第366話 弱いから

「…………」


「イシュド、これって」


「あぁ、そうみてぇだな」


探索三日目の昼過ぎ、イシュドたちは野営の跡らしき場所を見つけた。


よく冒険者たちが探索する森であれば、そういった跡を見つけるのは決して珍しくない。

ただ……イシュドたちが発見した野営の跡地には、いくつかの血痕が残っていた。


「っ……イシュド、これはどれぐらい前のものなのですの」


「悪ぃけど、俺は何でも出来る万能人間じゃねぇんだ。そこまでは解らねぇよ」


ミシェラたちからすれば、あまりにも出来ることが多いため、嘘だろとツッコミたい気持ちが湧き上がるものの……跡地を眺める真剣な表情を見て、とりあえず嘘ではないと把握。


「とりあえずまだ痕が残ってるのを考えたら……十日は経ってねぇんじゃねぇの」


「十日……」


「周囲の状況から察するに、狙ったのは大型のモンスターではねぇだろうな」


周囲の木々や地面に、多少の斬撃跡などがあるものの、木々が切り倒されたりなぎ倒されているといった大きな戦闘痕は一切ない。


「……やはり、例のゴブリンたちがやったのでしょうか」


「殺ったのか、それとも連れ帰ったのかは知らねぇが……どちらにしろってところだな」


ゴブリンというモンスターに連れ攫われた場合、どうなるか……まだ、実際に現場を見たことはないミシェラたちだが、ゴブリンの性質上……ある程度どうなるかは予想出来る。


故に……ミシェラたち女性陣は、静かに憤怒を滾らせる。


「お前ら、殺れる時にきっちり殺れよ」


「イシュド……それは、ゴブリンをという訳ではなく、ですか」


「良く解ってるじゃねぇか、イブキ。ゴブリンってのは、通常種なんかはクソ雑魚だが、多少の知恵はある。侮ってりゃあ、痛い目を見てもおかしくねぇ」


「実体験、なのですの?」


ミシェラも……一応嘗めてはいない。

だが、あのイシュドがゴブリンを相手に痛い目を見せられる光景が、全くもって想像出来ない。


「物理的なあれはなかったが、あのクソゴブリン……隠し持ってたフンをぶん投げてきやがったんだよ」


「ふ、フン………………しょ、正気……なのですの?」


「あいつらにとっちゃあ、正気も正気の行動なんじゃねぇの。んで、話を戻すが、あいつらは偶に人間っぽい行動をする……人質を取るとか、な」


「っ……」


「まっ、そうしてきたらあれだ、前にガルフが盗賊を相手に取った行動を取れるなら、それでも良い。ただな、完全に戦えない状態まで追い込まれてるんだったら、助けても荷物に変わる」


「つまり……見捨てろと、言うのですの」


本当に……本当に、ミシェラは成長した。


イシュドと出会う前までのミシェラであれば、場所が何処だろうと怒りを露にしていた。

しかし、今は冷静に……冷静に怒りを抑え、こぶしを握り締め……なんとか爆発を抑えていた。


「デカパイ。お前らがアサルトワイバーンを鎮めたのはまぐれじゃねぇ、偶々じゃねぇってのは認めてる。ただ、それでもBランクモンスターは甘くねぇんだ。エリヴェラたちと合流して戦ったとしても、アサルトワイバーン戦の様にある程度スムーズに事が進むことはねぇ。だからフィリップも珍しく色々と考えてんだ」


前半の言葉通り、イシュドはミシェラたちが偶々運良くアサルトワイバーンを仕留めたわけではないと認めている。


それは学園に入学してから何度も何度も刃を、拳を交えてきたイシュドが良く解っている。

ただ、イシュドは王が統率を取る部隊の強さを知っている。


「盾にされた奴を助けたところで、お前らが死んだら意味ねぇだろ」


「っ!!!!」


「まぁ、それでもやれるってんなら止はしねぇよ。俺は興味ねぇけど、そういう行動はあれだろ、騎士道精神に反するんだろ」


「…………」


「つっても、そこに関しちゃアリンダ先生とかクルト先生に助けた後、投げれば良い話ではあるかもだけど……本番じゃあ、荷物になる可能性が高いだろうから、そこら辺ちゃんと考えとけよ、デカパイ」


「…………えぇ、そうですわね」


怒りは、掻き消されていた。

説明されればされるほど、嫌という程解る。

何故、イシュドの言葉に対して一切反論出来なかったのか……それは、ミシェラが弱いからである。


(私が……私が、もっと……強ければ!!!!!!)


人質に、盾にされた女性たちを助けようとして、自身の命を……仲間の命を危機に晒してしまっては、本末転倒である。


それは、ミシェラにとっても不本意である。


「イシュド……す、少しきつかったんじゃ、ないかな」


血痕が残る野営から離れ、別の場所を探索する間、ガルフは小さな声でイシュドに声を掛けた。


「そうか? 俺としては当たり前の事を言っただけだぜ」


ミシェラだからという理由で、特別きつく事実を伝えた訳ではない。

ただ……多少の他意はあった。


(仮に自分たちでなんとかしようとすりゃ……ガルフはガルフで、なんとかするだろうな…………そうなりゃあ、更に守りてぇって気持ちと自己犠牲が結びついてもおかしくねぇ。つか……そこまで全てやろうとすりゃ、今のガルフじゃ実力的にも……経験不足も相まって、無理だろうな)


囚われていた女性か、それとも仲間か……どちらをどのタイミングで守れば良いのか分からず、結果…………どちらも守れない。


それがイシュドの考え得る限り、最悪の結末である。


(俺が言うのもあれだが、まだガキだ…………どれだけ才があって、積み重ねていくことに対して苦を感じなかったとしても、心が砕ければ……そこで終わるだろう)


イシュドは、メンタリストではない。


これまで知恵で、力で、根性で……狂気で、全て振り払い、打ち砕き、粉砕してきた。


それでも……解っている。

自分も、人間だと。


「ガルフも、自分の選択ミスで仲間が傷付けば、責任を感じるだろ」


「…………そうだね。余計なお世話だと思われてても、どこかで感じると思う」


「後で反省すんならまだしも、戦闘中に責任感が重すぎて身動きが取れなくなったりしたら、それこそマジのお荷物になるからな」


「…………うん」


ガルフは、なんとなく感じ取っていた。

イシュドの言葉はミシェラの事を指しているだけではなく、自分にも伝えてるのだと。

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