第145話


 俺が屋根の上を走っていると、上空から近寄ってくる影があった。


 よく見てみれば、見覚えのある顔だったので足を止めて来るのを待つ。


 空から降りてきたのはハーゲンディだった。


「アリドか。うぬは何をしようとしておる?」


「下水道の捜査。逃げたり隠したり召喚したりしてる奴が居ないかの確認」


「成程、理解した。そちらは任せるぞ」


 その信頼の厚さは何なんだ。


 ハーゲンディが飛び去ろうとしてたので呼び止める。


「ちょっと待って。ソノヘンさんと会ったりした?」


「む? いや、会っておらぬが、あの者がどうかしたか?」


「お前か教皇に聖女を助けられそうな奴の事を教えといてって頼んでた」


「なんと……して、その人物とは?」


「ランゴーンで岬の魔女って呼ばれてる婆さん。名前はリセイジア。夢の世界……つまり現実とは異なる世界に囚われてた人を救出する薬を作った実績がある」


「記憶しておこう。だが今すぐとはいかん。流石に数多の民より優先は出来ぬ」


 まあこの状況では仕方ないか。


「言いたいことはそんだけだから、じゃ」


「うむ、アリドが上手くやれるよう祈っておるぞ」


 言葉を言い終わると同時にハーゲンディは飛び立っていく。


 てか馬乗らなくても飛べるんだな、アイツ。


 俺も再び下水道を目指して走り出す。




 走り続け、ジャガーノ運輸と壁に書かれた馬鹿デカイ倉庫が見えた。


 下水道の入口はあの建物の裏手という話だ。


 建物の屋根から、舗装されている道へと下りる。


 一人歩きし始めた街灯なんかが襲い掛かって来るかと思ったが、俺からは一目散に逃げていく。


 相変わらず魔物に嫌われてるな、俺。


 何が駄目なんだろうか。


 やっぱり魔力なのかな。


 人の魔力視は誤魔化せても、魔物の魔力感知能力は誤魔化せてないのだろうか。


 まあいいや、今は下水道を目指そう。


 倉庫の裏手に回ると、地下に続く階段と金属製の扉を見つけた。


 扉に鍵はかかっておらず、普通に中に入れた。


 落下防止用の柵と梯子があり、ここで間違いないと確信する。


 音が響かないよう梯子を滑るように下りる。


 こういう時、スライムの体は便利だ。


 久々に触手を生やし、目星を付けたエリアに伸ばしていく。


「(何か居るな……人か? 一応全部の位置を確認してから行動するか)」


 全てのエリアを確認した所、三か所で人影を確認できた。


 一つは大教会の近く。


 何か袋に包まれた物を守るように、周囲を警戒しながら囲んでいる集団。


 他二つは西と南東方面で、潜水具のような物を急いで装着している。


 確か西には海峡、南東には湖があるって話だったな。


 水中に逃げようという魂胆らしい。


 逃げる連中は優先順位が低い。


 何かを守ってる奴らの目的は不明だが、何か役割が残っている可能性が高い。


 広場は円形で、横に広いが、高さは余りない。


 真ん中に部屋と同じく円形の足場があり、複数の通路から橋がかかっている。


 足場に居る集団は統一されていない武具を持っており、見たところ寄せ集めといった感じが強い。


「そこ、何か居るな」


 観察していると、集団の中心に居る学者風の男が俺の触手に気付いた。


 一人だけ椅子に座って偉そうにしていたそいつが、俺の方を指差す。


「(まあ、叩くならここしかないか)」


 全ての触手を回収しつつ、集団の居る場所目指して移動を開始する。


 触手を動かしたことで、目を凝らしていた他の連中も触手に気付いて声を上げる。


「動いた、あれだ!」


「スライムか? 一応始末しろ」


「俺が行く」


「念のため俺も行くぜ」


 武器を抜き、何人かが小走りに近寄ってくる。


 それなら追い付かれる程度の速度で触手を引こう。


「待て、無能共」


 そのまま追ってくるなら横幅に限りのある通路で戦えると思ったが、学者風の男が制止の声をかける。


 無能呼ばわりされた連中は不服そうな顔をしたが、言葉に従って足を止め、元の位置に戻った。


 あの男がリーダー格のようだが、部下との関係はあまりよろしくはなさそうだ。


「(どう攻めるかね)」


 近くに到着してから少し考える。


 敵戦力の正確な把握ができてないのに正面突破は愚の骨頂。


 ……とりあえず水鉄砲でもぶちかますか。


 下水を大量に吸引、変質魔力で超圧縮して触手に蓄える。


 水深一メートルはある水路の底を這うようにして触手を近づけていく。


 これでも学者風の男に気付かれるが、手下は先ほど止められたからか防衛体制で構えたまま動かない。


 良い的だ。


 水面から少し触手を出し、ウォータージェットを横一文字に薙ぎ払う。


 金属の武器や防具ごと切断し、手前と横に居る手下達を一掃した。


 だが袋と学者風の男、あとその後ろに居た手下たちは無傷。


 透明な壁のようなものに防がれた。


「(これで死んでくれれば楽に終わったんだがな)」


「ふむ、わざわざこの私を呼んだのはこのためか?」


 誰ともなく呟く学者風の男。


 手下が死んだ事に対するリアクションは一切ない。


 俺の触手をじっと観察してくる。


「(触手を更に伸ばして死体を回収、吸収するか、一旦下げるか……)」


 この感じだと手下を吸収しても大した情報は手に入らない気がする。


 むしろこっちの手札を一つ晒す事になりそうだから、触手を引っ込める事にした。


 あの男は椅子に座ったまま動かず、袋の傍から離れない。


「(……やりずらい相手だな)」


 現状、時間は相手の味方だ。


 ウォータージェットに対応できない部下達はそれほど脅威にはならないと見て良い。


 いざという時は吸収して供給源になって貰うとして、問題は学者風の男。


 恐らく『外なるもの』ではない、普通かどうかは知らんがヒトだ。


 懸念点は魔法や魔術による初見殺しが通用しない可能性が高い事。


「(あの壁っぽいのを俺の魔力で壊せるかどうか)」


 気になっているのは、以前聞いた「国にとって魔法の価値が下がっている」という情報。


 この世界でも戦争とかあるし、当然と言えば当然だが、魔法の概念攻撃への対抗手段は『外なるもの』より人類の方が上だと思う。


「(ウォータージェットっていう物理現象は防がれたし、魔法の概念攻撃なら通ると賭けるべきか)」


 覚悟を決めて、変質魔力を纏い突撃を仕掛ける。


 音よりも早く迫り、初手で全力を攻撃を叩き込む。


 変質魔力『破壊』を纏った拳は透明な壁を一枚砕いたが、更に奥にあった別の透明な壁が変質魔力を霧散させた。


 二枚目は純粋な暴力で粉砕したが、学者風の男に届く前に勢いを失い、避けられてしまう。


 男は椅子から転がり落ちるように俺から距離を取ると、クイっと指を動かす。


「あ」


「え?」


「か、からだっ」


 後ろに居た手下達が驚きの顔と声のまま、俺に向かって勢いよく突撃してくる。


「(操る系か? その手の魔力は吸収すると危険かもしれん)」


 筋肉繊維の千切れる音を響かせながら、手下の一人が持っている剣を振り下ろす。


 他の二人は俺の退路を塞ぐように斧や槍を振るう。


 吸収は諦め、再度『破壊』の魔力を纏い、触手と拳で手下達をブッ散らす。


 その間に学者風の男は袋から謎の物体、恐らく魔導器を取り出していた。


 男がスイッチらしきものを押し込むと、周囲の魔力が消えていき、倦怠感が全身を支配する。


「(あ、これ不味いやつ)」


 魔力を動かしても体が上手く連動しない。


 模倣して作った人の外見も崩れていく。


「ほう、これは不思議なものだ。スライムが人の姿に化けていたとは」


 どうしよう、本気で不味い。


 男は懐から拳銃のようなものを取り出すと、俺に向かって発砲する。


 飛んできたのは鉄の弾丸ではなく、注射筒のような形状をしていた。


 それが俺の体に突き刺さり、謎の液体が注入される。


「まあいい、私の頭脳にかかればこの程度のイレギュラー、何も問題ない」


 傲慢な物言いだが、男の表情からは何の感情も読み取れない。


「(体が……)」


 液体を撃ち込まれた場所から、魔力が完全に失われていく。


 魔力を吸収しながら増殖する液体のようで、俺の体を謎の液体が侵食してくる。


「(……この液体、吸収できたら耐性つかない?)」


 試しに『吸収』の魔力を当ててみるも、逆に吸収されてしまう。


 どうも魔力に宿る概念が機能不全に陥っているように感じる。


「(ホントどうしよ……)」


 とは言え、魔力そのものが失われたわけではない。


 体が崩れていくものの、目や脳は機能している。


「(困った時は前世のラノベ知識だ……)」


「抵抗されているのか? 思ったより時間がかかっているな……」


「(してないが……あ、そうだ)」


 男の言葉を聞いて、一つアイデアが浮かんできた。


 俺は色々なものを吸収した結果、一般的な人類と比べてかなりの大質量だ。


 人と同じ密度にすると、たぶん十メートルを超える巨人になれると思う。


 だから謎の液体、略して謎液は俺の侵食に時間がかかっているのだろう。


 では、この密度を低密度にしたらどうなるか。


 体の一部をあの魔導器の効果範囲外まで押し広げる事が可能になるのではないか。


 ついでに男を物理的に押し潰せたらラッキー。


「(でも魔力に宿す概念が上手く機能しないんだよなぁ……逆に魔力を体外に放出してみるか)」


 思い立ったが吉日、というか既に体が半分くらい謎液に侵食されて余裕が無い。


 賭けになるが、他に方法も思い付かない。


「(上手く行きますように)」


 そう祈って魔力を体外に放出する。


 魔力はすぐに消えてしまうが、構わず吐き出す。


「……なんだ? 自分から魔力を吐き出すとは……自殺? スライム如きが?」


 今まで魔力によって保たれていた体が、俺の狙い通りに膨張を始める。


 魔力が無くなれば、スライムではなくただの物質になると予測したのだ。


「(よし、塑性限界は越えてなかった。スライムにあるのか知らんけど)」


 いつぞやの少年に渡したのは越えてた気がするが、細かい事は気にしない。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■!」


 魔力の九割が失われ、ついに敵の言葉も聴き取れなくなった。


 というか魔力を信号として使う場合なら機能してたんだな。


 だから魔導器は動かせると。


 膨らむ体の一部が、魔力の無くなった空間を越えて通常の空間に届くのは感じた。


 すぐに残る魔力をそこに移し、下水に含まれる魔力を吸収して少しでも回復を図る。


 謎液の侵食も早くなってきたが、あの概念無効化空間の外ならどんと来いだ。


 人の形を再構築する余裕は無いので目と脳だけ再構築する。


 そして魔力のある空間に俺の体だったものを引き寄せる。


 謎液が吸収できるかどうかだが、魔力が正常に機能する空間なら、謎液の侵食速度より俺の吸収速度の方が上だった。


「興味深い……実に興味深いな」


 学者風の男が俺を見据える。


 第二ラウンドと行きたいが、もうちょっと待って欲しい。


 まだ謎液の吸収終わってないんだわ。


 だからその魔導器っぽいの持ってこっちくんな。





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