第150話
※ 三人称視点
大教会で逃げ続けるソノヘンニールとフィロフィーヤ。
フィロフィーヤの予感は的確で、二人は『外なるもの』に追い詰められる事はなかった。
その道中で床、天井合わせ九カ所を粉砕したが、聖女の喪失に比べれば問題にはならない。
そして十カ所目の床を破壊した所で、他の生存者と合流した。
「うわぁ! 何か降ってきた!?」
「すいません、非常事態だったものでして」
「って、敵じゃないのか……誰かと思えばフィロフィーヤと、確か……ソノヘンニールだっけ?」
「はい。覚えて頂いて光栄です」
ソノヘンニール達の落下先に居たのは、愛の神の使徒ヘルマロディ。
突如降って現れた二人に驚いたものの、すぐに平静を取り戻す。
「ところでさ、もしかして二人は化け物に追われたりしてた?」
「ええ、はい。その通りです」
「ごめんなさい、ヘルマロディ……私が逃げ遅れたばかりに……」
「まあ来ちゃった以上は仕方ない。神学派の人にボクの権能で操った化け物を渡していてね、少し前から調査して貰っているんだ。何か分かったか聞いてみよう」
ヘルマロディは驚く二人をよそに、人が集まっている一角へと足を向ける。
ソノヘンニールは抱えていたフィロフィーヤを降ろし、周囲を確認する。
そして今居る場所は、地下にある物資の保管庫だと気付く。
部屋は広く、隠れられそうな物陰も多い。
神学派の人達は部屋の物を勝手に使って『外なるもの』を解体していたようだ。
物資の動かされた形跡があり、不要だったと思われる物が散乱していた。
彼らは解体された『外なるもの』を囲い、一様に難しい顔で何事かを話し合っている。
そこにヘルマロディが入り、いくらか言葉を交わした後、神学派の人を一人連れて二人の所に戻る。
ヘルマロディが連れてきた人物は、杖を突いて歩く小柄な老齢の蝙蝠の獣人。
彼はぼそぼそとソノヘンニールに語りかける。
「司祭殿、あの化け物に追われていたと聞きました」
聖女であるフィロフィーヤには一瞥もくれない態度に内心で驚きつつ、ソノヘンニールも答える。
「ええ、確かに」
「貴殿はあの存在の能力や戦い方を見ましたかな?」
ソノヘンニールが頷くと、蝙蝠人の老人は目を輝かせた。
「それはそれは、ぜひぜひ具体的に教えて頂きたい!」
声高になった老人は、ソノヘンニールに詰め寄って興奮気味に問いかける。
ソノヘンニールは落ち着いて『外なるもの』について語る。
自分と重なるようにして転移のような移動をした事、物理的に破壊しても転移と同時に再生された事、転移の予兆として魔力の波が途切れる空間が発生していた事、そして聖堂で見た人の混ざり合ったものについて。
話を聞き終わった老人は何度か頷いた後、口を開く。
「成程成程、あの化け物について一つ分かったかもしれませんぞ」
「対抗策に為り得ますか?」
「今はまだ何とも言えませんな……仲間と話し合う時間を頂きたく」
ソノヘンニールがヘルマロディの方を見ると、気付いた彼が口を開く。
「別にボクに一々許可なんて求めないで良いよ。好きにやっちゃって」
ヘルマロディは、飄々とした態度でそう言う。
老人の方も分かっているのか、そそくさと神学派の集まりに戻っていた。
対抗策があれば何とかなるかもしれないと、ソノヘンニールが希望を持ち始めた時である。
「――あ……き、来ます!」
フィロフィーヤの緊迫した声が響く。
何事かと目を丸くするヘルマロディと神学派の人達。
ソノヘンニールだけは臨戦態勢に入っていた。
ぼとり、ぼとりと天井の穴から落ちてくる、枯れ木のような肌をしたヒトモドキの化け物――『外なるもの』。
その数は六体。
「ハッ!」
ソノヘンニールは僅かにでも稼げる時間が増えればと、『外なるもの』の体を粉砕する。
飛び散った破片が部屋の奥に飛び散るが、数秒後に消えた。
それを見たソノヘンニールは、反響する魔力波と音波を同時に放ち、その差から魔力が途絶えている空間を確認する。
「(狙われているのは……使徒様と聖女様か!)」
フィロフィーヤは見えない何かから嫌な気配を感じ取っていた。
彼女はそれから遠ざかりながらヘルマロディへと警告する。
「ヘルマロディ、危ない!」
「え?」
だがヘルマロディはその場から動いていない。
自分の持つ権能に対する自信から、現状を楽観視していた。
「――失礼!」
「うわっ、なになに!?」
ソノヘンニールは、彼を不可視の何かから遠ざけるように投げ飛ばす。
急ぎソノヘンニールもすぐにその場から飛び退く。
空中でバランスを取り、華麗に着地したヘルマロディは、さっきまで自分が居た場所に複数の『外なるもの』が重なり合って現れている事に気付いた。
アンバランスな六本の手足と、歪な三つの頭を持つ奇妙なオブジェクトと化した『外なるもの』を指差すヘルマロディ。
「なにアレ、新手?」
「いいえ、先ほど私が粉砕した化け物共です……どうやら、化け物同士でも混ざり合うようで」
「てか見た目、気持ちわるっ」
「ぴっ……こ、こっちにも……!?」
他の三体はフィロフィーヤの方に向かったようで、彼女の前にも混ざった化け物が居た。
床を這うようにして使徒と聖女に迫る二体の『外なるもの』。
「まあボクに任せて」
ソノヘンニールがどちらを優先して守るべきかを迷っていると、ヘルマロディが軽い口調で言った。
ヘルマロディの両目が怪しく光輝くと、彼の眼前に居る『外なるもの』が動きを止めて、その目と同じ光に包まれる。
「お願い『ボク達の敵を殺して』」
彼が蕩けるような甘い声で『外なるもの』に囁くと、その姿がフッと消えた。
そしてフィロフィーヤに迫る『外なるもの』に重なるようにして現れると、共食いを始めた。
「うわ、自分で自分を食べてるよ。フィロフィーヤ、早くこっちに逃げてきて」
「は、は、はいぃ……」
フィロフィーヤは、ほうほうの体でヘルマロディとソノヘンニールに合流する。
六体居た『外なるもの』が互いに食らい合う様子を眺めていると、三人の後ろから声がかかる。
「どうやら上手く撃退できたようで」
「ヒナツか。何か分かったの?」
老人の声に、ヘルマロディが答えた。
「ええ、ええ、恐らくですが、アレの本体は霊的なもので、物理的な肉体は現実世界に干渉する為の手段の一つなのだと思います。それと原理は不明ですが、魔力を介さず霊的世界と現実世界を行き交う能力があると思われます」
「ふーん、つまりアレは霊的な本体同士で食い合ってるって事かな」
「恐らくはそうでしょうな。それで対抗策ですが、あの霊的な捕食行為を防ぐのは不可能です。転移を防ぐ方法があれば霊的捕食をされずに済む可能性はありますが、原理が分からねば対応は難しいでしょう。やられる前に本体を叩くのが最良かと」
「霊的な存在に損傷を与える手段が必要って事だね」
二人の会話を聞いたソノヘンニールは、自分には有効な手札が無いと悟る。
「(ですが、このまま終わるなら……)」
今の危機を乗り越える事はできる。
「あ、あの……」
フィロフィーヤがソノヘンニールの服を控えめに引っ張って声をかける。
「どうされました?」
「何だか、悪寒が、さっきまでより、ずっと強くなって……」
ソノヘンニールは聖女のこの危機察知能力を強く信頼していた。
だから、警戒を強めて『外なるもの』に目を向ける。
最後に残った一体は、どこかこれまでとは違う空気を纏っていた。
肌の色は変わらないものの、歪だった体は均整の取れたものに変化している。
顔に開いた穴の奥には、
その姿を見たソノヘンニールと聖女の背筋に冷たい汗が流れる。
ヘルマロディが最後の一体になった事に気付くと、再び権能の光で『外なるもの』を包み込み、甘い声で囁く。
「キミの役目は終わり、お願い『自害して』」
愛の神の権能には、利他的な行いを強制するものがある。
その権能によって、知性が無い相手であれば意のままに操る事ができるのだ。
それに、たとえ人類のように知性があったとしても簡単には抗えない。
意図的に「お願い」を曲解し、自分で自分を騙す能力が必要になる。
生きてさえいれば、あらゆる相手に有効な権能だ。
「……あれ?」
だが、彼のお願いに、『外なるもの』が応える事はなかった。
ヘルマロディは不思議そうに首を傾げる。
高まる嫌な予感に、ソノヘンニールは音と魔力のエコーロケーションを放つ。
「なんで――」
「危ないッ!!」
咄嗟にヘルマロディを突き飛ばすソノヘンニール。
消える『外なるもの』の姿。
先ほどまでは消えてから現れるまでに数秒のタイムラグがあったが、今回はほぼ無しだった。
ソノヘンニールの左腕が、『外なるもの』と重なる。
何かがソノヘンニールの体内を侵し、混ざり合っていく。
「う、おおおおッ!」
ソノヘンニールは右の拳に魔力を纏わせ、自身の左腕を粉砕して同化を拒絶。
血と肉片が飛び散ると同時にバランス崩し、その場で膝をつく。
千切れた腕は徐々に『外なるもの』の境界線が曖昧になり、取り込まれていった。
「ソノヘンニール!? 腕、腕が!」
「え、なんで? なんでボクのお願いを聞いてくれないの!?」
悲鳴を上げる聖女と、混乱する使徒。
「(この状況は、不味い……!)」
ソノヘンニールは尋常ではない痛みと、激しい出血によって意識が乱れる。
腕が千切れただけでは説明のつかない激痛により、体も動かせなくなっていた。
右手で抑える左腕の断面からは血が滝のように流れ落ちる。
動けない三人を見下ろす『外なるもの』は、首をゆっくりと回し、慌てふためくヘルマロディへと顔を向けた。
そんな中、神学派の老人ヒナツはソノヘンニールに近寄り、視線を合わせるように身を低くして質問を投げかける。
「のう、のう、司祭殿、どうであった? 混ざった所はどうであった?」
「…………(この人は何を言っているの?)」
彼のあまりに理解し難い行動にフィロフィーヤは絶句してしまう。
一方ヘルマロディは、自分に歩み寄る『外なるもの』に対して権能を行使する。
「く、来るな! お願い『こっちに来ないで』よ!」
ヘルマロディの叫びに応えるように、『外なるもの』は姿を消す。
ソノヘンニールがどうなったかを見ていたヘルマロディは、飛び跳ねるようにその場から離れた。
案の定、『外なるもの』はヘルマロディが居た場所に現れる。
転移後の『外なるもの』は、変わらずヘルマロディの権能の光に包まれていたにも関わらず、彼の思い通りに動く事はなかった。
ヘルマロディは顔を青くして『外なるもの』の視線から逃れるように逃げ回る。
明らかに『外なるもの』はヘルマロディに執着していた。
だからだろうか、ヒナツは『外なるもの』を気にも留めず、ソノヘンニールに問い続ける。
「司祭殿、司祭殿……ああ、痛みのあまり舌が回らんか? 仕方ないの」
ヒナツの魔術によって、ソノヘンニールの左腕の止血と痛覚麻痺が施された。
痛みが緩和された事で、ソノヘンニールはどうにかヒナツの問いに答える。
「……何かが、入って、くる、ようでした」
「そうかそうか、うむ、そうであったか。ところでまだ痛みがあるのだな? 霊的な面でも傷を負ったかの? 肉体的な痛みは完全に……」
好奇心に溢れるヒナツの言葉を遮るようにソノヘンニールが口を開く。
「それより、使徒、様を……!」
「分かっておる、分かっておるとも。流石に今、ヘルマロディ様を見捨てては儂もここで終わってしまうでな」
立ち上がり、杖を構え、その先端を『外なるもの』に向けるヒナツ。
「では、検証を始めるとしよう。神学派同志諸君、記録を頼む」
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