第284話 土台が足りてない

「いつまで固まってんだよお前ら。冷める前に食おうぜ」


「あ、うん……そうだね」


イシュドの言う事は最もである。

最もな意見なのだが、あまりの衝撃にちょっと雑なところがあり、感覚的にはイシュドとそれなりに合うレオナでさえ、まだ白金貨何百枚という衝撃が残り続けていた。


「この男、普通の狂戦士ではなく異常な狂戦士ですので、気にするだけ無駄ですわよ」


「ミシェラに同意だな。バカにしてる訳じゃないぜ? ただ……解り易いのでいくと、細剣を使う細剣士を相手に、細剣を使ってボコボコにしちゃう奴だからな」


「はっはっは! んなこともあったな」


そんな事もあったなと、イシュドは笑いながら良い香りが漂うステーキにかぶりつく。


「うん、美味い!!」


「そ、そう言ってもらえると、嬉しいよ……ははは」


大人である自分よりも圧倒的に自由に使える金額が多い。

その現実に、クルトの心はやや壊れかけていた。


「…………イシュド。少し堅苦しい話になるけど、今の若い世代の事について、思うこととかあるかしら」


「若い世代? それって、貴族のガキじゃなくて、平民の事を言ってるのか?」


「……貴族や平民関係無くね」


「ふ~~~~ん?」


食欲がそそられる匂いも楽しみながら、イシュドは止まることなくテーブルにある料理を口に入れていく。


「…………貴族連中に関しちゃあ、まずお前らは偉くねぇ。権力を持ってるのはお前らじゃなくてお前らの親だってのを自覚した方が良いだろうな。ガルフを虐めてた奴なんて最たる例だろうな」


「…………」


当時の記憶を思い出したガルフ。

あれは確かに理不尽だったと……仮に今の自分の力があったとしても、絶対にその場でやり返せるとは思えない。


何故なら……ガルフは平民で、相手は貴族の令息だからである。


「まっ、その権力を持ってる連中も大した功績とか残さず、ただ親から受け継いだものを維持してるだけで調子に乗んなとは思うけどな」


「あっはっは!!!!! それはそうね。イシュドの言う通りだわ」


白金貨何百枚ショックが抜けたレオナ。

彼女は彼女で、ステラと同じく幼い頃から似非紳士たちに面倒な絡み方をされてきた過去があり、イシュドの考えには大いに賛同だった。


「だろ。話をガキに戻すと、勿論プレシャーとかあるんだろうけど、だからって自分に逆らえない、弱い人間に手を出したら終わりだろ。せめて伐採予定の木をぶっ壊すとか、巨大な岩石を殴るとか……後はそれこそ人に迷惑掛けてるモンスターをぶっ殺すとか? そういうストレス発散方法をとりゃ良いんだよ」


それはレグラ家の人間だからこそ出来る発散方法ではないか? というツッコミは一旦置いておき、その考え自体は間違っていない。


「とりま、本気で自分より弱い人間を虐めようとしてるなら、そりゃどっからどう見ても貴い一族じゃないだろ。ただ弱い人間相手にだけイキり散らかしたいクソオ○ニー野郎だ」


「「「「ぶっ!!??」」」」


食事中にあるまじき発言に、何名か吹いてしまった。


「い、イシュド!!! あなた、今は食事中ですわよ!!!!」


「あん? 別に…………まっ、確かにあれだったか。すんませんでした」


「「「「「「っ!!??」」」」」」


今共に昼食を食べている面子は、ガルフたちだけではない。

それに、一応戦う聖女と……聖女と呼ばれている女子生徒が目の前にいる。

だからこそ、さすがに良ろしくないと思ったイシュドは、素直に謝った。


ただ、今度はその光景に普段からイシュドと共に行動している面々が驚きを隠せなかった。


あのイシュドが、素直に謝った。

普段なら食事中にでも下ネタを言うことは、なんだかんだであり、その度にミシェラに注意されているが、基本的に謝ることはなかった。


(こ、この男~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!!!!!)


イシュドが、ステラたちがいるからこそ、素直に謝った。

それを理解したと同時に、普段から自分をどれだけ雑に扱っているかを再確認させられ、額にいくつもの血管が浮かび上がるミシェラ。


「つっても、他人から……ぶっちゃけ親や兄、姉から言われても直らない奴は治らないだろうから、そこは学園とかに王族貴族平民男女平等パンチを下せる鬼教師とか置いてたら良いんじゃねぇかな」


「な、なるほど……ありがとう。それじゃあ、平民の子供についてはどう思ってる」


「俺ら貴族が気にしなきゃいけねぇのは、とりあえず餓死させねぇ。後は盗賊とか、モンスターとかから守ってやる、だな。でも、ステラはそういうのは大前提として……教育? とかの事を聞きてぇんだよな」


「そうね」


「……難しい問題だろうな。ぶっちゃけ、野菜とかを育ててる村人たちの懐にはあんまり金は入らねぇだろうけど、それでもその人たちが全員別の職に就いたら、結局は

回り回って俺たち貴族だけじゃなくて、農業っていう仕事から離れた平民たちも苦しむだろ」


正直なところ、イシュドは経営など知識は皆無に等しい。


だが……この世界で、現段階ではまず子供は全員教育を受けられるようにし、どういった職業にでも就けるチャンスを与えよとするのは、無謀であると思っていた。


「勿論、本当にガルフみたいな根性も才もある奴は拾い上げた方が良いと思う。ただ、全員拾い上げるのは色々と限度がある。経営者たちの事情もあるしな。場合によっちゃ、いざ自分が進みたかった道に進んだとしても、そこで挫折ばっかり味わって、なんで俺はこの道に進んだんだって後悔するかもしれねぇだろ」


やらない後悔よりもやる後悔。


イシュドは、この言葉は別に嫌いではない。

寧ろ好ましいとすら思う。

ただ……それはイシュドには前世という記憶、経験があり、尚且つ今世では失敗して盛大に転んでも、立ち上がれる環境があるからと理解している。


「誰でも教育を受けられるってのは、良いことだと思うぜ? ただ、世の中どれだけ努力しても、実戦を重ねても俺に勝てない奴は勝てねぇ。それは俺は俺で積み重ねてきたものがあって、何度も修羅場を越えてきて、これからも意気揚々と突っこんでいくからだ。って感じで、世の中避けられない才能の差、種族による差ってのもある」


「……そうですね。ごもっともな意見です」


「そうって言ってもらえてなによりだ。後は、単純に俺ら立場がある人間がそれを望んだとしても、そこまで…………成長の根本? を強化しようとしても、生活が成り立つ土台がねぇ。だから、とりま俺らが何か出来ることがあるとすりゃあ、平民たちが飢えねぇ命が脅かされねぇとか、そこら辺をなんとかすんのが、まず一歩なんじゃねぇかって俺は思うぜ、聖女様」


ニヒルな笑みを浮かべるイシュドに対し、ステラも聖女らしさと年頃の女の子らしさ……二つの感情が合わさった笑みで返した。

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