ループ

知遠 創満

降りるまで繰り返す

「上野さん、今日はなにをしたらよいでしょうか??」

 AIがあたえられた肉体でわたしをみながら問いかける。その肉体はどこかにいたとされる青年を模して作られたらしいが、なぜかしっているようなきがする。

「そうだなあそれなら今日は本を読んでそれの感想を書いてみようか」

 わたしは現在このAIを人間同様に学習させる仕事をしている。AIは非常に優れた記憶力や計算力を有しているが起動したばかりでは基礎的な知識は備わっているものの、人との接し方や哲学的な思考はまだできない。そんな彼もしくは彼女を立派な人間そっくりの思考力をもつレベルにまで育成するのがわたしの仕事だ。

「上野さん、今回はなんの本を読めばいいでしょうか??」

 彼は与えられた肉体の首をかしげてわたしにきく。

「じゃあ『星の王子様』をよんでもらおうかな」

「わかりました、よみおわり感想をかきおえたら報告いたします」

 そう言って彼は書籍を印刷しに部屋をでていった。部屋を出るまえに律儀にお辞儀もしていた。


 さて彼が本の感想をもってくるまでなにをして待とうか。すこし部屋を見まわすとこれまでの本の感想が重ねられたものがわたしの目に映った。それは最初ファイルに丁寧に保存されていたものたちだが彼の成長とともにあまり丁寧に扱わなくてもよくなったものだ。わたしはいつのまにかそれらをペラペラと見直していた。最初のほうはこんなに堅い文だったのか、ここからやわらかい文になったな、もうわたしよりもずっと表現力があるなと彼の成長を親になったような気持ちで見ていた。

 しばらくは微笑ましい気持ちになりながら見ていたが、ひとつ違和感のある感想文を見つけた。それだけ彼の書いたものではなかったのだ。彼の名前が書いてあるべき場所には『上野』と書かれていたのだ。自分の目を疑った。なぜわたしの名前が書いてあるのだろうと。わからなくなってしまったわたしはひとまずそれをじっくりと見ることにした。彼の書いた文よりもゆっくりと慎重に読んでいった。文字、文章の全体感、そのどれもがわたしと一致していた。これは一体何だ。


 そう思ってからわたしはどうしても怖くなり今までのデータをまとめてきた部屋へと走りだす。そこに何か答え、もしくはヒントが無いかと思い全速力で向かった。日頃運動をしていないわたしの体はすぐに息切れを起こしたがそんなことは構わず走り続けてようやくたどり着いた。

 ぜぇぜぇと息を切らしながら部屋の扉を開けようとカードキーを通す。カードキーに反応しドアが開いていく。ドアが開きわたしはひとつ気づいたことがある。

 今までデータをまとめておいた部屋など入ったことがあっただろうか??そもそもそんな部屋ここにあったか??忘れていたのではない、これは確実に今知ったことだ。探すのに必死で忘れていたがわたしはなぜこの部屋の場所を知っていたのだろう。そんなことを考えているうちにドアが完全に開きその部屋の中を見せる。

 

 その中にはたったひとり、男がいた。その男はわたしの存在に気づくと嬉しそうに笑った。

「やあ、今回は少し早かったじゃないか。無事自分の書いたものを見つけられたようだね。もしくは他のものからここに辿り着いたのかな??」

 男はわたしがここに来た理由をこちらが話したわけでもないのにベラベラと話し始めた。まるでここに来るのを知っていたみたいだ。

「なぜそれを知っているんだ!?あ、あんたは何者なんだ!?」

 おかしな体験をし続けたことによって頭が回らずおかしな発言をしてしまう。だが男はそんなことには興味がなさそう一方的に話を続ける。

「今回は実験開始から3ヶ月と14日か。今までの最短が4ヶ月と2日だったのを考えると素晴らしい進歩だね」

 男は最早わたしが目の前にいることなど忘れてしまったかのように話をしている実験??なんの話をしているんだ??困惑するわたしをよそに男は喋り続けている。ここで気づいたが男はわたしと会話をしているのではなくただでかい独り言を呟いていたのだ。

「さて、そろそろ次の実験に移らないとね」

ひとしきり独り言を呟いた後に彼はようやくこちらをはっきりと見ることにしたらしい。

 やっとまともに会話が出来ると思ったのも束の間、急にわたしは地面に倒れこんでしまった。何が起こったのだろうか。訳がわからないがさっきから変な体験してばかりで疲れてしまったのかもしれない。とりあえず立ち上がろうとしたが足に力が入らない。なんだ、何かがおかしいぞと思い自分の足を見てみると────膝から下が無い。

え??だって違うだろ??さっきまで着いてたじゃないか、だってだってだってだって

「君の出番はもう終わったから、楽になっていいよ」

男が悪意のない純粋な笑みを浮かべながらわたしに近づいてくる。その手にはメモリらしきものが握られている。

「ま、まさか……俺も、おっ俺もAIだったのか!?この肉体は本当は俺のものじゃなかったっていうのか!?」

冷静さを完全に失ったおれはギャーギャーと喚き立てた。怖くて、そんなはずは無いと思いたかった。でもこの足の切断部からは血が出ていないし、急に足が無くなるなどありえないのだ。だとしたら可能性はこの体はそもそも存在していなかったものなんじゃないかってなってしまうんだ。でもそれは本当に私が……

「君は今までのAIの中でもすごく人間らしく成長したAIだとぼくは思うよ。今までの誰よりも人間として成長してくれた君はとても素晴らしい実験体だ。だから記憶を消してしばらくは使おうと思っているんだ。君は完全に消えはしない、安心して眠るといいよ」

男はそう言って私の首もとにベタベタ触れる。何かを探しているようだった。それは恐らくわたしの……いいや違う。わたしは人間だ、人間であるはずなんだ。過去の記憶がある、食事をしてきた、睡眠を、恋愛を、感動だって人間として生きてきたはずなんだ────

それなのに──それなのにどうして──


 男の手にはあるAIのデータを移動させたメモリがひとつ。棚にはもっと多くのメモリが。奥の部屋にはもっと多くのメモリが。

「さて、次の実験を始めよう」

 男はそう言うと手元の作動ボタンを押した。その瞬間AIがふたつ作動した。


「わたしは大塚というものだ。今日から君に人間としての感性を育てるよう命じられた者だ。よろしく」

「よろしくお願いします。大塚さん。」

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ループ 知遠 創満 @kanasimimukouhe

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