第143話


 傭兵ギルドに向かう途中雨に降られた。


 俺はスライムなので特に気にしないが、毛が多いキドフォンスは大変に見える。


 鬣のような髪が濡れて潰れて頭が重そうだ。


 傭兵ギルドに着く頃には滝のように水が垂れていた。


「乾かさなくて平気?」


「問題ない、急ごう」


 出入りしている傭兵も濡れたまま動き回ってるし、あまり気にする必要はないのだろう。


 濡れた獣の臭いが充満しているが、この世界だと普通なのだろうか。


 結局、水浸しのままギルド受付に向かい、ギルド長の所在を確認する。


 前に会った時と同じ部屋に居るとの事で、早速ギルド長と合流できた。


「急な訪問ですまない。リュアピィ殿、情報を共有したい」


「ええ、構いませんよ使徒殿。アリドもおかえり」


「おかえりとか言われても家っぽくないよね、ここ」


 ギルド長のしゅんとなるが、すぐ真面目な顔に戻りキドフォンスと向き合う。


「では話をお聞かせ願えますか?」


「ああ、こちらで起きた事、分かった事を順を追って説明する」


 俺の代わりに、これまでの事をキドフォンスが全部言ってくれた。


 なんなら俺が出せる情報よりキドフォンスから出る情報の方が多かった。


 聖騎士達が調べた情報も含まれてるんだろうな。


「……以上がこちらであった事の全容だ」


「アリドは、何か付け加えたい事はある?」


「ない」


「そっか……では使徒殿、こちらで分かった事を説明します」


 ギルド長から出た情報を要約すると以下の通りになる。


 魔除けアミュレットの製造依頼、販売委託は聖職者の恰好をした人物から行われていた。


 大手ではなく、中小規模の工房や個人経営の職人を標的に、投資として多額の前金を渡していた。


 この仕事をする者が増えると払える額が少なくなる、とも言われていた。


 販売委託された商店も似たような感じらしい。


「コーラス商会に関しては?」


「それが一件も関与してなかったんだよね。あそこ大手だから」


「逆に怪しくない?」


「そうなんだけど、でも証拠がなくて……一応、傭兵団『黄金郷』にお金の出所を洗うようお願いしたけど、途中で終えなくなったって言われちゃって。金額の合計を考えると、確かに候補に入って来るんだけど……」


 物的証拠がないなら仕方ない。


 相手には社会的な地位や権威、それと潤沢な資産がある。


 各方面へのパイプもあるだろう。


 分かっていたが、今すぐどうこうできる相手じゃないな。


「それで、これからどう動くべきかを……」


 キドフォンスが話を進めようとした所で、にわかに外が騒がしくなる。


 叫び声や悲鳴のようにも聞こえる騒音に、一同口を閉ざして耳を澄ませる。


「……魔物……だと?」


 キドフォンスが椅子を倒しながら立ち上がり、そう呟くと部屋の照明が消えた。


 外の騒がしさが一層増す。


 どうやら緊急事態のようだ。


「使徒殿、何か分かったなら教えてください」


「町で魔物が発生したらしい……くっ、なぜこんなことに!?」


 キドフォンスが大急ぎで部屋から飛び出すと、暗い廊下に歩く石像みたいなのが居た。


 石像はキドフォンスに気付くと手に持った石の剣を振るう。


「邪魔だ!」


 キドフォンスが手をかざすと光の壁が現れ、石像を拘束する。


 手を握ると、光の壁が縮み、石像は小石程度まで潰され、拘束が解除されると床に落ちて割れた。


 キドフォンスは倒した魔物に目もくれず、そのまま廊下を走り去っていく。


「あれって備品が魔物化したとか、そういう感じ?」


 俺がギルド長にそう聞くと、困り顔で答える。


「そうだと思うけど……え、なんでこんな町中で?」


「思ったより慌ててないな。安物か?」


「高級品だよ!? あれは貴重な……って、そこじゃないでしょ!?」


 ツッコミ役が板についてきたな、ギルド長。


「とりあえず、湧いてる魔物の処理と、原因の特定と解決で二手に分かれれば良いんじゃね」


「急に真面目にならないで!? いや真面目にしてくれた方が良いけど!」


 いじりがいのあるギルド長で俺は嬉しいよ。


「ふぅ……真面目な話をするとね、あと一手欲しい」


「ぬ?」


 一息ついたギルド長から意見が出てくる。


「もし、この状況が計画的なものなら、得をする誰かが居る」


「仮説を立てるなら……逃亡用か、『外なるもの』の召喚辺りか?」


「あるいは証拠隠滅、要人暗殺、聖遺物強奪……最後のは、考えにくいかな」


「いや、可能性があるなら対処すべきじゃないか」


 聖遺物ってのが何なのか知らんけど。


 ここまでして盗むのが難しいなら、とにかく凄いものなんだろう。


「教会の管轄なんだよね……使徒殿はどっかいっちゃったし……」


「そういや自治領に居る使徒、聖女って実戦経験あんの?」


「言い辛いけど、教皇猊下とハーゲンディさん以外はほとんどないと思う。訓練ならハーゲンディさんがつけてるはずだけど」


 ハーゲンディは「さん」づけで呼ぶんだな。


 これもあいつの人徳というやつだろうか。


「実戦での同格、格上との戦闘経験は皆無か」


「そうだね……悪いけど、使徒殿にはこのまま魔物の対処を任せよう」


「俺は……そうだな、果報は寝て待てという言葉もある」


「僕はその言葉知らないから、アリドには地下を任せるよ」


 どうしてギルド長という輩は俺を何が何でも働かせようとしてくるんだ。


 てかまた下水か?


「スイフォアから聞いたよ。迷路みたいな下水道とか、『外なるもの』の残骸と瓦礫に埋もれた町でも、一回通れば迷わないんでしょ? なら自治領の下水道も地図を見れば大丈夫だよね?」


 なんだろう、行く町全ての下水道をコンプリートしそうなんだが。


「常識的に考えてそんな記憶力良い奴いる? いないよ? 常識よりあの女狐の言葉を信じると?」


「うん。ちょっと待っててね、今地図取ってくるから」


 ちょっと俺がどんな評価されてるのか気になってくるんだが。


 不意に部屋が明るくなったと思ったら、ギルド長が魔術か魔法で灯りを作っていた。


 少ししてギルド長が戻ってきて、机の上に地図を広げる。


「これが自治領の下水道の地図」


「広くね? こんなん覚えられんて」


「方角が書いてないけど、こっちが北側だよ……それじゃ、さっき出た仮説でマークしておきたい通路とか場所を割り出そう。アリド、急がないと手遅れになっちゃうから、真面目にやろ? お願い」


「はぁ……分かったよ、行けば良いんだろ」


 重く感じる腰を上げて、頭の中に転写した地図上に目星を付けていく。


「俺は『外なるもの』の召喚を最優先で対策する。次点であるかもしれない新しい証拠の確保。逃走経路を塞ぐのは地上からでもできるし、要人警護も同様。教会は知らん」


「……うん、分かった。じゃあその二つを優先でお願い」


「ただ一つ質問がある。たぶんこの梯子のマークが地上と繋がってる部分だよな? ここはどの辺りだ」


 そう言って地図を指差し、その場所を確認する。


 地図上に複数ある広い空間から、極力均等になる位置。


 下水道の中心より、やや東寄りの部分。


「ここは……商店街と農業地帯の中間で、一番大きな運送業者の建物の裏手に入口があるよ」


「その建物、看板とか分かり易い目印ある?」


「ジャガーノ運輸って建物に書いてあるよ」


 なんか強そうな名前の運送業者だな。


「あ、あと、手数が必要なら、ガザキ達を呼び戻そうか?」


 ギルド長の提案に少し考える。


 ガザキ達にできる事は何か……。


「……いやいい。代わりに伝言頼む」


「なんて言えばいい?」


「拠点の守りを強化しろ、で」


 ナッツィナではクタニアの展開した聖域が非常に役立ったという。


 今回も何かの役に立つかもしれないし、それ故に敵に狙われるかもしれない。


 そして今回の敵は前回よりも人類に対する理解があるし、目と耳が良い。


 完全にフリーな死神の聖女を警戒して、何か手を打ってくる可能性を考慮すべきだろう。


 ソノヘンさんも気になるが、あちらは信じるしかない。


「できれば手数を減らしたくはないんだけど……分かった」


「手は十分あるだろ」


「内通者が居ないなら、ね」


 なるほど、教会に居るならギルドにも居る可能性は十分あるか。


 というか入り易さなら圧倒的にギルドの方が楽だし、間違いなく居るな。


 抜け目ないギルド長で頼もしい限りだよ。


「そんだけ頭回るなら、やっぱり俺が働かなくても大丈夫じゃね?」


「報酬弾むから! 将来の為だと思って頑張って! お願いだから!」


「はぁ……行ってくるわ」


 部屋から出ると、廊下には戦闘の痕跡がチラホラ見えた。


 町に出れば街灯や売り物、ゴミだったものが魔物と化して暴れている。


 面倒なので相手はせず、適当な建物の屋根に上って目的地に直進しよう。


 雨音と、人の叫びと、戦闘音が響く町を駆け抜けていく。





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