第三章三話 利用と引退?

 猪瀬は神野の命と未来を奪ったと思っている。

神野は明るく才能に溢れる人物だった。

彼が生きていれば俺なんかより成功しただろうと

そんな神野の命を奪ってしまった。

それが猪瀬にのしかかる。

神野の分まで傑作を書かなければならないのに俺一人で出来たのは凡作だけ。

そんな自分が嫌で嫌で仕方なかった。

でも彼の分まで頑張らなければならないと思い、今まで小説家を続けてきた。

そんな俺ですら引退を考えた。

駄作を作り続けても彼が喜ぶのか?

そう思い、体が重くなる。

そんな時俺は夢咲と出会った

夢咲はまさに俺にとっての蜘蛛の糸だった。

最後の希望、それが彼女だ。 



『でもそれってさただ彼女の才能を利用したいだけじゃん』


 俺の心の闇が笑いながら呟く。

そう、俺は彼女を利用しているだけ。

彼女ならもっといいパートナーがいるかもしれない。

そう思ったことは何度もある

でもそれが怖くて口にすることが出来なかった。

彼女の為ならコンビを解消すべき。

そんな事は遠くの昔に分かっていた。



 「見つけた!本当に何処いってんのよ! 


 私はやっと公園で見つけた猪瀬に怒る。

こんなに遠くまで来ているのだから当然だ。

彼は振り返る。


「ごめん。俺達別れよう。」

「は?別れるってどういうこと? 」


 突然恋愛漫画のように台詞に頭が混乱する。

私達付き合ってたの?

いつの間に? 

顔が赤くなる。


「君の為なんだ。」

「何いってんのよ!別れるとか君のためとか私達そもそも付き合ってたの!? 」

「へ?付き合う? 」

「違うの? 」

「俺が言いたいのはコンビを別れようってことで...」


 私はもっと顔が赤くなる。

自分が全く違う甘い考えをしていたことに腹を立てる。

彼と私が付き合うわけ無いでしょ!釣り合ってすらないんだから!

ん...?コンビ解消どういうこと!?


「どういうことよいきなり! 」

「分かったんだ俺はお前を利用してただけなんだって。」

「利用だなんてそう思ってないわよ!」

「お前がそう思ってなくても俺が思っちまうんだごめん...」


 猪瀬は謝り走り去っていく。


「待ちなさいよ! 」

 私は彼を追いかけようとする。

だが彼の足は思ったより早く追い付けない。


「は!?引退する!? 」


 矢崎は突然の猪瀬からの電話に驚く。


「そういうことなので」

「ちょっと待ってください! 」


 猪瀬は待たず電話を切る。

矢崎は何が何だか理解できなかった。

昨日まであんなに喜んでいた作家が引退?

そんなことあるのか?と思い、矢崎は猪瀬の相方である夢咲に急ぎ電話をかける。


「もしもし夢咲さんですか!? 猪瀬さんが引退するって言ってますけどどういうことですか!?」


 夢咲は大声で聞く。


「引退!?」

「知らなかったんですか?彼、今日いきなり引退するって電話してきたんです。」


「知らないわよ!昨日急にコンビを解散するって言い出すし何がなんだが...」

「コンビ解散!?」

「うるさいで矢崎!」


 矢崎の大声に隣のデスクだった白倉は怒りを上げる。

「あんたこそ煩いんですよ!今猪瀬先生が引退しそうでそれどころじゃないんですよ!」

「はぁ!?引退!?」


 白倉もその事実を聞き驚きの声をあげ、大声を上げる。


「あのアホ何考えとんねん!」


 白倉はどこに向かっていく。


「どこ行くんですか白倉!?」


 そんな声をかけるが白倉はもう近くにはいなかった。


「引退なんかさせるか!」


 猪瀬は水田に勝ったのに引退する?

そんな無茶苦茶許されるか。

いや、許されない。

白倉はそう思い、猪瀬の家に向かう。


 白倉はイヤホンをしつこくならす。


「はよ出てこんかい!」

「もう何ですか?」


 そのしつこさに猪瀬は根負けし扉を開ける。

「やっと出てきよったの!」

「白倉さん何で貴方が!? 貴方は関係ないでしょ?」

「関係大有りや! なんでお前引退なんてするんや?年もまだまだ若いし元気そうやし。」

「もう疲れたんです。」


 猪瀬は扉を閉めようとする。

それをさせまいと白倉は扉に手を挟む。


「ちょっと何するんですか!? 」

「疲れたやと!? この前あんなに喜んでたお前がか嘘つくな!? わしは真実を知るまで帰らん!」


 白倉は手に血が出るほどドアを押さえつける。


「分かりました話しますよ。とりあえず入ってください。」


 猪瀬はその執念に根負けし白倉を部屋にいれる。


「利用か...」

「えぇそうですよ俺は彼女を利用していただけなんです!そんな男に人に彼女と一緒にかくなんてふさわしくない!」 


 話を聞いていた白倉は笑い転げる。


「何で笑うんですか!? 真剣な話ですよ! 」


 俺は自分が真剣に話したのに笑われた事に怒りを覚え怒る。


「いやーすまんすまん。若いなって思って な。」

「若い?」

「あぁそうや。相応しくない?なら相応しい人間って誰やねん。」

「そ、それはちゃんとした信念を持って...」

「ちゃんとした信念?ただ稼ぎたいってだけで書いとる小説家は相応しくないんか? 」

「いやそれは...」

「ほな相応しいってなんや? 」

「....」


 猪瀬は考える。

だがいくら考えても答えが思い付かなかった。


「ほら出てこへーんやろ? 俺から言わせれば相応しいとか相応しくないとかそんなもんは無いんや。」

「そんなものないって...」

「そや。相応しいとか相応しくないとかそんなもんは人によって感じ方が違う。俺はお前をあの娘っこに相応しいと思っとる。」

「どうしてですか? 俺には才能もないし...」

「才能が無いからやと!?」


 白倉は突然怒る。


「な、何なんですか、事実でしょ!?」

「なら前回のNEVERは何で賞を取ったんや!?

「そ、それは夢咲の力が凄くて...」

「あほか!ストーリーだけいい奴なんてごまんとおるわ!お前の才能もあったから勝ったんや! それなのに言うに事欠いて才能が無いやと!?」

「な、何をそんなに怒ってるんですか? 」

「お前...負けたもんの気持ちを考えたことがあるか?」


 負けたものの気持ち...

「努力か?いや負けた奴らかて皆努力しとる。

お前以上に努力した人間もおる。夢をかけて頑張った人間もおる。そいつらに才能が無いって言えるんなら言ってみ! なら負けたあいつらは何なんや!? 才能もない男に負けたんか!?それはあまりに残酷や! 」

「残酷...」

「そや、俺の知り合いにその才能が無くても己を磨いて磨いて越えようとする奴もおる。

そんな奴に言えるんか?」

「言え...ません。」

「そうやろ。なら二度と才能がないなんて言うな!」


 「全くこれやから最近の若い奴は...」

「おじいさんみたいに言わないでくださいよ。」


 猪瀬は呆れる。


「お前に才能があるってわかったやろ?ならもう問題はないな。なら早くもう一回コンビになってこい! 」


と白倉は背中を押す。

「そんな!才能があったとしても俺は彼女を利用していただけなんです!今更もう一度コンビになんて...」

「そこが若いっていうねん。お前利用が悪いみたいに言うけどな。世の中は利用しあって回ってるねん。お互いに利用して長所を活かす。それの何が悪いんや? 」

「お互いにって俺は利用されてるなんて...」

「ほなお前は彼女にどう感じとるか聞いたんか? 」

「彼女も感じてないとは言ってましたけど俺が感じるんです。」

「若いなぁ。ほなお前に聞きたいけど彼女と

書きたくないんか? 」

「そんなの書きたいですよ! 」


 猪瀬は即答した。

「ほなら書いたらいいんや。利用とか難しく考えるな。」


 そんな時インターホンがなる。


「ほら言ってたら来たようやで。」


 白倉は背中を押し、扉までつれていき扉を開ける。


「やっと出た!言いたいことがあんのよ!勝手にコンビ解散とか決めんな!利用?バッチコイよ!私もあんたを利用してあげる! 」

「おぉ、言おうとしてたこと全部言われたの~」

「ゲッ!白髪?なんでここに...私の恥ずかしい台詞聞かれてた!? 」

「あぁ、バッチリな!ほら、お前も返さんかい。」

「あぁ、こちらこそまたよろしく出きるか? 」

「当たり前よ!まだ柳にも勝ってないんだから。」

「おぉ、いい雰囲気を邪魔しちゃ悪いな。」


 白倉はタバコに火をつけ去っていく。

「あの白髪なんでいたの? 」

「あぁ、俺を励ましてくれてた。いい人だよ。」

「こういうのって担当の仕事だと思うんだけど。いっそのことかれにして貰いましょうか。」


 そんな時その担当はというと?


「どうすれば!! 」


 

出版社であたふたしていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る