


「今日は合鍵を作らないとね」

「そうだな。朱音あかねの持っている鍵で作るのか?」

「そうなるね。雪に借りても良かったけど」

「寝る子を起こす気にはならんな」

「そうだね〜」


 一週間の買い出しと称して、朱音と共に近所にある百貨店に向かった。男女三人暮らしの食費は朱音が義母からいただいた黒光りするクレジットカードだけで賄えるそうで、買った品物もその日の内に家まで届けられるという。

 こういう点だけは金持ち凄いって思えるわ。

 最近まで貧乏暮らしだったから余計にな。

 それでも節約出来る所は節約させてもらうけど。いつまでもあると思うな親と金ってな。


「先ずは合鍵の前に地下を巡って買い出しか」

「お米と食材、消費した掃除用品を買うと」

「出来合の菓子は買わないからな」

「お菓子が欲しいとは言ってないよ?」

「朱音の顔に書いてる」

「うっ」


 大きなカートを二人で押して、大きな買い物籠に次々と収めていく。朱音がこそこそと収めた小さい袋に関しては見て見ぬ振りをしたが。


「あれ? これには反応しないの?」


 見て見ぬ振りをしたのにニヤニヤと揶揄ってきやがった。小さい袋を手に取ってワザと見せてきて。今日みたいに大餅が表に見えてなければ白い目で見られていた事だけは分かるがな。


「女子の必需品だろ。それは俺がとやかくいう品じゃないよ」

「ふーん。少しは俺の事、女の子って思ってくれているんだよね?」


 思うなって方が無理がある。

 今日は珍しくめかし込んでいて、着慣れていない短いスカート姿でここに居るからな。

 黒いストッキングとブーツを履いて。

 柔らかそうな餅の間にポーチの紐を通して。

 普段の潰した姿だったなら話は変わるが、この姿で男の親友と思うのは流石に無理がある。

 ちなみに、本日の俺も朱音に言われるがまま服装と髪型を整えている。普段の姿も良いが街に出るなら、そこそこの格好にしないと分不相応と思われるらしいから。何でか知らんがな。


「まぁいいや、少しずつ慣れていってね」

「善処する」


 今はそう言うしかない。


「ああ、雪の物も買っておこうかな。あの子、こういった品を買うのに躊躇していそうだし」

「・・・」


 ただまぁ、今後の朱音がどういった格好で過ごすかは明日、分かる事になるだろうがな。

 大餅を出すか潰すか、それだけだから。

 そして二人で有人レジまで移動し、


「合計、三万五千八百円になります」

「一括払いでお願いします」


 いつもより買った気がする。

 金銭感覚が麻痺してしまったのかもな。

 いつもは現金支払いだから限度を考えて買っていたが、クレジットカード恐るべしだわ。

 これをポーンと支払える義母も凄いが、ポーンと手渡し出来る朱音も凄いよな、尊敬だわ。

 すると朱音がきょとんと俺を見つめる。


がく、どうしたの?」

「いんや、なんでも」


 その間も慣れた様子で配送の手配までも済ませてくれた。意外と行きつけなのかもしれないな。ここの店員さんも黒光りするカードを見ても平然としているし。

 俺一人だけ、場違い感が半端ないが。

 その後、地下街から地上に出て、エスカレーターに乗ったまま最上階まで登っていく。

 最上階に到着すると同時に俺達の背後から不躾な声が複数掛かる。


「あれ? そこに居るの、朱音ちゃん?」

「あらら、凄い珍しい格好してる〜」

「は〜、それも似合ってるねぇ」


 声音からして一番会いたくない男達だった。

 そういえば休日はナンパしていたとか何とか言っていたな。いつもは反対側に居るはずが、この日に限ってこちら側に来ていようとは。

 その声音を聞いた途端、朱音は心底嫌そうな表情に変化した。


「うげぇ。澄田すみーとバカ二人」

「声に出すなよ。三バカに聞こえたら面倒だ」


 今の朱音は女の子をしているから普段を知っている者から見ても分からないはずなのだが、


「その腰付きはまさしく朱音ちゃんじゃん」


 奴は顔ではなく朱音の下半身で判断していたようである。普段からどういう目つきで朱音を見ているかがよーく分かる反応だよな、これ。


「何、今、一人なの? 珍しいじゃん」

「本当だ、珍しい。今日は何? デート?」

「あー、あれだ、一人身だから彼氏捜しか?」

「なんなら、俺が立候補しちゃう!」

「岳が居るのに居ない事にしているの腹立つ」


 当の朱音はどす黒い空気を纏っており、俺ですら近寄りがたい空気を撒き散らしていた。


「朱音の腰付き? そんなもんよく覚えていられるな。俺にはその価値観が良くわからん」

「岳に覚えてもらうならいいけど奴等はダメ」

「なんのこっちゃ」


 すると朱音は何を思ったのか、俺の左腕を掴んで餅の間に挟んだ。なに、この、弾力!?


「ナンパは結構です! デート中なんで邪魔しないで貰えます?」

「「「「は?」」」」


 ここでようやく俺に気づいた三バカ。

 俺を見るなり上へ下へと視線を巡らせる。

 なんでお前等まで目が点なんだよ?

 一応でもクラスメイトだろうに。


「か、彼氏いたのかよ!?」

「居ますが、何か?」

「お、俺の青春を、返せ!?」

「なんで泣いてるの? キモっ!」

「チッ! 他、行こうぜ、他」

「二度と絡まないでね〜!」


 そしてそのままブツクサ文句言いながら、明後日の方向に向かって消えていった。

 朱音に抱きつかれて呆ける俺を放置して。


「何だったんだ? てか、俺だって気づいていなかったよな、今?」

「気づいていないね。それだけ化けたって事だけど」

「化けた? 誰が?」

「岳が」

「俺が?」

「うん」


 まったくもってよく分からない。

 と、ともあれ、その後の俺と朱音は合鍵を作ったのち、洋服を見て回ったり、ゲームセンターで遊んだりして家に帰った。



 §



 家に帰ったのだが、玄関先で末妹と出会い、


「はうっ」


 末妹は何故か腰を抜かせ、匍匐前進で自室に戻っていった。


「可愛い、姉さんが可愛い、姉さん可愛い」


 その際にTシャツの裾から見えてはならない青い縞模様が見えたので、あえて見なかった事にした。


「なぁ? 雪音ゆきねの様子おかしくねぇか?」

「ああ、雪にもヒットしたみたいだね」

「ヒット? なんのこっちゃ?」




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