第151話


 ※ 三人称視点



 緋色の腰巻をしている筋骨隆々とした三メートル強の半裸の巨人と、顔の部分に赤い十字が刻まれた白いマスクで首から上を覆っている緋色の祭服を纏った人物が、聖堂を埋め尽くす屍山血河の上に立っていた。


「なあドラルトゥ、俺ちゃんァ残念でならねェよ」


 半裸の巨人が『外なるもの』と、積み上がった聖職者の死骸の山を眺めながら言う。


「被害者が多い事がですか? だとしたら、その素晴らしい感性を大事になさってください」


 巨人の言葉に皮肉で答える白マスクの男。


 ドラルトゥと呼ばれた男の言葉を無視して、半裸の巨人が語る。


「百年くらい前だったらよォ、この程度の『外なるもの』なんて敵じゃなかったんだぜェ? あの時代には魔法使いが多く居たからなァ。今はやれ魔術だ、魔導器だァで軟弱になっちまった……肉体的にも、魔力的にも、精神的、魂的にもだ!」


「ただの懐古ですか。これだから年寄りは……」


「只の懐古だけじゃなくてよォ、俺ちゃんだって思う所があるんだぜェ?」


「そうですか。一応聞きますよ」


 半裸の巨人は指を三本立てる。


「俺ちゃんが思うに、『外なるもの』はこの時代を選んで攻めてきたと思うんだわ。そう思う理由の一つは、物理的な方法で完全に殺せる『外なるもの』が今のところ存在しない点だ。これは明らかに魔術に対する対策だろォ?」


 彼が指を一本下ろした所でドラルトゥが口を挟む。


「今のところ報告にあるのは、確かにその傾向がありますね。しかし今後物理的に処理できる『外なるもの』が現れる可能性もあるのでは?」


「そいつァ可能性の話だ。そんで可能性だけなら、その逆も有り得るぜェ? んで二つ目は、急速な魔導器の発展と普及。特にここ十年は異常な速度だぜェ?」


「否定はしませんが、人類史上で例が無いわけではないでしょう。技術革命というやつです」


「それがここ十年で、しかも複数の国で、二回三回と連続して起きてるようなもんなんだよ。そして国ごとに内容が被ってねェ。普通、間諜が技術なり情報なりを盗んだなら似たものができるはずだろォ?」


「……まあ、確かにそれは異常と言えるかもしれませんね。作為的とすら感じます」


 指が折りたたまれ、残る指は一本になる。


 少しの間、沈黙が流れ、ドラルトゥが口を開く。


「それで、最後の一つは何です?」


「んんー……俺ちゃんの勘!」


「さては勢いで指を三本立てた後から内容考えましたね?」


「うるせェ! なんかよォ……こう……なんか……なァ? 分かるだろォ?」


「知りませんし、分かりません。同意を求めないでください、ギンティック卿」


 わざとらしく溜め息をついて肩を竦める白マスクの彼は枢機卿の一人、ドラルトゥ・アギマ。


 腕とは別に、赤い翼が背中から生えている、鳥人から派生した魔人である。


「まあ細けェ事ァいいじゃねェか。ンでよォ、ラウラちゃんの話が確かなら残りは何匹くらいだ?」


 肩と首を回して凝りをほぐしながら残る敵を確認する半裸の巨人。


 彼は枢機卿の一人、ギンティック・オルガス。


 長い時を生きたドワーフであり、現在の異常な巨体は彼自身の魔法によるものだ。


 普段の彼は、普通のドワーフのように小柄でがっしりとした姿で居る。


「これまでで大体七、八十は処理しました。色々混ざってるせいで正確な数は不明ですが、猊下やナンノーク卿、ラウラ卿も処理してる事を考えれば、ほぼ残ってないでしょう」


 大体の『外なるもの』を屠ったと言うドラルトゥの緋色の祭服は、乱れも汚れも一つとしてない。


 ギンティックも返り血で汚れてはいるものの、戦いで負った傷は一つもない。


 余裕を見せる二人だが、ギンティックがふと眉を顰めて心配そうに言葉を零す。


「ひよっこの使徒君と聖女ちゃんも無事だと良いんだがなァ」


「そう言えば見かけませんでしたね。どこかに避難していれば良いのですが……」


「ま、何とかなんだろ! たぶん!」


「教会の沽券に係わる事ですよ? 自治領で損失を出したとなると後が面倒です。心配しすぎるくらいで丁度良いんですよ」


「もしもの時ァ俺ちゃんの中で生きて貰えば大丈夫じゃねェ? ラミトちゃん目覚めなかったらどうよ?」


「どうよ、じゃないんですよ。何も大丈夫な要素がないです。むしろ悪評しか広がりません。いい加減、貴方は自分の倫理観と道徳観が狂ってる自覚を持ってください」


 深々と溜め息を吐くドラルトゥに、呵々かかと笑うギンティック。 


 二人からは死角になる死体の山の裏側から、一体の『外なるもの』が這い出す。


 見えない何かを伸ばし、二人の枢機卿から逃げるように姿を消すのだが……。


「それは赦しませんよ。罰則ペナルティを与えます」


 どのようにして気付いたというのか、ドラルトゥは正しく『外なるもの』の居場所へと顔と人差し指を向ける。


 彼が何かを引っ掻くように指を曲げると、何もない空間から引き摺り出されるようにして『外なるもの』は聖堂の床に落ちた。


 床に『外なるもの』の体がつくと同時に、風も音も無くすぐ傍に現れたギンティックの巨大な拳が『外なるもの』を叩き潰す。


 物理的な破壊にしか見えないが、『外なるもの』の残骸は姿を消して再生する事はなかった。


 霊的な本体ごと拳で粉砕したという事だ。


「こいつら魔力がねェから魔法ぶっ刺さりまくりなんだよなァ」


「魔力も無しに転移なぞ、理解に苦しみますがね」


「てかよォ、この感じだとまだ隠れてる奴いんじゃねェ?」


「混ざりものほど無駄に知恵を付けているようですね。まったく面倒な」


 この後、大教会に呼び出された大量の『外なるもの』は、そのほとんどが四人の枢機卿の手によって葬られた。






 とある施設にて、一人の男が意識を覚醒させる。


 彼はものものしい椅子に拘束具で固定され、頭は魔導器で覆われいて、そこには数多の管が繋がれていた。


「……ふむ、駆動試験は問題なしで良いだろう。遭遇した相手が少々イレギュラーであったが……」


 魔法の糸を使って拘束具と魔導器についた管を外し、立ち上がって体の調子を確認する。


 管を辿って行くと、また別の大きな魔導器があった。


 彼はその魔導器を点検して、脇にある机上の紙に何かしらを書き込んでいく。


「回路、炉心、発信機、受信機、霊子化機構、この辺りは問題なし……だが燃料の減りが想定より多いな……原因は何だ?」


 頭に付けた魔導器はそのままに、彼は一心不乱にデータを確認する。


 確認作業に入ってすぐ、それを遮るようにノックの音が響く。


 思考を邪魔され、不機嫌さを隠そうともせず訪問者に声を投げかける。


「ふぅ……誰だね?」


「プロフェッサー様、私です、助手のナイブレーンです」


「ああ、入りたまえ」


 彼――プロフェッサーが許可を出すと、小太りした中年獣人と若い獣人が部屋に入る。


 プロフェッサーは見覚えのない若い獣人を指差し、口を開く。


「それは誰だね?」


「簡単な雑用や掃除をこなす人手が必要だと思いまして、私が呼びつけました。今後は雑用係として使ってやってくださいませ」


「そうか。用件が終わったら退室したまえ」


 興味なさそうに吐き捨てたプロフェッサーは、魔導器のデータ回収を再開する。


 冷たくあしらわれた助手は脂汗を掻きながら話題を切り出す。


「ええと……ああ、そう言えば、プロフェッサー様の改良した召喚術ですが、呼び出された『外なるもの』は残念ながら大半が屠られたようで……」


「……で?」


「いやはや、召喚者が余程無能だったのか、折角の戦力を無駄に消もグボッ――」


 話の途中で助手が吹き飛ぶ。


 助手が居た所にはプロフェッサーが蹴りを放った後の姿勢で立っており、一瞬遅れて雑用係の頬を荒々しい風が撫でる。


「テメェ……この私の助手を名乗っておきながら今回の作戦概要も知らねえのか?」


 プロフェッサーは激怒した。


 プロフェッサーはこの無能で蒙昧な助手を名乗る男を許せなかった。


 言葉遣いは荒れ、口の端がヒクヒクと痙攣しているのが見て取れる。


 助手は口の端から泡を吹き、上手く呼吸ができないようで青い顔になっていた。


「ワイズマン様が立案した作戦だぞ? 知らないで済まねえぞ、オイ」


 ドスの利いた声を放ちながら助手に歩み寄り、ボールを蹴るように助手の顔や腹に何度も爪先を叩き込む。


「そもそも改良した召喚術じゃねえんだよ、縮重召喚陣だ! 詠唱に変更はねぇ! しかも贄は『人生に詰んで死にたい、むしろ『外なるもの』になりたい』とかほざく無能揃いな時点で呼び出せるモンなんてたかが知れてんだよ! 質に比例するのは既に研究結果上がってんじゃねえか! 初めから教会に始末させるのが目的に決まってんだろ! 第一『外なるもの』が教会の奴らを取り込んだら制御から外れてこっちにも被害出んだろうが! そんな事も分かんねえのか、このクソ無能がぁああ!」


 プロフェッサーはありったけの罵倒を浴びせながら助手を蹴り続ける。


 助手が血の泡を吹きピクリとも動かなくなって、ようやくプロフェッサーの怒りは鎮まった。


 落ち着いた彼が振り返ると、青い顔でガタガタと震えている雑用係が目に入る。


「ん? ああ、すまないね。私とした事が、アレの無能っぷりについカッとなってしまったよ」


「あ、う……ご、ごめんなさい、すいません」


「君は一体何について謝っているのだね?」


「え、いや、あの……オレ、何も知らなくて……」


「ふむ? 君は私の助手でもなければ、教団の重役でもないだろう?」


 混乱する雑用係をよそに、プロフェッサーは語る。


「君が己を無知であると知るならば、習い、学べば良い。それは万人に許されるべきものだ」


「え、でも……」


「雑用係として来たのだろう? まともに仕事ができるようなら、時間が余った時にでも私が相手をしてやろう。なぜなら――」


 足を揃え、左手を胸にあて、右手を後ろに回し、顔をやや上に向けたポーズで尊大に告げる。


「私はプロフェッサー。教え、授ける者なのだから」


「………………あ、はい」


 開いた口が塞がらないといった感じの雑用係だったが、どうにか返事をする。


「では雑用君、初仕事だ。そこの生ごみを部屋の外に捨ててきたまえ」


「え、えっと……」


 動かない助手を捨ててこいと言われ、困惑する雑用係。


「どうした、ゴミ捨て場くらい知っているだろう? ああ、運んでいる途中、もし息を吹き返したら『加工室』に行き先を変更しても良い。私としてはゴミ捨て場を推奨するがね」


 プロフェッサーの態度を見て、雑用係は下手な事を言わない方が良いと判断する。


「はい……分かりました、行ってきます」


 ぐったりとしたまま動かない助手を担いで、雑用係は部屋から出ていく。


 一人になったプロフェッサーは愚痴を零す。


「あのクソ無能、他派閥に私の研究内容をリークしてたのは知っていたが、まさか内容を知りもせずに流してたんじゃないだろうな? いや、理解できてなかったのか? 掴ませていた情報の中に最先端の理論はなかったはずだが……」


 半殺しにした助手の無能っぷりに憤慨するプロフェッサー。


 そもそも、あの助手はプロフェッサーの意思で付いたわけではなかった。


 新世界の夜明け団という教団は、複数の派閥が生まれるほどに大きな組織だ。


 人が集まればしがらみが生まれる。


 そのしがらみによって、他派閥の息のかかった男が助手として送りつけられた。


 それをプロフェッサーは鬱陶しく思っていた。


「まったく、助手と言うならあのスライムくらいの機転は欲しいものだ」


 そんな事を呟きながら、魔導器の運転結果をまとめ上げていく。


 今回の作戦におけるプロフェッサーの役割は、陽動。


 憑依駆動魔導器の自爆は、最初から視野に入っていた事だった。


「そういえばあのスライム、最初に会った時には傭兵のドックタグを付けていたな……後で調べてみるか」


 プロフェッサーは、下水道には五つの区画を代表する傭兵団の内のどれかが来ると予測していた。


 しかし、やってきたのは単独で、しかも人に化けたスライムというイレギュラー。


 更に高い知性を持ち、「神のせいでこうなった」なんて言うのだ。


 気になるのは必然と言えた。


 教団の手は多くの国、組織の至る所に伸びている。


 アリドの存在が教団に知られるのは時間の問題となった。





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神話的転生スライム 楽能道三 @douraku_minou

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