第329話 何があった

「イシュド。昨日、何がありましたの」


「あん?」


朝食中、ミシェラはイシュドに昨日の夜、結果として何かあったのかを尋ねた。


「クルト先生と一緒に、学園長と会ってちょろっと話しただけで、何も大したことねぇよ」


「「「「「「…………」」」」」」


どう考えても大したことがあるようにしか聞こえず、ミシェラたち学生組は朝食を食べる手が完全に止まってしまった。


「い、イシュド……あなた、何も、起こさなかった、でしょうね」


「起こさなかったって、何をだよ。俺はただ、学園長と話してただけだぜ」


心外だな~~といった顔をするイシュドだが、教師であるアリンダとシドウも含めて、本当に何も問題がなかったとは信じられなかった。


「すぅーーー……はぁーーーーー……イシュド君、とりあえず何があったのか、ちゃんと教えてね」


真面目な顔で昨夜、何があったのか問い尋ねるアリンダ。


監督者として……一応、交流会中の保護者として、何があったのかは知っておかなければならない。

できれば知らないままでいたいが、そこまで責任を放棄できるほど、アリンダは社不ではなかった。


「う~~~す。つっても、マジでそんなぶっ飛んだことはなかったっすよ。ただ、学園長からエリヴェラたちと一緒に、依頼を一つ受けてくれないかって頼まれたんすよ」


「一緒に依頼を……訓練だけでは勿体ないから、是非とも実戦をってこと?」


「そんな感じだたっすね」


学園長からの……ロブストからの提案は、特におかしな点はない。

ただ、イシュドたちフラベルト学園側からすれば、容易にその提案を飲むことは出来ない。


「イシュドは、その提案を了承したのかい?」


「結果的に言えば、了承したっすよ、シドウ先生。まぁただ、最初はふざけんなって感じて断ろうとしたっすよ」


ふざけんなと、断ろうとした。

ミシェラたちからすれば、もうそれだけで恐ろしさを感じる。


「イシュド、あなたねぇ……相手は、学園長なのよ。しかも他国の、他校の!!」


「んな事俺も解ってるっての。けど、それを言うなら俺は客人だぜ? しかも、交流会を提案してきたのは俺がいるからだろ。だったら、ちょっとぐらいデカい態度で体操しても問題ねぇだろ、デカパイ」


一応……一応、イシュドが言っていることはそこまで間違ってはいないが、それらの考えはあくまで建前。


相手が規模が大きい学園の長ともなれば、建前を隠して冷静に……紳士的な態度で対応するのが普通。


「……そんな態度を取って、反感を買わなかったのかしら」


「学園長を相手に買ってたら、ワンチャン今頃学園が吹き飛んで、跡形もなく消し飛んでるだろ」


「「「「「「「「…………」」」」」」」」


そこら辺の学生が言っていれば、自信過剰を越えて頭や心の心配をしてしまうところだが、イシュドがそういった言葉を言うと嘘に聞こえないため、ミシェラたちは思わず肩が震えた。


「反感を買ったとすれば、学園長の後ろにいた二人だろうな」


「っ~~~~~。あなた、結局買ってるじゃないですの」


「きっちり教育されてるのか、俺に鋭い視線や不快感、怒気を向けてくるだけで、維持でも得物を掴もうとはしなかったんだよ。ったく……掴んでくれりゃあ、そのままバトルに持っていけたかもしれないってのによ」


「イシュド君~、お願いだからあまり心臓に悪いことを言わないで~~」


ある程度のイシュドの全力について想像が付いているアリンダ。


交渉の場で学園長の傍にいるという事は、かなりの猛者であることが推察できる。

ただ、イシュドが全力を出せば……仮に相手が格上の人物であっても、殺し得る火力がある。

そんなアリンダの予想は見事的中しており、もしイシュドと男女二人が激突していれば……十分、事故は起こりえた。


「さーせん。んで、とりま俺はあんたらじゃなくて、あんたら以外の連中が信用ならねぇって言ったんだよ」


「それは至極真っ当な意見ですね」


イシュドが学園長に言ったであろう内容に対し、口調はともかくクリスティールは同じ考えを持っていた。


「だろ、会長パイセン。自国であれなんだから、この国でも俺の事を気に入らない連中なんてごろごろいるだろうからな」


「…………」


笑いながら語るイシュドは、その現状に対して特に不満を持っている様には見えない。

ただ……そんな現状に対し、親友であるガルフは……静かに怒っていた。


平民出身であるガルフだが、主に貴族の令息や令嬢たちが通う学園に入学し、ある程度平民と貴族の思考の差を理解してきた。


立場という明確な権力を持っているからこそ、理不尽に怒り、理不尽な方法で他者を潰そうと、痛めつけようとする。

そういう存在が多いのだと理解してきた……理解してきたが、納得出来るか否かは全くてもって別問題だった。


「それによ、面倒な馬鹿共がぶっちゃけ気に入らない人間に関しちゃあ、俺だけじゃなくて他にもいるだろって話だから、本当にやるのかよって思ってな」


「イシュドだけじゃない?」


「……それって、エリヴェラの事か」


フィリップの言葉に、ミシェラたちが驚くも……クリスティールやシドウなどは冷静であり、寧ろやっぱりかという顔をしていた。


「なんで、エリヴェラを」


「おいおいミシェラ、あいつの実家のこと忘れてねぇか?」


「実家…………ッ!!! ……屑共め」


珍しく、ミシェラの口から低く、ドスの効いた声が零れた。


「フィリップ、それはエリヴェラの実家が男爵家だから、という事で合ってる?」


「そうだよ、イブキ。権力って力だけ持ってる連中からすれば、既に歴史に名を残すのが確定してる奴でも、男爵家ってだけでクソしょうもない劣等感を感じずにはいられなくって、消したくなるんだろうよ」


ミシェラほど明確ではないが、フィリップはフィリップでどこかつまらなさそうな……どこかしらにいるバカ共に対し、呆れた感情を向けていた。


「つってもよ、イシュド。結果的に了承はしたんだよな?」


「おぅ。どうやら、向こうは向こうでそれを理解してるっぽいからな。ただ、理解してるっぽいってわかっても、完全に信用出来る訳じゃねぇから、ちゃんと担保を貰ってきたぜ」


発言者がイシュドだからか、ミシェラたちはどの言葉を聞いても不安しか感じなかった。

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