第369話 忘れてる事

「……なんだ、それは」


「煙管ってやつだ。安心しろ。マジックアイテムの奴だから、体に悪かったりしねぇからよ」


「そう、なのか」


夜中に目が覚めてしまったヨセフは、なんとなく夜風当ろうとした。


すると、外には煙管をふかすイシュドがいた。


「んで、お前は何しに来たんだ?」


「少し、夜風に当たろうと思ってな」


「もやもやを晴らしにって訳か」


「っ……顔に、出てしまっていたか」


ヨセフは内心を見破られたことに驚かず、素直に白状した。


「…………夕食の時に話していた内容が、ずっと残っていた」


「夕食の時っつーと……あれか」


「そうだ…………イシュドは、そういう経験が、あるのか?」


「あんまねぇな。うちの騎士たちと一緒に狩りをしてる時に、頭の回る個体がそういう事をする時はあっけど、大概が人質にされた騎士自身がなんとかしたり、ノータイムで俺や他の騎士たちがどうこうしてるからな~~~」


全くもって参考にならない。

だが、それを聞いてもヨセフは苦笑いを浮かべるだけで、不満気な表情を浮かべることはなかった。


「そうか……強いな…………お前たちは、強いな」


「戦いに明け暮れてるからな」


「……イシュド。どうすれば、お前の様に強くなれる」


「なんだ、ヨセフも狂戦士になりてぇのか?」


「…………それが正解の道であれば、それも致し方ないと思っている」


「ふふ、はっはっは!!! それが解ってんなら、問題ねぇよ。俺はお前じゃねぇんだし、お前も俺じゃねぇんだ」


仮に、ヨセフがどれだけイシュドに憧れようとも、ヨセフはイシュドになれない。

イシュドと同じ力を……手に入れることは出来ない。


「ヨセフには、ヨセフにしか手に入れられねぇ力ってのがある」


「……随分と、優しい事を言ってくれるんだな」


「そうか? まぁ、かもな。でもな……俺はもがき苦しみながらも前に進もうとしてる奴は嫌いじゃないからな」


メンタルと実戦は無関係!!!! と言う程、イシュドは脳を筋肉に支配されてはいない。


「うちの実家で、同じ狂戦士の道を通ったとしても、行き着く方向が違うっていうのは、何度も見てきた。だから、別にお前が狂戦士になる必要はねぇよ」


「…………しかし、私は……弱い」


ヨセフは、理解している。

自分が今回の依頼を受けるメンバーの中で、総合的に見て……一番弱いと。

本音で言えば、囚われている女性たちを全員助けたい。


だが、であればどうするのかという案は浮かばず、力もないため、意志を示すことも出来ない。


悔しさを零し、拳を震わせることしか出来ない。


「……ふぅーーーーーー。ヨセフは、聖騎士になって、多くな人々を救いたいんだろ」


「? あぁ、そうだな。それが、私の聖騎士としての道だ」


「つまり、あれだ。聖騎士になれるのは、三年を卒業する時……もしくは、それから少し経ってだな」


「やはり、そうなるか」


「ステラやレオナでさえ、まだ三次職に至ってねぇんだ。仕方ねぇってもんだろ…………まぁ、今後お前の長期休みとかの過ごし方によって、そこら辺は変るかもしれねぇけどな」


「長期休み?」


イシュドの言葉に、微かな希望を感じたヨセフ。

一言も聞き逃さないように、今からイシュドの口から零れる言葉だけに意識を集中させる。


「うちは、そもそも実戦に入るのが早ぇし、騎士や兵士の子とか……早けりゃあ、十ぐらいで新米兵士として扱われる。立場的には、十四とか五で騎士になる奴も珍しくねぇ」


「……改めて聞くと、凄まじいな」


「環境が違ぇからな。ただ、実戦に移るのが早ぇって意味では、野菜とかを造ってくれてる農家の連中や、鍛冶師や錬金術師の弟子とか、そういう連中もプロとは言えねぇだろうけど、社会っていう自分の力でなんとかしねぇといけねぇ世界に出るのが早ぇ」


「………………そうなのかも、しれないな」


多くの平民が自分よりも先の世界へ? と思うと、ほんの少し……不満の炎が生まれるも、直ぐに理性という水が鎮火させた。


「その分、お前ら学生ってのは……あんま詳しくはねぇけど、他の学園にも夏休みと冬休みはあるんだろ?」


「あぁ、おそらく」


「学校で学べる時間もあれだが、休みの期間がクソあるのは、学園に通ってねぇ連中からすれば、血涙流すほど羨ましいと思うぜ」


「そういう……ものか…………うむ、そうかもしれないな」


「まっ、夏休み冬休みなんだから、その期間は休むべき期間なんだろうけど、別に鍛えるのが駄目って訳じゃねぇだろ」


当然、学園側としても寧ろ自身の向上に使ってくれた方が嬉しい。


「だから、その時間をフルで利用すれば……負けたくない奴に、てめぇの目標に追い付けるかもな」


「モンスターを倒して倒し、倒し続ける、という事だな」


「理解が早いようで何よりだ。幸いなことに、自分以上の戦闘力を持つモンスターを討伐しなくても、レベルアップの糧にはなる」


「馬鹿正直に真正面から戦うのではなく、ただモンスターの命を奪う。それを目的として動き、仕留めれば良い……そういうことだな」


「解ってるじゃねぇか。つっても…………ヨセフ、あれだぜ。死んだら、そこまでだからな」


普段の自分と比べれば、確かに優しい言葉を投げかけている。

イシュドはそう自覚しながらも、言葉を続ける。


「あぁ、勿論それは解ってる」


「頭では解ってんだろうな。でも、今のてめぇの表情から、それを本能も理解出来てるとは思えねぇ」


「…………」


「ある意味、クールに……冷徹にならなきゃならねぇ」


「クールにだけではなく、冷徹に?」


「そうだ。倒せねぇと思ったら、逃げろ。絶対ぇに逃げれる準備を怠んな。そのモンスターが、冒険者とかを殺してしまう結果になっても、逃げろ」


場合によっては、容赦なく見捨てろ。


イシュドの言葉を理解するも、拳を握る力が強まるだけで、喉から何かしらの言葉が零れることはなかった。


「三次職に転職出来れば、より多くの者たちを助けることが出来る。だが、正義感に駆られて……騎士道精神を押し殺すことが出来なきゃあ、無駄死にするだけだ」


「っ……………………強くなる、というのは……難しいな」


強くなる。

それが目的であれば、イシュドの語る内容は間違っていないと解る。


それでも、まだ青さが残るヨセフは……心の底から納得することが出来ない。


「ふっふっふ……悩むのは、別に悪ぃ事じゃねぇ。でもよ、ヨセフ。一個忘れてることがあんじゃねぇか?」


「忘れている事?」


「そういう悩みを相談できるのが、ダチや仲間ってやつだろ」


「っ!!!」


「お前が負けたくねぇって思ってる奴は、そういう奴なんじゃねぇのか?」


そういう奴なのか……解らない。


ただ、今回の依頼が終わった後、ヨセフはその男に話しかけようと決めた。

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