第283話 完敗

「イシュド君は、その生活が楽しかったん、だよね?」


「おぅ、勿論楽しかったぜ。強いモンスターとは戦えるし、うちの実家に仕えてる強い騎士たちと試合できるし、飯は美味いしな! つっても、別に全員強くなれ!!!! って感じで強制させられる訳じゃないしな」


「えっ、そうなの?」


レグラ家に対しての印象が、もはやバーサーカーの軍隊? の様に思っていたエリヴェラにとって、強くなることが強制じゃないという情報は意外なものだった。


「そうだぞ。まぁ、ぶっちゃけうちはうちで他の貴族と同じで強い男女どうしてくっ付くから、結果子供たちは戦闘の才を持って生まれるけど、うちの末弟は珍しく錬金術に興味を持ってるんだよ」


「へぇ~~~、それはなんと言うか……本当に珍しいね」


実家が男爵とはいえ、エリヴェラも貴族社会で生きてきた人間。

だからこそ、貴族の中でも錬金術に興味を持つ人間は珍しいと知っていた。


「だろ。うちの父さんと母さんも別に止めようとはしないから、ある程度の訓練と実戦だけこなしてたら、後はどれだけ錬金術に没頭してても文句は言わないんだよ」


「ふ~~~~ん……けど、その弟は錬金術に没頭してるのに、イシュドの話を聞く限り、きっちりレグラ家の最低基準? はクリアしてるのよね。だったら、真面目に鍛え続けてたら結構強くなるんじゃないのかい」


「どうだろうな。器用な方だとは思うが、そもそも興味が錬金術に向いちまってるから、だとしてもって感じだと思うぜ」


錬金術への興味を押し潰し、戦闘訓練だけに集中させたとしても、それはそれで大成しないのではないか。


そんなイシュドの考えにステラやエリヴェラは嬉しそうに頷き、レオナも「それはそうかもな」と、それ以上もしもの話を続けることはなかった。


「礼儀作法などを学ぶことはなく、社交界にも出ず、強さをだけを求めているからか……ふん!」


「レグラ家の人間である俺が何故あそこまで強いのか知れて満足か、アドレアス以下」


「なっ!!!!」


ヨセフにだけではなく、自国の王子に対しても無礼な言葉。


明らかにバカにされたという事は解るものの、先程三年生のレオナとの戦いっぷりを観て、自分はあの第五王子に勝てるのかと……先輩であるレオナを相手にあそこまで戦えるのかと何度もイメージを浮かべたが、結局勝利も良い勝負も出来るイメージが湧かなかった。


「っ……貴族に生まれた身として、それで満足なのか、貴様は」


「満足してるね。第一、俺らレグラ家の人間の仕事は、どこから現れてるのか原因不明なモンスターたちが他の地域になるべく零れない様にぶっ殺すのが目的だからな。貴族の仕事っていうことなら、俺は学園に入学する前から仕事してたことになるぜ」


「ぐっ」


バーサーカーではあるが、普通のバーサーカーではないのがイシュド。

ヨセフが何を言いたいのか先回りして言葉を返すのは、そう難しいことではなかった。


「人間、向き不向きがあんだ。俺らみたいな貴族がいたって良いんだよ。ちゃんと仕事はしてんだからな。別に税率だって普通だと思うぜ? 父さんは……うちの当主は別に特別贅沢したい人間じゃねぇし。強いて言えば、飯に金掛けてるとか? つっても、それは実家の人間、全員が望んでることだしな」


「っ…………」


「ヨセフ、あなたの完敗よ。だから、もう咬みつくのは止めときなさい」


「べ、別に咬み付いてなどいない!!」


どちらかと言えば、自分たちの憧れであるステラに対して馴れ馴れしい態度を取るイシュドが嫌い、気に入らないと感じていたローザ・アローラ。


だが、その強さ自体は本物であり、その強さに至るまでしっかりと仮定があることも解った。

加えて、言動こそ他者への敬意が足りないと感じるところがあるものの、思考に関しては傍若無人で自己中心的、ザ・暴君といったバーサーカー思考ではないと知った。


今でも気に入らないと言えば気に入らないが、それでもどれだけ足掻き、言葉を巧みに使ったとしても無駄だと思い知らされた。


「意外と……イシュドの実家は、強くなりたい者にとっては最高の環境なのかもしれませんね」


「うちの実家には色んな人間がいるからな。騎士にも魔術師にも感覚派と理論派がいるから、教えるってことに関しちゃあ、割と良い環境なのかもな」


実際にレグラ家で鍛えられたガルフたち面々は当時の訓練や実戦などを思い出し、ある者は何度も首を縦に振り、ある者は苦笑いを浮かべながらも頷いていた。


「まぁ、あんな設備もあるわけだしな」


「あぁ、あれねぇ……そうですわね。あれは、一種の最高設備と言えますわね」


「? えっと、フィリップ君、ミシェラさん。それってどういう設備なのか……訊いても良いのかな?」


うっかりポロっと零してしまったフィリップとミシェラは直ぐにイシュドへ視線を向けた。


当然の事ながら二人が勝手に伝えても良い権利はなく、申し訳なさそうな顔をしながらイシュドにパスした。


「お前ら二人共、あれの事言ってんのか?」


「お、おぅ。そうだな」


「別に良いよ。知られたところでって話だし」


本人から許可を貰ったため、フィリップはざっとあの訓練室についてエリヴェラに教えた。


「…………そ、そんな訓練、室? が、あるの?」


フィリップが伝えた例の訓練室の話はエリヴェラ以外の面々も聞いており、アンジェーロ学園側の生徒たち、全員が大なり小なり面白い顔になっていた。


ついでに、その訓練室の存在を知らなかったアリンダも面白い顔を浮かべていた。


「あるぞ。モンスターの素材に関しちゃあ、領地内で色々とゲット出来るからな。幾つかは錬金術師の人たちと相談して買い取ったけどな」


「な、なぁイシュド君。それは……結局、造るのにいくらぐらい、掛かったんだい」


「幾らっつーと、使った素材の値段とかも含めてってことっすよね」


「う、うん、そうだね」


クルトからの質問に対し、イシュドはなんとかもう数年以上前になる記憶を掘り返していく。


「……………………錬金術師の人たちに払った金も含めれば、白金貨何百枚って感じじゃないっすかね」


「「「「「「「…………」」」」」」」


クルトたちの思考が停止したタイミングで、注文した料理が運ばれてきた。

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