第146話


 ※ 三人称視点



 大教会の最奥には聖遺物と呼ばれるものが安置、又は封印されている。


 それらは神の奇跡を宿す超常の道具であるのだが、必ずしも人に益のあるものではない。


 奇跡の性質によっては、むしろ災いを引き寄せるものもある。


 その安置所前の広間……本来であれば厳重な警備が敷かれているこの場所は、今や人影がポツンと一つあるばかりだ。


 人影の正体は、唇を噛みしめ、険しい顔をしている教皇ロフェト。


 彼の周囲には警備にあたっていた教皇直属の修道騎士だったものと、枯れ木のような『外なるもの』の死骸が散らばっていた。


 そんな惨状の安置所前の広間に、新たに二人分の足音が響く。


「猊下、ここにおられましたか」


「う、この臭い……あ、猊下、御無事で何よりです」


 魔術の明かりに照らされた二人は緋色の祭服を纏っていた。


 彼らは枢機卿と呼ばれる教皇の最高顧問だ。


 一人は闇に溶けるような黒い肌の男で、もう一人は小柄な犬の獣人の女性。


「ナンノーク卿とラウラ卿か……他の場所はどうなっている?」


 男の方はナンノーク・ロイヒート。


 元は西の大帝国の貴族次男であり、出家して教会に入った人物で、種族はエルフ……肌が黒いためダークエルフと呼ばれる事もある。


 髪も瞳も黒く、照明が無ければ服以外が見えなくなりそうな外見だ。


 教皇の問いには彼が先に答えた。


「大教会各所で『外なるもの』が出現し、多数の犠牲者が出ております」


 ナンノークに続いて小柄な女性が口を開く。


「あ、あとギンティック卿とドラルトゥ卿が対応に動いてますけど、正直人手が足りないのです。『外なるもの』がこんなに居るなんて想定されてなかったのです……」


 彼女の名はラウラ。


 自治領で生まれ育ち、能力と人柄を認められシスターから成り上がった傑物だ。


 見た目的には少女に見えるが、先日三十路みそじに突入した、白くモコモコとした毛を持つ犬の獣人だ。


「ラメンツ卿は?」


「彼女は外に出てます。恐らく水源の確認でしょう」


「魔道脊髄も見てきてくれると思うのです」


 教皇は二人の報告を聞いて考え込む。


「『外なるもの』が現れた原因は?」


「確信はありませんが、例の魔除けアミュレットが原因ではないかと思われます」


「沢山集めた所から出てきたんじゃないかなって思うのです」


「ラウラ卿が言うのであれば、恐らく正しいのだろうな……数は分かるか?」


「多すぎて分からないですが……大教会内だけで百くらい湧いたのです」


 ラウラの言葉に思わず天を仰ぐ教皇。


 だがすぐに気を取り直し、二人に指示を出す。


「私はここを動く訳にはいかない。すまないが『外なるもの』の対処を頼む。ここに誘導してくれても良い。その時は私が始末しよう」


 教皇ロフェトの言葉に、恭しく一礼をする枢機卿の二人。


 安置所前の広間から離れる二人を見送り、念の為に安置所内部を調べるべきかを考える教皇。


「(この扉を開錠できるのは私だけだ。開くのを待たれてるかもしれない)」


 敵は未知の技術を持っているのだ。


「(だが、扉を通らず直接中に入る方法もあるかもしれない)」


 教皇は様々な可能性を考えて、確認は事態の収拾がついてからにすると決めた。






 町の方でも『外なるもの』は現れた。


 魔除けアミュレットの解析を行うと約束したウルギアの工房付近、工業地区を中心に、それなりの数が出現したのだ。


 そして今、ウルギアの工房の広い空間に、複数の人だかりができていた。


「肉はどうじゃ?」


「スカスカだぞ。骨も。内臓なんて一つも無いし、血だって一滴も無い。なのに足早いし力強いし瞬間移動するし、どういう生態だ?」


「俺も解体バラしたい。気になる」


「我慢しろ、儂らだって我慢しとるんじゃ」


「味も気になるよね」


「それはアンタだけでしょ。同意求めないで」


 そしてその全てが枯れ木のような『外なるもの』の解体作業中だった。


 初の素材という事で、解体のプロのみが解体作業を行ってる最中だ。


 広い空間は解体場で、そこに別の部屋から血塗れの解体のプロが入ってきた。


 その人物に気付いた人の反応は主に二つ。


 一つは心配そうな顔をし、もう一つは好奇心に目を輝かせるといったものだ。


「ギーセイが混ざったやつ解体してきた」


「おお、アイツはどうじゃった?」


「駄目。脳含め内臓の大半が変形したり裏返ったりしてて戻らなくて、繋がりも変だったし、なぜか生きてたけど、化け物と切り離した瞬間死んだ」


「そうか……ギーセイは残念だったけど、化け物の方はどうだった?」


「化け物の方はスカスカの体内に、白とか赤の糸みたいなのが沢山あった。神経とか血管っぽかったな」


 ギーセイが死んだという言葉に悲しむ者もいるが、多くは興味の方が大きいようだった。


 次々と化け物についての質問攻めに合う解体した人だが、こういった事態には慣れているようでスラスラと回答をしていく。


 中には悲しみながら化け物について質問をしている奴も居た。


「ふーむ……死体からだと大した事は分からんな」


「団長が未知の能力の部分を持ってちゃったからなぁ」


「だが、そうでなきゃもっと被害出てたぞ」


「分かってるよ。別に団長を悪く言うつもりはない」


「化け物がもっと色んなのと混ざってたらどうなってたかな?」


「確かに興味はあるが、見たいなんて言うなよ? 公の場では」


 ワイワイと化け物――『外なるもの』について議論を繰り広げる職人達。


 彼ら彼女らは生粋の技術者であり、研究者であり、求道者だ。


 そこに未知の存在があるなら解き明かしたくなるのがサガであった。


 混ざった『外なるもの』を解体した人が入ってきた扉とは別の扉が開き、二メートルほどの人型の魔導器が、人と変わらない所作で入って来る。


 職人達はその人型魔導器に気付くと、何人かが声をかける。


「やあ、セイラ。団長の調査は一段落したのかな?」


「魔物と新種の化け物から助けてくれたよな、ありがとうよ」


「儂も助けられたな。後で装甲がピカピカになるまで磨いてやるわい」


「ジジイ、目がいやらしいぞ、自重しろ」


 人型魔導器は言葉を発しはしないものの、身振り手振りに加え、頭部のライトの光の色や強弱で職人達とコミュニケーションが取れる。


 この人型魔導器は「セイラ」と呼ばれ、職人達……何より団長のウルギアから深く愛されている。


 セイラはウルギアの最高傑作と言われており、ウルギアが「作品」と呼ぶものの一つだ。


 ほとんどの職人はウルギアの魔力性質が『分解』であり、それは人の精神や魂にまで及ぶ事を知っているので、何となく察しはついている。


 だが、職人達はウルギアを嫌う事はなく、むしろ強く尊敬していた。


 彼女の技術と知識は信仰の対象になっているほどだ。


 ウルギアはセイラの内部機構を別段隠したりはしていない。


 単に説明されても理解が及ばないのである。


 アリドの前世で例えるなら「中世で量子力学を唱えても、一般的な学者では誰も理解もできない」と言えば分かり易いだろうか。


 世界全体で見れば、極少数の人物は理解し得る頭脳を持つかもしれないが、少なくともここの職人には理解できなかった。


 それを実現するウルギアの技術力は、他とは隔絶したものだった。


 だから職人達はウルギアの下に集って技術の探求をしようとなったのだ。


 当時純粋な傭兵だったウルギアは「この職人ども頭おかしい」と思っていたが、勢いに押し切られるかたちで傭兵団『鋼皇枢機』を創り上げた。


 そして今日にまで至る。


「団長は明日まで研究室に籠もるってよ。誰も入るなってさ」


 一人の職人の言葉に、セイラは肯定するような動きをする。


「明日までお預けか。まあ仕方ない」


 残念そうにどよめく職人達に、セイラは二枚の紙を差し出す。


「ん? これは……ああ、対化け物マニュアルか。それと魔除けアミュレットの分析結果もあるな」


「ほう、どんな感じじゃ? 新種は儂らでも狩りに行けそうか?」


「いや……こりゃ俺らだけじゃ無理だな。ギルド長に届けろって書いてあるわ。なんかするなら、それからにしろとよ」


 ウルギアは職人達の好奇心が止まらないと分かっていた。


 だからリュアピィの要望に応えつつ戦力を送り、貸しを増やす方針を立てた。


 ついでに我慢しきれなくなって研究室に突撃してくる職人を遠ざける目的もあった。


 読み通り、堪え性のない職人は即座にギルドを目指して出発した。


 新種の化け物を確保、解体、研究するために。


 そしてそんな連中を押し付けられたリュアピィは、気苦労が増した。





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