第311話 そこまでの差はない

「つまり、あのフィリップ君が全く反応出来ない速さで近づいたという事だね」


「はい、その通りですわ」


遠距離合戦を行ったローザだけではなく、ここ数日の模擬戦の中で何度も手合わせをしたステラとレオナからもフィリップの評価はかなり高い。


全体を見ているからこそ、見失う事などまずない。

にもかかわらず、反応することすら出来なかった……その情報から、あることが確定した。


「その鬼竜・尖というモンスターの身体能力は、間違いなくAランククラス、なのでしょうね」


「えぇ…………過去に、イシュドの実家にお邪魔させていただいた際にAランクモンスターと対面する機会がありましたけど、あの時の鬼竜・尖が放っていた圧は……Aランクモンスターのそれとなんら遜色ありませんでしたわ」


まだ学生の言う言葉。

どこまで信じられるか解らない。


ただ、これまた当時傍に居たイブキも神妙な表情をしていることから、ローザたちはミシェラの言葉を疑わなかった。


「そんで、それからの戦いはイシュドが受け持ったってことか」


「えぇ、そうですわ………………さすがに、口が裂けてもまだ自分たちは戦えたとは、言えませんでしたわ」


途中までミシェラたちは戦えていた。

それは間違いなかった。


四対一という状況ではあったが、それでも確かに渡り合えていた。

しかし、鬼竜・尖が発動した妙技により、一気に突き放されてしまった。


「ヤバいヤバいってのは解ってたけど、一年でAランクを一人でぶっ飛ばしちてしまうのはなぁ~~~……大陸中見渡しても、イシュドだけなんじゃないかい?」


「ふふ、でしょうね。一年時点で三次職に転職していることも驚きだけど、三次職に転職したからといって、絶対にソロでAランクモンスターに勝てるようになるとは限らないものね」


「……ミシェラさん、話を聞く限りイシュドは何度もAランクモンスターと戦っているのですよね」


「えぇ、そうみたいですよ。実際に、渡したちの目の前で鬼竜・尖との戦いを除いて二度、Aランクモンスターと戦い勝ちましたわ」


剣鬼に関しては最後の一撃のみで、Aランクに進化した状態ではまともに戦ったとは言えないが、リザードマンキングとの戦闘では真正面からバチバチに戦い、勝利を捥ぎ取った。


(……イシュドの実家は、どうなってるのかしら?)


ミシェラの話から察するに、イシュドの実家にお邪魔してる際に二度もAランクモンスターと遭遇したことになる。


領地にAランクモンスターの姿が確認されれば、それだけで大きな問題となる。


故に、ステラたちはイシュドが何度もAランクモンスターをソロで討伐していることよりも、イシュドの父親が治める土地がどうなっているのか気になってしまった。


「なんか、本当に色々とぶっ飛んだ奴だね~~」


「その話、私も初めて聞いたけど同意ね~~……それで、レオナちゃんたちはどんな依頼を受けてたの~」


情報……と言えるほど有益な物を引き出そうとは思っていない。


だが、訊かれるばかりでは良くないだろうと思い、アリンダはレオナたちに自分たちはどんな依頼を受けているのかと尋ねた。


「うち達だと…………やっぱりあれか。ヴァンパイアと遭遇した時?」


「そうだね。あの時が……色々と焦ったかな」


「っ、ヴァンパイアと戦ったのですね」


モンスターの中でも、外見的に人間に近く、人の言葉を喋っても全く違和感がない個体、ヴァンパイア。


ランクはBと、当然ながら強敵に分類されるモンスターである。


「私たち以外の三年生もいたんだけど、私たち以外の三年生が操られてしまったの」


「あれはもう勘弁してほしかったよね~~~」


ヴァンパイアはBランクモンスターの中でも魔力量が多く、魔法による攻撃が優れている……かと思えば、レイピアなどの細剣を上手く使う接近戦が高いタイプも存在する。


そんな中でも幻惑系の攻撃を扱う個体もおり、それを食らってしまった二人以外の三年生が操られてしまった。


「なんとかなったはなったけど、あんな状況は二度と体験したくないね」


「私がヴァンパイアの相手をしている間、レオナが操られた同級生たちの相手をしてくてたの」


「それって……レオナさんは、その……本当に、大丈夫だったのですか?」


イブキの質問に対し、レオナは苦笑いを浮かべながら答えた。


「本当になんとかって感じだったね」


ステラとレオナ、この二人が三年生の中でクリスティールと同じく、最高峰であるのは間違いない。


だが、他の同学年の学生たちと比べて、イシュドとミシェラたちほど差があるかと言われたら、そんなことはない。


手札をしている相手が二人か三人ぐらいまでならまだしも、それ以上になると完全に囲まれてしまうため、本当に危機一髪状態に追い込まれてしまう。


「ヴァンパイアがレッサーヴァンパイアを多く従えてるって情報もあって、普段組まない連中とも組んで依頼に向かったからな~~……実際にそれなりに多くのレッサーパンダヴァンパイアを従えていたから、その判断自体は間違ってなかったけど……ま~~~じでヤバかった」


ぶっ殺して良い相手なら、また違った。


だが、遭遇したモンスターに殺されてしまうのであればまだしも、事情があれど同行していたレオナが殺したとなると、非常に面倒なことに発展してしまう。


レオナの実家が公爵家であることを考えれば、実家の権力で黙らせることも出来なくはないが、それはレオナが好む方法ではない。


「頑張って脚だけ狙って攻撃して、なんとか行動不能に追い込んでを何階も繰り返して……うん、今思い出してもあの時が今までの人生の中で、一番集中してたかもしれないね」


多少ダメージを与えたところで正気には戻らず、仮に腕の骨を折ったとしても、正気に戻るかは怪しく……尚、動いて襲い掛かる可能性は十分にあり得る。


だが、脚の骨を骨が飛び出さないように上手く蹴り折れば、殺さず無駄なダメージを与えずに行動不能にすることが出来る。


「ステラもステラで、超気の抜けない戦いだったんじゃないの?」


「そうだね……モンスターとの戦闘に限ったら、一番集中してたかもしれない」


ステラが対峙したヴァンパイアは、幻惑だけに頼るヒョロガリではなかった。

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