第149話
プロフェッサーと名乗る男に追いつかれる十秒前くらい。
位置は問題ない。
体内を見られないようにしながら進めてた準備も万端。
そろそろ仕掛けるとしよう。
「む」
反撃を気取られたか、教授が足を止める。
だからといって今更反撃を中止できない。
体表を魔力を操り物理的に変形、変質させる。
具体的には硬質化と
霊力――つまりイメージや概念に依存した形態維持は不可能だが、魔力で維持する分には問題ないはずだ……たぶん。
今まで人間形態の大部分は、イメージを反映して動かしていた。
筋肉繊維とか、それを支える骨や血や内臓などなど……目と脳の周りを除いて作ってなかったんだよね、面倒だし。
魔力を信号として伝達できる神経は目と脳の間にしかなかった。
外から見て、人間に見えるなら良いと思ってた。
疲れ知れずで動けるという点も、イメージで身体を動かす利点だった。
そう思ってたせいで、今は大ピンチである。
「(専門知識の差だよなぁ……生き残れたら教皇が言ってた学者集めて『外なるもの』の研究するって言ってたのに協力するか……)」
後悔と反省は後にしよう。
折角足を止めてくれたし、こちらから仕掛ける。
まずは汚水のウォータージェットを吐き出す。
当然透明な壁に防がれるが、汚れがついて輪郭が明確になった。
続いて壁を避けて水が教授に降りかかるよう、放物線を描くように吐き出す。
「何を企んでるかは知らんが、やらせんよ」
透明な壁を複数、ドーム状に展開されて水は完璧に防がれた。
そのまま近付いてくる。
「(壁と床の間に隙間があるな……)」
サブプランを思い付いたが、仕込みが足りているかが分からない。
ブラフ程度に留めるか。
変形し、床スレスレの位置に透明で硬く鋭利な刃物を作る。
霊力遮断結界に入ってしまう直前に、圧縮した水を噴射して突撃をかます。
ついでに変質魔力も初速の確保には使えるので『加速』を併用。
そして一瞬で壁に衝突したが、反動の衝撃はまるで感じなかった。
気持ち悪いくらい静かに止められた。
「(いや、マジでどういう仕組みだ、この壁?)」
俺の前世知識だと思い付かない。
あと足の裏をスライスするための透明な刃物は普通にジャンプで躱された。
教授の着地と同時に踏み砕かれる。
「恐ろしい速度だな。だが魔力によるものであれば予兆は見て取れるのだよ」
俺の自己流魔力視より、完璧な魔力視ができるんだろうな。
まあブラフだし躱されても問題ない。
問題はここからだ。
「既に察しているかもしれないが、一応教えておこう。私の魔力視は君の知っているであろう魔力視より精密であり、故に魔力そのものを見る事ができる。そして君のように魔力無しでは動けない魔物は、魔力の足跡を残すのだよ」
予想通り、問答無用で即殺されることはなさそうだ。
「君は興味深い存在だが、敵である限り放置はできない。君はワイズマン様の脅威に為り得る。それだけの知性と能力があると、私に見せてしまった」
麻酔銃のようなものを構え、透明な壁の向こうから俺に狙いを定める。
その壁を解除するなら……。
「さよならだ」
壁が消え、汚水によって付けられた汚れが落ちる。
「(今だ)」
事前の仕込みで体内に溜め込んでいた高圧水素を爆発させるべく魔力を動かす。
下水を濾過して圧縮して電気分解して逃げながら溜め込んでいたのだ。
魔法とか魔術に関する技術が中心な異世界では、科学技術はそこまで進んでないだろう。
これなら不意を突けるはず。たぶん。きっと。
「む、魔術まで――」
放たれた弾丸は、硬質化したはずの体表を易々と貫き、謎液を注入してくる。
それと同時くらいに魔術『火熾』が完成、酸素と高圧水素を混ぜながら発動させ……。
次の瞬間、音が消えた。
想像以上の爆発が起きて、身体がバラバラになる。
指向性対人地雷、通称クレイモアと呼ばれるものを再現しようとしたんだが、高圧水素を作りすぎたのかもしれない。
体内で爆発を起こして、劈開性を利用して硬質化させた部分だけを飛ばそうと思ってたんだけど、失敗した。
失敗はしたが、悪い結果にはならなかったかもしれない。
幸い衝撃によって魔力が体から離れたり消し飛ばされたりはしなかった。
自分が無数に分かれてる感覚がちょっと筆舌し難いが、生きてはいる。
分かれても平気なのはジレンから吸収した魔力の性質『分離』のおかげだろうか。
どうにか無事な欠片同士で集まって、人の体を再構築する。
外見は変わらないが、中身と魔力はスカスカだ。
あと下水なのに随分明るいと思ったら、空が見えていた。
「……教授のせいにしよう」
「酷い罪の擦り付けだな」
声のする方に目を向けると、体の中身が丸見え状態の教授が居た。
「嘘でしょ?」
「私は嘘など吐いていないが?」
「いやちょっと目の前の光景を信じたくないだけ」
「君は本当にスライムかね? 情緒まで人に近似しているようだが」
教授の体内は機械でできていた。
つまり、アレは本体じゃない。
このままだと俺の情報を隠せなくなる。
「どういう経緯で作ったの、ソレ」
「原理より経緯を聞くか。つくづく私の予想を超えるな、君は……さて、この憑依駆動魔導器だが、分身を作る魔法使いの欠点を補う魔導器として作ったものなのだよ。魔力妨害機などの魔導器がある場所でも安全に潜入できるようにする事が目的だ」
「その魔法使い仕事なくなるじゃん」
てか霊力遮断じゃなくて、魔力を妨害する魔導器もあんのか。
「その通りだ。今回の作戦が終わったら退職通知でも贈られるんじゃないかね」
分身作れる魔法使いが教会の裏切者かな。
退職通知とは言うが、実際はトカゲの尻尾切りみたいな感じで捨てられそうだ。
「ちなみにその魔法使いからノウハウみたいなの引き継ぎできてんの?」
「魔法使いという生き物は、己が代替不能である事を誇りとしている者が多い。君ならこれで理解できるだろう?」
「なるほど、把握」
適当に会話しながら教授に近付く。
両足とも壊れていて、動けはしなさそうだ。
「ところでさ、その姿って教授の本体と同じだったりする?」
銃みたいなのも、霊力遮断機も壊れていた。
右腕はもげ、左腕も変な方向に曲がっている。
「まさか。この私がその程度の事を考えていないとでも?」
「ですよねー」
首は直角を超えて曲がり、肩に後頭部を預けている。
反撃できるとは考えにくい。
「私からも質問していいかね?」
「良いよ。答えるとは限らないけど」
腕をスライムにして、穴の開いた所から内部に侵入する。
「君は『外なるもの』の一種か?」
「俺をこうしたのは神様だし、違うんじゃない?」
あの連中と同類にされたくないので、つい答えてしまった。
「では、君は使徒か、聖女か?」
「まだなってないし、なる気もあんまりない」
教授は憑依と言っていた。
なら、魂があるはずだ。
「今の君の目的は私の魂の逆探知かな?」
位置は捉えた。だが……。
「もしかして……」
「安心したまえ、対策済みだ」
「クソが!」
魂は謎の障壁で守られていて、その障壁に触れた瞬間、教授の体から魔力が迸る。
「爆発オチなんてサイテーだよ、教授!」
「なに、芸術は爆発という言葉もある。それに君だって爆発しただろう」
魔導器の体に侵入させた腕を切り捨て、急いで距離を取る。
「では、また会える日を楽しみにしておくよ」
白い閃光を放ったあと、教授の体が爆発した。
一瞬の轟音の後、音が消えて自分の体が浮遊感に包まれるのを感じる。
しばらくして、また自分の体がバラバラになっているのが分かった。
また体を再構築すると、俺の時とは比較にならないくらいの大穴が開いていた。
この惨状を見て、傭兵ギルドにどう報告すれば良いかを考えようとして、ふとある考えが頭をよぎる。
なんで俺がそこまで苦労しなきゃならんのだ、と。
俺に頼んだのはギルドなんだし、この結果はギルドが釈明すべきだと確信する。
「……もうやだ、働きたくない」
大穴の断面から青い液体が零れ落ちてくる。
どうやら魔導脊髄が通っていた場所だったようで、千切れた魔導脊髄が垂れ下がっていた。
下水道に落ちてくる魔導脊髄の青い血をちびちび吸収して、魔力の回復をしながら瓦礫の上に座り込む。
教授に情報を持ち帰られたのが怖くてしかない。
魔法や魔術への対策が不完全な『外なるもの』より、万全の体制を整えた人類の方が俺にとっては脅威だわ。
改めて異世界の人類の強さと怖さを再認識したよね。
これからも適度な距離感で、ほどよく味方を作って行こう。
じゃないと死ぬ未来しか見えない。
「てかさ、『外なるもの』より人類の方が強くね? ……ああ、だから内ゲバが決め手になるのか」
俺の前世か、前世に類似した世界から来たであろう『外なるもの』は、人類の性質を良く理解してるんだろう。
時代に釣り合わない知識や技術をばら撒けばどうなるかを、きっと良く理解している。
人の欲望は際限がないからな。
「核兵器まで開発されたら、絶滅戦争とか始まったりして……ハハッ」
笑えねえ。
魔法とか魔術がブレイクスルーになる可能性だってあるし。
割とあり得る話なんじゃなかろうか。
「はぁ……疲れた。もう何も考えたくない」
誰かこの世界の危機を解決して、ついでに俺を養ってくれ。
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