第328話 落ち着くために

「イシュド君は、もしかしてあぁいう場での交渉に慣れてるのか?」


「どうしてそう思うんすか? 俺、これまで全く表舞台に出てこなかった人間っすよ」


学園長の執務室を出てから、クルトは安堵の息を零しながらイシュドのロブストに対する態度や対応に改めてある意味感心した。


「いやいや、普通は学園長を相手にあんな態度を取れないって言うか、元々礼儀正しい態度を取るような人じゃなくても、自然と委縮してしまうんだよ」


「ふ~~~ん。まぁ、こっちの学園の学園長より戦闘力は上って感じがしたんで、大半の連中はそうなるでしょうね」


「あっ、そうか。イシュド君はその大半に当てはまらないもんな」


「そうっすね」


異世界からの転生者という時点で特別であろうという自覚はあるため、イシュドは特に否定しなかった。


「つっても、ちゃんとした理由を上げるなら、実家にあの学園長よりもっと半端ない爺さんたちがいるからっすよ」


「学園長よりもって…………そ、そう、なんだな」


クルトからすれば、四次職に転職しているロブストは初老男性であろうとも、絶対に自分が叶わないと感じる歴戦の猛者であることに変わりはない。


だが……レグラ家の一人であるイシュドが、現時点で三次職に転職している。

さすがにイシュド並みに実力が高いだけではなく、考え方までそこら辺の十代とは比べものにならないとは思いたくない。


(レグラ家から少し離れた森、山では何故か多種多様で他の地域で生息している個体よりも強いモンスターがいるんだよな……そんなモンスターを相手に戦い続けていれば、そりゃ歴戦の猛者が大量に生まれるか)


全員が全員、戦闘者として活動を始めてから今の今まで生き延び、歴戦の猛者になった訳ではない。


周りの戦闘者たちと比べて飛び抜けた才を持つ者であっても、イレギュラーと遭遇して戦死……仲間たちを逃がす為に一人で孤軍奮闘し、戦死した者もいる。


だが、それでも全てを苦難を越えて老人と呼ばれる年齢に達しても戦い続ける者が、レグラ家にはレグラ家の血筋を引く者以外にも存在する。


「てか、どうせならロブストさんがあの二人を止めずに戦らせてくれたら良かったのにな~~~~」


「恐ろしいこと言わないでくれよ……けど、仮にそうなってたらどうなるのか、個人的には気になっちまうね」


ロブストの後ろに待機していた男女二人は、教師として……戦闘者として、クルトの先輩にあたる人物。

当然、その実力は身を持って知っている。


「とりあえず、試合の範疇で戦うなら……へっへっへ。楽しい戦いが出来ると思うっすよ」


(ん~~~~……やっぱ、夜中にこんな凶悪な笑みを見たら、ちびりそうになるな)


クルトからすれば、楽しいという言葉では済まされない戦いが繰り広げられる未来しか予想できない。


「でも、試合の範疇とはいえ、あの二人が同時に戦ってくれるなら……バーサーカーソウルを使っても良さそうっすね」


イシュドは、ロブストの後ろにいる二人の実力を侮っているわけではない。


ただ、就く職業がその者に与える影響を考慮した場合、二人がイシュドよりもレベルが一回り上ではあるが……絶対にその差を覆せないことはない。


「なるほど、ね。バーサーカーソウルを使えば、確かに戦れそうだね~」


クルトはイシュドが本当の意味で全力で戦うところを観たことはないが、これまで見てきたイシュドの戦いっぷりから、ある程度想像することは出来る。


「まっ、その場合片方が、どっちも殺してしまうかもしれないっすけどね」


「…………本当に、試合に発展しなくて良かったよ」


片方の感情が爆発してしまったことが原因とはいえ、アンジェーロ学園の教師が試合中に死んだとなれば、少なからずイシュドたちと交流会を行うことに反対だった面子たちが調子に乗り始めてしまう。


「にしてもあの学園長、本当に面倒な提案をしてきたもんだ」


そう呟きながら、イシュドはアイテムバッグから……煙管を取り出した。


「……ふぅーーーーーーー」


「そいつは、キセルってやつか」


「良く知ってるっすね」


イシュドがアイテムバッグから取り出した煙管はマジックアイテム性の物であり、魔力を消費するだけで使用が可能。


「知識として知ってるだけだよ。にしても……割とたしなんでるのか?」


「いや、全然っすよ。実家の次男から貰って、悪くはないな~~って思いつつも、日頃から吸おうって気にならなくて」


元が学生だったこともあり、イシュドにとって煙管、タバコは身近なものではなかった。

そもそもあまり良いイメージを持っていなかったが、兄の勧めということもあり、一度だけ利用し……意外と悪くないと感じた。


加えて、マジックアイテムである煙管は使用者に、吐き出される煙を吸ってしまった他者に悪影響を与えることもないため、悪いイメージが割と薄れはした。


それでもレグラ家の次男、ダンテから貰った煙管を常日頃から利用することはなかったが……今回のロブストとのやり取りで、少なからずクソ面倒というイライラが湧き上がった。


「ただ、ちょっと落ち着こうかと思って」


「なるほどね……」


煙管や葉巻などにもあまり良いイメージを持たない者がカラティール神聖国には多いが、その中でも遊び人寄りであるクルトは特にあれこれ注意するつもりはなかった。


(しっかしまぁ~~~~、似合ってんな。本人からすりゃどうでも良い事だろうけど、キセルを吸うだけで大人っぽい雰囲気が爆増してんな)


簡単に言えば、色気が増している。


クルトの経験上、アンジェーロ学園や他の学園に在籍している女子学生が今のイシュドを見ると……一先ずドキドキしてしまうであろう光景が容易に想像出来る。


「ふぅーーーーーー……にしてもあの学園長、よくあんなもんサラッと俺に預けたっすね」


あんなもんというのは、勿論ランク七の聖剣二つと、ランク八の聖剣三つの事である。


「学園長も、まだ自分はイシュド君に信用されてないって解ってるんだろうな。だから、少しでも信用されるためなら、愛剣を担保として預けるぐらい安いものなんじゃないか」


「そういうもんすか…………」


思惑通りであれば少々癪だと感じるものの、わざわざ五つ全てを自身に預けてきたことで、イシュドは多少の信用をロブストに対して持つようになった。

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