第21話 どちらにしろ悩みの種

「まっ、ざっとこんなもんか。先生、俺の勝ちで良いよな」


「え、えぇ。そうですね」


一人の生徒が三十人を超える生徒と一度に試合を行う。


この情報を聞きつけた生徒たちは、今度こそどんな形であろうとも、イシュドが負けると確信し、ニヤニヤが止まらなかった。


しかし、結果は真逆。

ニヤニヤとした表情はあっという間に反転し、目の前の光景を受け入れられず……顔色が悪くなっていた。


(……情報として彼が三次職に就いていることは知っていたけど、これはもう確定ね)


イシュドに試合を申し込むと決めた生徒たちは、クリスティールやミシェラと比べれば劣るものの、一応彼らも一般的にエリートに分類される生徒たちなのだが……全員イシュドからの提案を受け入れることはなく試合に臨んだ結果、一人残らず顔面に良いパンチを貰い……四肢の骨砕かれていた。



「うっ、わぁ……ねぇ、あぁいうのを地獄絵図って言うのよね?」


「そうだな。話によれば、あのレグラ家の令息はあそこまで追い込まない結末を提案したようだが、それを彼らが断ったらしい」


「……ふんっ! 品の無い戦い方だ」


訓練場の済みで観戦しているのはクリスティールの同僚とも言うべき生徒たち……生徒会のメンバー。

当然、そこにクリスティールもいる。


「品がないとは言っても、彼は三十と少しの同級生を素手で捻じ伏せている。その実力は本物と言わざるを得ないだろう」


大男の三年生は自身も鍛え上げた筋肉を使って戦うため、割とレグラ家の出身であるイシュドに不快感を抱いていなかった。


寧ろ……技術らしい技術を使わず、同級生三十余名を片付けた身体能力に内心、驚きを隠せなかった。


「そうですね。先日、ミシェラとの試合も完勝と言って良い結果でした。加えて、その試合の中では身体能力に頼らない技術的な動きもあったと聞いています……まぁ、貴族らしくないという意見には同意しますが」


自分の意見に生徒会長であるクリスティールが同意してくれたことで、いかにもインテリな雰囲気を持つメガネ男子生徒が得意気な表情を浮かべる。


「ただ……出来れば、あの方との衝突は避けてほしいところですね」


「っ、それは……どうなるか予想出来ませんね」


「あの一年生、イシュド君だっけ? 良く悪くも……悪くが九割ぐらいかな? とにかく目立ってるし、内部進学生も含めた入試結果で一位を取っちゃったんだもんね」


「あの顔で勉学も出来る。なんとも末恐ろしいというべきか」


「…………」


大男の言葉に、インテリ男子は輩一、二の様に教師の監視力を疑うような不用意な発言はしない。

それでも表情は苦々しいものだった。


「でもでも、あんなぶっ飛んだ強さの子がいれば、一年生の部は絶対に優勝出来そうじゃない?」


「あんな粗暴な生徒を大会に出せると思っているのか?」


「相変わらず頭カチカチだな~。粗暴でも、結果で黙らせてくれるでしょ。優勝すれば、フラベルド学園にとってプラスなのは間違いないじゃん」


「ぐっ、しかしだなぁ……」


生徒会のメンバーがあれこれ話しているうちに、イシュドは学園の中で唯一の友人であるガルフと共に消えていた。


「……ふと思ったのだが、仮にこちら側から出てほしいと頼んだとしても、イシュドの性格から容易に参加してくれるとは思えないのだが」


「普通の生徒からすればあり得ない選択肢ですが、彼ならそうしてもおかしくないでしょう」


イシュドがどの様な選択肢を取っても、今後生徒会の悩みの種になるのは間違いなかった。



「イシュドって、あれでも手加減してるんだよね」


「当たり前だろ。俺が本気を出したら死んじまうっての」


ミシェラに良いところを見せたい男子たちの顔面にぶち込まれた拳は、生徒たちの歯や鼻の骨を砕いていた。


だが、仮にイシュドが本気で殴っていれば鼻の骨が折れるだけでは収まらず、頭蓋骨を粉砕して脳を破壊……拳が顔面を貫いてもおかしくない。


「まっ、これも訓練と実戦で筋肉を鍛えたお陰だけどな」


「……確かに、イシュドの筋肉ってこう……なんか、他の筋肉がある生徒たちとちょっと違う気がする」


「ほほぅ……解かるか、ガルフ」


骨の髄まで脳筋ではないが、それでも自慢の筋肉を他とは違うと言われれば、自然と口端が上がってしまうもの。


「僕はあまり筋肉が付きにくいからな~」


「安心しろ、ガルフ。俺の三人の兄の中にダンテ兄さんって人がいるんだけど、その人は魔法が得意なんだよ」


「えっ、そうなの?」


それなりにレグラ家について知り始めたガルフにとって、衝撃の内容だった。


「当然、それっぽい体つきなんだけど、オーガぐらいなら素手で殴り殺さるんだぞ」


「え、えぇ~~~~~……ほ、本当に?」


「おぅ、マジマジ、マジで本当。俺も初めて見た時は超びっくりした」


ダンテは就いている職業的にも、とてもパワフルな攻撃を行えるようには見えないタイプなのだが、それでも実際にイシュドの目の前でオーガという鬼の人型モンスターを殴り倒してしまった。


「だから、ガルフも自分の筋肉を信じて鍛え続ければ、次第に良い筋肉が身に付く筈だ!!!!」


会話の内容が若干筋肉布教になった翌日……その日は休日だった。


ただ、朝早くからイシュドとガルフの姿は学園になかった。


「……いませんね」


その日、イシュドと少々お話がしたかったクリスティールはイシュドを……ついでにガルフを探していたが、一向に見つからない。


「バイロン先生、イシュド君の居場所を知っていますか」


「……聞いてどうする」


二人の担任であるバイロンの元へ向かうと、彼はどう考えても知ってるであろう言葉を零す。


「少しお話があるのですが」


「そうか。残念だったな。二人は既に学園を出ている」


「王都を観光しているということですか?」


「…………観光だったらどんなに良かったことか」


「???」


問題はない……問題はないと思いながらも、バイロンの頭から不安が消えることはなかった。



「っしゃッ!!!!! 次はあのコボルト共だ!!! 臆せずやっちまえ、ガルフ!!!!」


「うんっ!!!!」


二人は……外出届を提出するだけではなく、外泊届まで提出し……王都からそれなりに離れた森へとやって来ていた。


そんな入学最初の休日にアホなことをする理由は一つ……ガルフを実戦で鍛える為だった。

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