第280話 自身が剣に

(チッ! 良い感じに、嫌なところに攻撃を、置いてくるじゃないか!!!)


試合が更に加速し始めてから数分間、アドレアスはレオナが躱せるというのを考慮し、急所に容赦なく突きを置いて戦っていた。


ただ速いだけではなく、フェイントをいくつも織り交ぜ、変幻自在の強さを見せる。

突いた後に引く速度も速いため、レオナは弾くことは出来ても、叩き落すことは不可能。


左右どちらかに移動したとしても、即座に体の向きを移動させ、再度変幻自在の風刺の嵐を叩き込む。




「…………」


アドレアスの加速した戦いっぷりを観るイシュドたちの中で、メリルはやや羨まし気な眼でアドレアスの戦いっぷりを観ていた。


「んだよミシェラ。お前、もしかして嫉妬してんのか」


「うるさいですわ」


図星である。


速く、それでいて複数のフェイントを織り交ぜた変幻自在の攻め。


まだ戦況が崩れてはいないが、それでも先程までと比べてレオナの表情にあまり余裕がなくなっていた。


(悔しいですが、本当に美しい戦い方ですわ)


アドレアスとしては、これまでの経験等を信じ、ほぼ考えずに動き続けているだけなのだが、それでもミシェラやイブキ、ガルフなどから見ても美しいと感じる戦いっぷりである。


「…………とりあえず、向こうがどういう考えで動いてるのかは知らねぇけど、仮に本気でアドレアスをどうにかしようと考えてんなら、今のところアドレアスが読み勝ってるってところか」


「そうですね。フェイントを入れたからといって、絶対に引っ掛かってくれるとは限りませんが……レオナさんは今のところ、全てに引っ掛かってしますね」


「それだけアドレアスが放つ圧が本物で、上手く惑わせてるんだろうな」


このままいけば、アドレアスの勝率が更に高くなる……という訳ではない。


(身体能力の高さと、野性的な戦闘スタイルに、剣技の基礎を知ってるからってだけじゃねぇな……思ってた以上に、反応速度が半端じゃねぇな)


フェイントが決まる。

つまり、その次の攻撃が決まることになるのだが……今のところ、レオナは全てギリギリで反応していた。


勿論、完全に躱してはおらず、体にはいくつもの切傷がある。


ただ、それらの切傷はどれも薄く、失血多量による身体能力の低下は狙えない。


「魔力量はアドレアス様が勝ってるけど、体力ではレオナさんが勝っている…………現状では、やはりアドレアス様の方が不利かな」


「ですね。今のところ、戦いを終わらせられる力を持ってるのは向こうの……あっ」


今後どういった展開になるか。

そんな話をしていると、丁度試合が更に動き始めた。






(今、ここでしょッ!!!!!)


「ッ!?」


自分の方が弱いと、格上の相手に挑む立場であることを理解している。


それでも、自分に本気で勝とうとしている。

だからこそ……ミスと捉えられる動きを見逃さないだろうと考えた。


最悪な事に、フェイントを仕掛ける側と読む側のじゃんけんでは、今のところ全敗。


完全に動きを読まれてしまっているという気持ち悪さは感じない。

ただ……戦いの流れを掴んでいるのは間違いなく自分ではなくアドレアスだと判断したレオナは、アドレアスの勝利に対する執念を利用した。


繰り出された風刺の貫通力はすさまじく……容易にレオナの左手を貫いた。

だが、それこそがレオナの目的であり、刃の根元まで自ら手を押し込み……柄を握った。


「ふんっ!!!!!」


「ぐっ!!!!!」


元から何かしらのアクシデント、レオナの策によって細剣が手元から離れた場合、格闘戦に切り替えようとは思っていた。


だが、レオナは細剣の柄を掴んだ状態から右手に持つ蛮刀でアドレアスに斬り掛かるのではなく、右脚に魔力を多く纏い……そのまま蹴り上げ、足先から魔力の弾丸を放った。


アドレアスにとって予想外の攻撃であり、両腕をクロスしてガードすることには間に合ったものの、踏ん張ることが出来ずに後方へ押し飛ばされてしまった。


「せぇええやああああああッ!!!!」


(落ち、着け……冷静さを、損なうな)


蹴りによって繰り出された魔力の弾丸は予想以上に重く、強い衝撃ではあったが、幸いにもガードした両腕にヒビなどは入っておらず、戦闘に支障はない。


後方に飛ばされはしたものの、なんとか着地に成功したアドレアスは冷静に……冷静に、勝利を諦めていなかった。


左手を軽く前に出し、半身の構えを取り……右手を後ろで構える。


正拳突き、もしくは右ストレートを放つ様な構えに見えるが、そのどれとも違う。


(剣がなければ、私自身が剣にッ!!!!!!!!!)


体に旋風を纏い、アドレアスが放った攻撃は貫手。

文字通り、アドレアスは自分自身が剣になろうとした。


「あんた、本当に大した王子様だよ」


アドレアスの闘志はまだ死んでいなかった。

予想外の反撃を食らった……そんな思いが表情に現れていても、一切闘志は萎えておらず、焦った様子もなかった。


そんなアドレアスの様子、これまでの戦闘スタイルから、レオナは次に放たれる攻撃は正拳や右ストレートではなく、貫手だと読み切った。


「っ!!!!!?????」


斬りかかろうとしていた状態から、上体を逸らし……片足が地面についた瞬間、体を回転させ……強烈な蹴りを叩き込んだ。


イシュドやシドウが一連の流れを読んでおり、ガルフたちに左右に別れるように指示を出したことで、アドレアスは友人たちにぶつかることなく……後方の壁に激突。


「うちの勝ち、ってことで良いよな、王子様」


「ッ、がはっ…………えぇ、そうですね。今回は、私の負けです」


貫手を放つことで、思いっ切り体が前に出ていたこともあり、食らった蹴りは通常の蹴りよりも威力が増しており、肋骨は折れて内臓が損傷していた。


相手が格上であっても、負けるつもりは毛頭ないという心構えで挑んでいたアドレアスではあるが、これが決闘ではなく交流会の試合であることは、忘れていなかった。


(また一から、鍛え直しだな)


当然悔しさはある。


それでも、この試合で何かを掴めた感覚があり、収穫があったと断言出来た。

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