第368話 知らぬが仏

「なるほど。そんな事があったのか……しかし、やはりあの轟音を起こしたのはイシュドだったか」


夕食時、イシュドたちはまたその日の情報を共有していた。


「そっちまで届いてたのか」


「あぁ。もしやと思っていたが……とはいえ、私たちが狙っているモンスターと、その他のモンスターが激突したのではとも考えていたが、その線は捨てて良さそうだな」


ヨセフにとっても、今回の討伐依頼は成長する為の大きな試練だと……自身にとって必要な試練だと考えている。


そのため、敵の戦力が減ればラッキー!! とは基本的に考えていないが……それでも、心のどこかでほんの少しはそういった気持ちがあった。


「スキルを、スキルレベル以上の効果まで発動する、ねぇ…………そういえば、聖騎士団の中にそんな人いたね」


「そうですね」


「へぇ~~~~~……へっへっへ。良いね、そんな人がいるのか」


今日も今日とて新鮮な肉を捌き、味付けし、焼き続けるイシュドは、食欲とは別の意味で涎が零れそうになった。


「あぁ~~~~…………多分、イシュドのお眼鏡にかなうんじゃない。確か、身体強化でそれが出来るみたいだし」


「なるほどなるほど~~~。多分無理だろうけど、戦れるなら金払ってでも戦ってみてぇな~~」


「……ねぇ、イシュド」


「ん? なんだ、ローザ」


「私はスキルを限界以上の力を引き出したらどうなるかは詳しく解りませんけど、その個体はどうなりそうですの」


イシュドが使い捨ての短剣とはいえ、木々や地面を抉る投擲を放ったとなれば、仮にその一撃で死なずとも……余波によるダメージとスキルを限界以上の力を使った代償で死ぬのではないかとローザは考えていた。


「さぁ、どうだろうな。こっちを見てたモンスターがどの程度のモンスターなのかにもよるが、ただこっちの戦いっぷりを見てただけなら、逃げ切っててもおかしくねぇんじゃねぇかな」


「ふむ……つまり、ただ見るだけではなく、イシュドたちのステータスまで視ていれば、死んでいるかもしれないと」


「仮に生き延びてたとしても、寿命を削ることになって、巣に戻る途中に死んだかもな」


イシュドの考えを聞いて、ホッとする者は……一人もいなかった。


仮にステータスまで視ずとも、寿命を削った可能性はある。

そのまま数日以内に死ぬとしても、情報だけは群れのボスに伝えられている可能性は高い。


(…………そうだな~~。冷静に考えれば、斥候が特異な奴って人間じゃなくても、そういったタイプに育った個体なら、モンスターであっても狙われてることに気付きやすいか……ってなると、イシュドの情報が伝わった、か?)


今回の討伐依頼では基本的に手を出さないと宣言はしているものの、それでもフィリップたちにとって最高戦力であるイシュドの情報が知られたことを……幸か不幸か、どちらとも言いづらい。


(……全員で迎え撃てば問題無いって思われれば、それはそれでガルフが戦うところを見られてないってのは、良いアドバンテージになるかもな)


モンスターたちは闘気という存在を基本的に知らない。

それでも、離れた場所からでも見れば……本能的にあれは危険だと感じてしまう。


「あぁ、そうだ。エリヴェラたちには言い忘れてたが、ゴブリンはクソったれな行動を取ってくる。攫った女を盾にしたりな」


今、その話をするべきなのかと疑問の声を零す者は……誰もなかった。


「…………場所が、標的たちの巣でなければ、私は可能な限り助けたいです」


ステラは、決して愚か者でも理想主義者でもない。


彼女は三年生になるまでに、その残酷で合理的なゴブリンの行動を知っている。

初めてそれを見た時、戦闘中であるにもかかわらず、動きを止めてしまった。


結果として、その戦いでは囚われていた者たちを助けることが出来たものの、当時を振り返り……ステラはハッキリと、あれは運が良かったら救うことが出来たと断言出来る。


(良いね。さすが戦う聖女。現場のシビアさは解ってるな)


巣という標的たちのテリトリーで戦う場合、いったいいくつもの盾が用意されているか解らない。

相手の方が巣に関する情報を持っている限り、救出した女性たちがステラたちのお荷物になる可能性は非常に高くなる。


「まっ、それが妥当だよね~~~」


彼女も救えることなら、捉われた女性たち全員を助けたいとは思っている。

だが、ステラと同じく獣戦士であるレオナもシビアな現実を理解している。


「ッ…………ステラ様、レオナさん。やはり……厳しいのですか」


ヨセフは食事の手を止め、振るえる拳をなんとか抑え、表情を歪めながら……自分よりも間違いなく強い猛者たちに問うた。


「厳しいわね~~~。先生たちの手を借りても良いっていうなら話は別かもしれないけど、うちたちだけでなんとかするってなると、多分人数が足りないわね」


「っ!!!!!!」


それなら、クルト先生たちの手を借りれば良いじゃないか!!! ……と、ヨセフは声を荒げず、ただただひたすら奥歯を噛みしめる。


まだ生きている女性たちが助けなければならない。

ヨセフの中にある騎士道精神がそう叫ぶも、イシュドによって様々な現実を突き付けられた結果……今回の依頼で、想定外過ぎるイレギュラーだけではなく、そこまで教師や護衛者たちの手を借りても良いのかと……甘さを許さないヨセフもいる。


(へぇ~~~、声を荒げねぇんだ。もしかして、我慢強さ? なら、ミシェラよりもちょっと上か? にしても…………イシュドにしちゃあ、もうちょい酷な現実は言わねぇんだな)


ヨセフたちが食事の手を止める中、フィリップは特に気にせず黙々と腹に食事を

放り込みながら……イシュドの意外な優しさに勘付いていた。


ゴブリンに囚われた女性たちを救出する……それは人間として、騎士として立派な行動である。

それに間違いはないが、救出された女性たちがその後の人生をまともに生きられるかは、また話は別である。


終わらない陵辱の地獄というのは、容易に女性たちの心に消えない傷を負わせる。


(いっそ殺してやった方がその人たちの為になると……ってのは、さすがに言えねぇか)


イシュドの心の内を知ってか知らずか、フィリップは頭に浮かんだ内容を口にすることはなかった。

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