第331話 ちょろっと?

「おはよう、イシュド。あの……もう話は聞いてるかな」


翌朝、イシュドたちがアンジェーロ学園の訓練場を訪れると、クルトから話を聞いたエリヴェラがワクワクと心配が混ざった顔で声を掛けてきた。


「ん? あぁ、あの話だろ。聞いた聞いた。まっ、一理あるって話だよな」


「そ、そうだよね」


エリヴェラとしては、ワクワクと心配……どちらかと言えば、ワクワクの方が大きい。

ただ、クルトから伝えられた話は、イシュドたちが本当にオッケーしなければ話は白紙になる。


群れの数、おそらくBランクモンスターが二体いるであろう状況を考えれば、どう考えても学生だけで受ける依頼ではない。

故に、もしかしたらイシュドはガルフたちの身を考慮して、断るかもしれないと、ほんの少しだけ考えていた。


「……よく、話しに乗ったな」


「なんだよ、ヨセフは自分たちだけで受けたかったのか?」


「あまり馬鹿にするな……それが出来れば、一番良い。だが、話の内容が全て本当であれば、私たちだけでどうにかするのは…………少なくとも、私やローザは間違いなく足を引っ張ってしまうだろう」


エリヴェラやヨセフたちだけで依頼を達成する。

それが一番良い評価を受ける形ではあるが、ヨセフもかつてローザと同じく、運悪く遭遇してしまったキングリザードが放つ圧は、今も覚えている。


結果として共に行動していたエリヴェラがボロボロになりながらも、一人で討伐したことで事なきを得たが、対峙した瞬間……ヨセフやローザたち以外の一年生たちも同様に、明確な死のイメージが浮かんでしまった。


「だからこそ、お前たちと共に討伐に向かうことには賛成だ。ただ……イシュド、お前にとっては、その……あれだ。あまり居心地の良い国ではないだろう」


初っ端、自分があまり良い印象を持たれない絡み方をしてしまった自覚があるためか、ヨセフはバツの悪そうな顔をしながらそう告げた。


「……ふっ、なっはっは!!!!! まっ、あれだな。俺の考え方とかには、合わねぇ国だろうな。けどな、そういうのは交流会を提案されて、こっちに来るってのが決定した時から、ある程度は想定して来た」


「そ、そうか」


本来であれば「我が国をそんな風に見ているのか!!!」と言うところだが、ここ数日イシュド・レグラという人間と過ごすことで、イシュドたちに対してはただただ自分の感情を爆発させる様なことはなくなっていった。


「つっても、お前らのとこの学園長相手に、そこら辺はどうなんだってキッチリ訊かせてもらったけどな」


「「「「「「ッ!!??」」」」」」


先程までそれなりに和やかな空気だったのが、イシュドが零した言葉によってピシッ!!!! と、大きな亀裂が入った。


「っ、っ……い、イシュド。今、が……学園長、と、言ったのか?」


「おぅ、そうだぞ。お前らのところの学園長が話がしたいって頼んできたんで、昨日の夜にちょろっとあって、ちょろっと話したんだよ」


ちょろっとちょろっとと言うが、イシュドという人間はヨセフたちが今まで出会ってきた同世代の中で、一番目上の人間に対して遠慮のない人間。


クルトやステラ、レオナ。アリンダやシドウ以外の歳上の人間と話しているところはまだ見たことはないが、年齢が三十や四十……五十を越える者が相手だとしても、気に入らなければ当たり前の様に持ち前の態度を崩さず喋る姿が容易に想像出来てしまう。


「ちょ、ちょろっと、とは一体……」


「別に大したことは話してねぇって。さっき言った通り、学園……正確には俺らが聖都の外に出ても大丈夫なのか~とか、そっちはそっちでリスク背負ってんじゃないっすか~とか、ちゃんと信用出来る為の担保を用意して貰ってもいいっすか~っとか、そういう話だよ」


三つ目の最後が少々不穏ではあるが、イシュド側からすれば尋ねておきたい内容であるのは間違いない。


(ん~~~~~……確かに、間違ってはいない、かな……うん)


先日の夜、全てのやり取りを聞いて見ており、知っているクルトからすれば、何度も肝が冷える場面があった。


「にしても、話しが通じる爺さんで助かったよ。後ろの二人もちゃんと教育してたしな」


「後ろの二人?」


「学園長の後ろに、クルト先生より強そうな前衛タイプと、後衛の魔導士タイプがいたんだよ。何回かそのままバトルに発展するかな~~って思ったんだけど、なんだかんだで得物には手を伸ばさなかったんだよな~~~」


クルトよりも強い前衛と、戦力的には同等の実力を持つ後衛の魔導士。


ヨセフたちはアンジェーロ学園の教師からそれらしい者たちを思い浮かべ……結果、全員が一気に冷や汗をかいた。


「イシュド……結果的に、戦いには、発展しなかったの、だよな?」


「そう言ってるだろ。俺としては、別に戦っても良かったんだけどな~~~~」


クルトより実力が上の教師たち。

当たり前の事だが、当然もなく強い。


ただ、ヨセフたちはまだ……イシュドの底を見たことがない。


それもあって、教師たちとイシュドがぶつかっても、さすがに教師たちが勝つ……とは断言出来ない。

断言出来ないからこそ、実現していればと思うと……心底恐ろしかった。


「とりま、そんな事はどうでも良いんだよ」


ヨセフたちとしては、あまりどうでも良い事ではない。

しかし、これからイシュドが口にすることの方が、よっぽど大事な事だった。


「今日まで使い慣れねぇ武器を使ってきたが、今日からは普段から使ってた武器を使って模擬戦を行ってくれ。依頼に備えて、感覚を取り戻してもらう」


「「「「「「「「「「「「「っ!!」」」」」」」」」」」」


「んで、複数戦う相手に……シドウ先生と、クルト先生も加わってもらおうか」


依頼時には、強敵と戦う可能性が高い。


であれば、エリヴェラたちにとって強敵となりえる仮想相手は、イシュドだけではなくシドウやクルトも当てはまる。


「うげっ、俺もかよ」


「クルト先生もっすよ」


「アリンダ先生はいいのかよ」


「アリンダ先生はザ・後衛っすからね。話を聞いた限り、接近戦メインの俺らが仮想相手として適任っすよ」


もっともな事を言われてしまえば、クルトとしてもため息吐きながらも、生徒たちの為に一肌脱ぐしかなかった。

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