第141話


 俺は聖騎士に連れられて、地下の広い空間に出た。


「どこだここ? 誰も居ないけど場所合ってんの?」


「ここは訓練場です。それに、合ってますよ」


 そう言いながら聖騎士が剣の柄に手をかけるのが見えた。


 振り向きながら剣を抜き放つ、自称聖騎士の肘を蹴り剣を鞘に戻してやる。


 副次的に奴の肘の骨が砕けたようだが、些細な事だ。


「きっ、貴様っ! 私は――」


「知るか」


 間合いを詰め、拳に魔力を纏わせて背中を殴る。


 鎧を突き破り、腹の中に入った拳をスライムに変化させ、内側から溶解、吸収。


 驚きに見開かれた目のまま、自称聖騎士は死んだ。


 後から誰か来ても面倒なので全身溶かして吸収しておく。


「さて、こいつの記憶を…………あん?」


 全身を吸収したはずだが、記憶を読み取れなかった。


 逆説的に、こいつが人ではない事が分かる。


 吸収できたものを分析してみると、魔力が大半を占めていた。


「魔法で作られた分身か?」


 残った鎧はどうしようか。


 これは魔法で作られたものではないようだ。


 キドフォンスに見せれば何か分かるかもしれないが、俺に変な疑いが向けられる可能性もある。


「……ま、いいか」


 多少は疑われても良いという結論に至る。


 別に教会と仲良くしたい訳でもない。


 教会に取り込まれるなんて、もっての外だ。


 理想のヒモニート生活が遠のくどころの話ではなくなってしまう。


 俺の予想通りなら、本体か別の分身が、今頃聖騎士に通報でもしてるはず。


 訓練場らしいこの場所を見て回りながら待つとしよう。




 特に面白いものは見つからなかった。


 訓練する場所に面白味もクソもねーよと言われればその通りなのだが。


 暇になり、そろそろこっちから出向こうかと思った矢先に、複数の足音が近付いてくる。


 訓練場の入口からキドフォンスが四人の部下と思わしき聖騎士を連れて来た。


 俺は物々しい雰囲気の一行に、歩いて近付きながら声をかける。


「遅かったじゃん」


「……一つ聞きたい。ここで何があった」


 キドフォンスの後ろの部下達が剣の柄に手をかけるが、抜きはしない。


 どうも躊躇いが見える。


 思ってたのと違う……みたいな感じだ。


「そこに転がってる鎧を着てた奴が、お前が俺を呼んでるって言って、俺をここに連れ込んだんだよ。で、斬りかかってきたから返り討ちにした。死体は消えて鎧だけ残った感じ。その証拠に、鎧にゃ血の一滴も付いてないだろ?」


 血と死体が消えたのは、俺が吸収したからなんだけどね。


 魔力で出来た人形みたいだったし、言わなきゃバレないでしょ。


「私はそんな指示を出した覚えはないが……」


 キドフォンスは後ろを見やり、部下達は首を横に振る。


 どうやら全員心当たりが無いようだ。


「誰かが『訓練場で人殺しが起きた』とか通報して来たんでしょ? その、怪しいよね」


「――告発者を探せ。手の空いてる者にも手伝わせろ」


「ハッ!」


 キドフォンスは速やかに部下に指示を飛ばし、部下達も即座に訓練場から出ていった。


 俺は残ったキドフォンスに声をかける。


「その鎧、持ち主は誰か分からない?」


「調べてみよう」


 床に散らばる純白の鎧を手に取り、何かを調べるキドフォンス。


「本来、ここには個人を示す紋章があるのだが……」


「削られてる? それとも初めから刻まれてない感じ?」


「削られているようだ。うっすらとだが、傷がある」


 キドフォンスは険しい顔で鎧を置き、口を開く。


「この感じ……あの服に似ていないか?」


「あの服? ……ああ、孤児院の?」


「そうだ」


 あの黒い服の事か。


 確かに任意で魔力の分身を消せるなら似た状況は作れるな。


「そうだとして、俺を狙った動機は?」


「シスターを救った、君の洞察力と戦闘力を脅威に感じた何者かだろう」


「その仮説が正しかったとして、俺が『外なるもの』を倒してシスターを救出したと知れる者は?」


 俺の問いに、キドフォンスの顔が酷く歪む。


「……教会の……聖騎士団、それと司祭以上の地位を持つ者だけだ……」


 キドフォンスは心底苦しそうな声で答えた。


「すまない……やはり、教会内に……」


「それ考えたんだけどさ、俺て混沌神の使徒候補だし、教皇は死神の聖女を大教会に呼ぼうとしてたよね。反対する奴居ないの? 『邪教徒と手を組むなど言語道断!』とか、そういう感じの」


「それは……」


 言葉に詰まるキドフォンスを見て、何となく察する。


「教皇派みたいな派閥が、そいつらを潰しでもしたか」


「……必要な事だと、猊下も、私もそう判断した」


 これだけ大きな組織で、派閥が一つだけなんてあり得ないよね。


 とは言え、邪教反対派は極右的な保守勢力だと予測できる。


 なら『外なるもの』を利用するとは考えにくい。


「一応聞くけど、派閥って全部でいくつあるの?」


「すまない。全てとなると、多すぎて私には把握しきれていない……」


「じゃあ主要な大きい所だけでも良いよ、教えて」


「分かった、まずは……」


 長いキドフォンスの説明を要約すると、主要派閥は三つ。


 まず教皇派。


 敬虔な信徒として神に仕え、聖職者として清く正しく在ろうとする人が多い。


 信仰心の篤さを証明するため、この派閥に入る者は多いようだ。


 もっとも数が多い派閥らしい。


 次の枢機卿派。


 現実的で実務能力を重視している人が多い。


「どれだけ信心深かろうと、先立つものがなければ神々への奉仕は叶わない」といった主張をしているらしい。


 教会自治領の政治的な部分に携わる人材の多くがここに属している。


 最後に神学派。


 キドフォンス曰く、色々屁理屈こねて神々の秘密を暴こうとする連中との事。


 キドフォンスの主観が入りまくっているので、評価は当てにならない。


 個人的には興味あるのだが、俺自身が研究対象と見られたら面倒だなとも思う。


 三つの派閥の話が終わり、キドフォンスは一息ついた後、付け加えるように言葉を零す。


「本来であれば、あと一つあったのだが……」


「邪教撲滅委員会みたいな感じね」


「……まあ、そうだな」


「その派閥が潰れたとして、構成員は? 全員左遷でもしたの?」


「流石にそこまではしない。主要メンバーを田舎に送ったくらいだ」


 田舎と聞いて、ふとライズヘローで見た教会の連中を思い出した。


 考えてみれば、洗脳されてたら保守もクソもないな。


 保守派は保守派なりに教会に尽くしてきたのだろうし、それで切り捨てられたら自暴自棄になったり、茫然自失としてしまうだろう。


 そんな奴らなら、付け入る隙なんていくらでもある。


「頭痛くなりそう」


 スライムだし、ならないけど。


 嫌な予想が無限に溢れてきて、気分的に辛い。


「む、大丈夫か?」


「こっちの台詞なんよなぁ……」


「どういう事だ?」


「……まあいいや。シスターから話聞けた?」


 シスターの話に移ると、キドフォンスは真面目な顔で口を開く。


「ああ、彼女は懺悔をして、自らの罪を告発したよ……トークンと名乗る神父から、例の魔除けアミュレットの製造を依頼されていたらしい」


 これまた分かり易い名前だな、オイ。


「最初は彼女も怪しんでいたようだが、多額の前金と、町の人の為と言われ断り切れなかったそうだ。仕事をして金銭を得るという行いは、将来子供の為にもなるとも言われたらしい」


「良心に付け込まれたって事ね」


 敵は人情というものを理解していて、悪用する知恵があると。


「そしてこの『トークン』という名の神父は、少なくともこの大教会には所属していない事が分かった」


 本名で活動してたら逆に驚きだよ。


 だがこの調査自体に意味を持たせる事は出来るかもしれない。


「結局、裏で糸を引いている者については、何も分からないままだ……」


「シスターだけの情報で行き付けるほど甘い相手じゃないって事は分かったじゃん」


「そういう見方もあるか……そうだな、後ろ向きではいかんな」


 なんか手のかかる奴だな。


 真面目で、考えすぎで、善人で、苦労性。


 人としては良く出来た人物なんだろうけど、問題は多そうだ。


「で、これからどうすんの? 俺は傭兵ギルドと情報共有しに行こうと思うけど」


「ふむ……私も君に同行しよう」


 俺についてくるのか。


「通報……告発者だっけ、そいつは?」


「部下達に任せる」


「教会離れても報告受け取れんの?」


「部下には私の加護を分け与えているからな。その繋がりがあれば問題ない」


 加護を分ける……そういうのもあるのか。


「それって一人でも欠けたら分かる?」


「ああ、すぐに分かる。私だけでなく、部下もな」


「ラミトはその加護の分配みたいなのはしなかったの?」


「これは私の権能の応用だ。詳しくは話せんがな……では行こう」


 話を打ち切ってキドフォンスが歩き出す。


 正直、詳しく話せよと思う。


 『外なるもの』の攻撃の中には、そういった繋がりを伝播するモノがあっても不思議じゃないんだから。


 一応、後で警告くらいはしておくか。


 ため息を吐いて、俺もキドフォンスの背中を追って訓練場を離れる。


 聖女ラミトに関しては、最悪助けられない可能性も考えているが、仕事なのでやれるだけはやる。


 ソノヘンさんへの頼み事は、マークされてるなら陽動になり、ノーマークなら救出に繋がるはず。


 前者なら事件の黒幕に関する更なる情報、後者なら聖女の命、どちらに転んでも得るものはある。


 あとは傭兵ギルド次第だ。


 あのギルド長は、見た目の割にやり手っぽいので期待しておこう。





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