第272話 千載一遇のチャンス

(こ、このまま、じゃっ!!!!!)


首を絞められており、両腕を抑えられている。


エリヴェラは首を絞められた場合、いったい何秒ほどで落ちてしまうのか……意識がブラックアウトしてしまうのか、詳しい部分は解っていない。


ただ、長くは持たない。

直ぐに対処しなければならないということは解る。


解るが…………エリヴェラはこれまで何度か徒手格闘を軸にして戦う者たちとの戦闘経験があった。

だが、その中で絞め技を使ってくる者は誰一人としておらず、若干パニック状態になっていた。


(いけるっ!! このまま、締め落せるっ!!!!!)


脚による拘束を振り落とそうとする腕力は侮れないものの、イブキはイブキで全てを絞り出す勢いで締め、抑え続ける。


(ま……ずい)


ブラックアウトまで、残り約二秒と迫った瞬間、エリヴェラは完璧に冷静さを取り戻したわけではない……まだ若干パニック状態ではあったが、それでも今自分の首を絞め、両腕を脚で抑えているイブキは、自分の後ろにいると認識。


「ッ!!!!」


「っ!!!???」


もう、振り払う力がなくなり始めた。

このまま落ちてしまうという敗北の予感を感じながらも、エリヴェラは力を振り絞り……勢い良く、後方に倒れ込んだ。


その結果、本来のエリヴェラの力で勢い良く後方に取れ込めば、地面とサンドイッチになり、イブキの骨に多くのヒビが入っていただろう。

後頭部に強烈なダメージが入れば、逆にイブキが強制ブラックアウトさせられてもおかしくなかった。。


ただ、もうほんの後数秒で落ちる状態での勢いであったため、地面とエリヴェラにサンドイッチされても……強制ブラックアウトすることはなかった。


「っ!!!!」


しかし、まさかの反撃にイブキも衝撃に対する覚悟、準備する間もなく叩きつけられた結果……寸でのところで、腕と足がエリヴェラから離れてしまった。


(とりあえず、距離を)


意識が落ちかける瞬間、エリヴェラはロングソードと盾を離してしまった。

故に、落としてしまったロングソードを拾い、イブキの急所に添える……それが一番の選択肢ではあったが、落ちかけていたエリヴェラにそこまで冷静に最善手を選べるほどの余裕はなかった。


まずは、イブキから距離を取り、呼吸を整えなければならない。

反撃するのはそれからだと……だが、イブキはイブキで同じ様なことを考えていた。


「ハァァアアアアッ!!!!」


「ぐっ!!!!!!」


後頭部に、背中に強いダメージを負ったのは間違いない。


それでも動けない程のダメージではなく、多少視界が揺れる状態。

自身の周りには先程手放した刀、エリヴェラが拾わなかったロングソードがある。


一気に戦況を優位に持っていける……様に思えるが、イブキの考えは違った。


確かに今、エリヴェラは武器を持っていない。

聖剣技のスキルを持っていようとも、聖光は纏えたとしてもロングソードを持っていなければ、聖剣技は発動出来ない。


理屈では、そのアドバンテージは解る。

ただ、イブキは逃しはしたものの、まだ続いている千載一遇のチャンスの中で、ほんの一秒でも……一秒の十分の一であっても、エリヴェラが呼吸を整え、平常心を取り戻してしまうことの方が、よほど恐ろしかった。


(攻めろ、攻めるんだ、勝機を……逃すなっ!!!!!!!!)


現在就いている二次職は侍ではあるが、武家に生まれたイブキは武道に精通しており、ステラ程ではないにしろ、徒手格闘の腕は並ではない。


エリヴェラが聖光を纏おうとも、強化系スキルを全て発動し、魔力を纏えば十分にダメージは通る。


(く、そ、まだ……呼吸、が)


イブキとは対照的に、エリヴェラは守る。守って守って守る。

落ちかけた状態から、まだ完全に呼吸は整っていない。


そもそも戦いながら呼吸を整えるというのも無理な注文であり、繰り出される拳を、蹴りを読んでカウンターを叩き込む余裕など、一切なかった。


それでも勝負を捨てるという……諦めるという選択肢は取れず、ひたすら防いで防ぎ続け、反撃の機会を窺う。


(今っ、ここッ!!!!!!!)


「ッ、ぁ……」


しかし、いきなり徒手格闘戦が始まってから数十秒間、攻めて攻めて……搾りかすも残らないほど攻めなければと、若干焦りに飲まれていたイブキが冷静さを取り戻し、左ジャブのフェイントを放った。


徒手格闘戦が始まってからは全ての打撃を叩きつけていたからこそ、エリヴェラはフェイントだと見破ることが出来ず……本命である右フックを顎先に食らってしまった。


終わる、負ける。


リアルに、その予感が迫る。

多少は整ってきっとはいえ、まだ肺に十分な酸素を遅れてはおらず、その上で顎先にフックを食らった結果、ダメ出しの脳震盪。


ここから再度締め落すも、倒れ込んだエリヴェラの頭の横に震脚を落し、チェックメイトとするのも良し。


勝負は、完全に決まった。

誰もがそう思う中……顔は見えず、エリヴェラの背中しか見えないイシュドには、その背が……敗北者ではなく、手負いの獣に見えた。


「ぁあああアアアア゛ア゛ッ!!!!!」


「なっ!?」


タックル……と言うよりも、それは前のめりに倒れ込むといった形に近かった。

それでも、エリヴェラの予想外の反撃にまだダメージが抜け切っていないイブキは体勢を崩し、倒された。


この場合、どうすれば良いのか……それは、フラベルト学園のトップが教えてくれた。


「俺、の……勝ちですよ、ね」


「ッ……えぇ、そうですね。参り、ました、私の負けで、す」


左手で片腕を抑えられ、右手で喉を掴まれた。


跳ね返す余力はあったのではないかと問われれば、イブキは上手く答えられない。


クリスティールの時とは状況が違い、エリヴェラはまだ完全に呼吸は整っておらず、脳も揺れていた。

だからこそ、喉に手を掛けた右腕や片腕を抑えている左手に力が入っていないかと言えば、そうではなかった。


後がない。今度は自分が千載一遇のチャンスを手にした側だと自覚しているからこそ、力のコントロールが上手く出来ていなかった。


故に、イブキは状況も状況ということもあり、自身の敗北を受け入れた。

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