第301話 技術という名の財産
「ここなら、基本的に他の生徒が来ることはないの」
「ふ~~~~ん? ……で、俺にどういった用だ、ステラ」
今、この場にはイシュドとステラの二人しかいない。
レオナやガルフたちはおらず、クルトやシドウもいない。
そんな状況を望んだのはイシュドではなく、ステラである。
「…………イシュド、あなたが持っている徒手格闘の技術を、私に教えて欲しい」
そんな事でわざわざ二人になったのか? とツッコむ者がいるかもしれない。
だが、ステラの頼みはただ少し助言が欲しいという程度のものではなく、イシュドが有する徒手格闘の技術、そのものを……全て教えてほしいという内容である。
ステラも拳を……五体をメインに使って戦う者として、他の戦闘者と比べて徒手格闘の技術に優れている。
しかし、実際に同じく徒手格闘をメインに添えたイシュドと戦った結果……その洗礼された、効率的な動きに衝撃を受けた。
拳、脚技だけではなく、その他の動きも含め、ステラは自分たちが有する動きとは、基礎から違うと感じた。
「俺の徒手格闘の技術を、か?」
「えぇ、その通りです。私は、自身の技術に対し、それなりの自信を持ってた。ただ……イシュドと同じく徒手格闘をメインに戦った際に、衝撃を受けたの」
「そうか。そうって言ってくれると嬉しいよ。つっても、別にそんな大したことはしてねぇと思うぜ?」
「……であれば、やはり基礎的な部分から違うということね。私から見て、イシュドの徒手格闘の技術は……私が学園で師事を受けている方よりも上だと感じた」
練度……に関しても、ステラはイシュドの動きに差を感じた。
しかし、練度とは深さ……どれだけ、それらの動きに、技術に時間を掛けてきたかによって差が生まれる。
であれば、それはもうどれだけ時間を費やしてきたかによって異なるため、質問しても得られるものは殆どない。
だが、ステラが感じた部分は基礎的な技術や思考、スタイルなどである。
そこに関しては、自身の戦闘スタイルが崩れてしまう危険性があれど、徒手格闘をメインに戦うステラにとって知識という名の宝石である。
「おいおい、そんな事言っちまっても良いのか?」
「……私が、素直に感じた感想だから。イシュドの徒手格闘の技術は……まさに、素手と素手の対人戦を想定した、洗礼された技術。私は……それが、知りたい」
「ん~~~~~~……そこまでこう、絶賛してくれるのは嬉しいぜ? いや、本当にマジで嬉しいと思ってるよ。けどな、対人戦の技術はあくまで対人戦の技術だし、あれはどっちもステラが言う通り、互いが素手の状況っていうのを踏まえた上での技術だぜ」
徒手格闘という戦闘スタイルで戦う者は珍しくないが、まず第一にロングソードや双剣、槍、斧といった得物を持つ相手とのリーチをどう埋めていくか……その辺りが大きな問題となる。
加えて、この世界の住人は人間だけではなく、モンスターという巨大でタフな存在と戦わなければならない。
そうなってくると、対人間を想定した技術が全て通じるとは限らない。
「それは理解している。でも……私は、まず徒手格闘をメインで戦う者に負けたくない」
(なるほど~~~。まっ、その気持ちは理解出来なくもないな)
イシュドのメイン武器は戦斧。
その為、実家に使える騎士たちと戦う時も、同じく戦斧をメインで戦う者との試合などでは、いつも以上に気合が入る。
「後……対人戦の技術を深めれば深めるほど、もっと……全体的に強くなれる様な気がします」
正確な根拠、理屈はない。
それでも、ステラの直感がそう感じた。
その感覚を……イシュドは否定するつもりはなかった。
(多分、今日俺がステラたちにやらせてみせた、普段使わない武器を使ってみろって話に近いのかもな…………っとなると、なんでわざわざ周囲に誰もいない状況をつくって、教えてくれと言ってきたのか解らねぇな)
イシュドは、本気で何故ステラがわざわざこの様な状況をつくったのか理解していなかった。
ステラが語った通り、イシュドの徒手格闘の技術は同じく相手も素手と改定したばあの対人戦において優れたものであった。
イシュドとしては、自身が前世で観た、聞いた、知った内容を行動に移し、反復し、形にしただけのものであり、そこまで絶賛されるような内容ではないと思っていた。
だが、実際のところは違う。
イシュドは前世で特に体験していた訳ではなく、観て知って聞いてと……格闘技を見て楽しんでいた側だった。
しかし、対人戦の技術は……太古から積み重ね続けられた、技術の結晶とも言える。
この世界が、そこまで徒手格闘同士の戦いに関する技術に関心が薄くとも、それでも明確な歴史や形が確立されてない今……イシュドが持つ技術の知識は、間違いなく一つの財産である。
「イシュド…………私に出来ることがあればなんでもするし、払える物があればなんでも払う。だから……あなたの徒手格闘の技術を、私に教えてほしい」
「……………………」
とりあえず、イシュドはステラの言葉を聞いて、固まってしまった。
こいつもうちの生徒会長と同じく、自分が発した言葉の意味を理解してないのかと。
(…………違ぇ。こいつ、ちゃんと理解はしてん、のか)
イシュドに真剣な表情で……一切目を逸らすことなく、真っ直ぐ顔を見て頼み込むステラだがほんの少し、恥ずかしさで頬が赤らんでいた。
侯爵家の令嬢、戦う聖女と呼ばれているステラではあるが、男女の間でそういう行為があること自体は知っている。
勿論未経験ではあるが、イシュドが持つ技術の財産を教えてもらうのであれば、それでも構わないと、覚悟を決めている。
ステラが求めるのは、戦う聖女という名前、立場ではなく……弱き民を救うための力である。
であれば、対価として自分の身を渡すことになっても、後悔はない。
「…………フンッ!!!!!!!!!」
「っ!!!???」
だが、ステラの予想と反し、イシュドは自身の頬を両手で叩きつけた。
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