第271話 信じていた

「疾ッ!!!!」


「っ!! せやッ!!!!」


「ッ!?」


一進一退の攻防が続いている……という表現は、少し違った。


今のところ、互いの数か所ほど切傷が刻まれているだけで、体の一部が動かせなくなる程重傷は負っていない。


しかし……精神的な面では、イブキの方が削られていた。


斬撃を、刺突を放つも、全て聖光を纏ったロングソードに、盾に弾かれてしまう。

なんとか距離を取って放った渾身の居合斬りも、エリヴェラの表情に焦りを浮かべさせることは出来たものの、勝負を終わらせるには至らなかった。


(このまま、では……ジリ貧となり、終わってしまいます、ね)


考えがあって挑んだ。

イシュドとクリスティールの考えている通り、策はあった。


だが……一人の侍として、正面から……正々堂々と斬り結び、勝ちたいという思いがあった。

故に、ここまで真正面から使える手札を使い続け、戦ったが……無理だと、悟らざるを得なかった。


(では、冷静に、冷静に…………見極めましょう、か)


イシュドとの戦いを観て、実際に斬り結ぶことである程度タイミングを読めるようにはなってきていた。

とはいえ、ロングソードと盾。

そして現在のエリヴェラは聖光を纏って強化しており、例え動きを完全に読めたとしても、綺麗にカウンターを決めるのは非常に困難。


それでも……イブキの眼から、勝利への執念が消えることはない。


(っ!!! …………誠意を持って、斬り勝つッ!!!!!!!)


その執念を感じ取ったエリヴェラは圧されることなく、何故この状況でまだ諦めないのかと疑問を持つこともなく……最後まで気を抜かずに斬り結び、勝利を掴み取ると……心のふんどしを締め直した。


「なっ!?」


次の瞬間、これまで通りイブキの刀による斬撃を受け流そうとしたエリヴェラ。

ロングソードや大剣、槍、細剣などとの違いに最初こそ戸惑いを感じていたが、時間が経つにつれ……実戦の中で実際に対峙するからこそ、急速に対応出来る様になっていた。


しかし……今回は何故か、盾と刀が接触した感覚がなかった。

受け流すという、一見衝撃を感じないように思える高等技術であっても、扱う本人は自身の武器や体が相手の武器、もしくは体と接触したという感覚自体はある。


だが、今回はその感覚がなく……気付いた時には、盾を前に出すことによって、ほんの少し狭まった視界から、イブキが消えていた。


(ここでですかっ!!!!!!!!!)


イブキはエリヴェラがロングソードではなく、盾を用いて自分の斬撃を対処するであろうタイミングを見極めた。


斬撃を叩き込むと見せかけてスライディングし……エリヴェラの股を通り抜けた。


だがしかし!!! エリヴェラは過去に同じような戦法を取られたことがあった。

背後を取れば、勝ったも同然。

反則ではないのだから、しない手はない。

そういった相手と戦った事がある。


その際は咄嗟に背中に纏う聖光を強化したことで、背中をズバッと斬り裂かれるという最悪の事態を防いだが、衝撃までは殺せずに転倒。


そういった過去もあり、前方の視界から消えたのであれば、必然的に背後に回ったと判断し、体を回転させながら聖光を纏ったロングソードを振るった。

ひとまずこれで牽制にはなる……そんなエリヴェラの考え自体は、間違ってはいなかった。


「がっ!!!!!?????」


しかし、聖光を纏った剣がイブキに、刀に届くことはなかった。


「あなたなら、そうすると信じていました」


そう……イブキは、エリヴェラほど優れた戦士であれば、そういった攻め方をされたことがあるかもしれない。

であれば、二度目はないだろう。

もしくは、初めての攻められ方だとしても、聖騎士としての本能が、勘が働いて対処されるかもしれない。


そんなエリヴェラの強さを信じたからこそ、イブキは背後に回って背を斬り裂くという手段ではなく……背後に回った直後に刀を捨て、背後から飛びつき……首を絞めた。


「「「「「「「「「「「「「っ!!!???」」」」」」」」」」」」」


まさかの攻撃方法に、イシュドたちだけではなく、ステラたちも驚きを隠せなかった。


イブキは本当に絶妙なタイミングで、股を通り抜けた瞬間に刀を捨て、飛び上がった。

そして首を両腕でロックし、両腕も脚でロック。


後……後ワンテンポ遅れていれば、聖光を纏ったロングソードが直撃したかもしれない。

首をロックすることが出来たとしても、脚で両腕まではロック出来ず……破られていたかもしれない。


首を絞めるというのは、確かに一種の必殺技である。


だが、イブキとエリヴェラの戦いは、イシュドの前世で行われていた格闘スポーツの様に、階級が決められた戦いではない。


格闘スポーツであったとしても、人種やその人物骨格などによって同階級でもパワーの差は生まれるものの、この世界では更にその差が顕著となる。

エリヴェラのパワーがあれば、自身の首を絞めるイブキの腕を、腕力で無理矢理引き剥がすことは、決して不可能ではない。


だからこそ、両足で腕を封じるという流れが必要だった。


普段のエリヴェラであれば、ガルフと同じく初心な性格であるため、豊かな胸を押し付けられるというのは……間違いなく赤面してしまう羨まけしからん状況。


しかし、現在は別の意味で顔が徐々に徐々に赤くなっていた。


人間は首を絞めると、どれだけ抵抗したとも……落ちるまでの時間は平均十秒。

当然、それより早く落ちる可能性もあり得るため、エリヴェラに残された時間はほぼないと言えた。





「だっはっは!!!!!! ま、マジかよ!!!!!!!」


後方でイブキの見事なフェイントからのスライディング、そして飛びつきからの首絞めを見て……イシュドは大爆笑していた。


勿論、決してバカにしているのではなく、称賛している。

それはもう……心の底からイブキの行動を絶賛、賞賛していた。


ただ、あまりにも予想していなかった行動に、爆笑を堪え切れなかった。

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