第140話


 ※ 三人称視点



 ギルド長のリュアピィが、二人の団長へ『外なるもの』についての説明を終える。


「世界の外から来たものだから『外なるもの』……安直だな」


 淡泊な反応のウルギアは、しかし興味はあるようで目を輝せている。


 作業服から工具を出してはしまうを繰り返すのは、彼女の興奮の表れだろう。


 ウルギアが本当に興味を示さない時は喋りすらしないのだ。


「実にロマンがありますなァ! ワタクシ、年甲斐もなくトキメキを覚えますぞ!」


 興奮気味に笑うレドリッチは全身が物理的に輝いている。


 生ける金塊のような姿で体をゆすって楽しそうにしていた。


 レドリッチが無駄に輝いている時というのは、大体何か企んでいる時だ。


 輝いてる顔をよくよく見てみれば、とても悪い顔をしているのに気付ける。


「で、ギルド長。その新人が倒した奴の素材は?」


 ウルギアがリュアピィに対して質問を投げる。


「え、ないよ?」


 眉を顰めて無言の抗議をした後、目線を隣の金ピカに移す。


「ナッツィナの復興と経済発展に役立てられてますなァ。素材の管理権は領主が持っておられますぞ。勿論知人から聞いた噂に過ぎませんが!」


「レドリッチ、よこせ」


「ご依頼とあらば仕入れる努力は致しますがなァ、しかし教会が隠しておきたかったモノの素材となれば、方々ほうぼうにお伺いを立てねば……という事でそこら辺りどうでしょう、ギルド長?」


「まだ待って欲しいかなーって。今回の件がどう解決するかで変わるから」


 ギルド長の「待った」に口をへの字に曲げて拗ねるウルギア。


 そんなウルギアを見たレドリッチは楽しげに口を開く。


「ギルド長がそう言うのであればァ! ワタクシとしても非常に心苦しいのですがァ! 諦めて貰うしかありませんなァ! ヌフウハハハハ!」


 煽るようなレドリッチの物言いに、据わった目つきになったウルギアが工具を取り出した。


「…………」


 そして無言で振るわれた工具をレドリッチは黄金化した手で受け止めようとするが、何かに気付き急遽回避に切り替える。


 いつの間にか、レドリッチの知らぬ所で黄金化が一部解除されていた。


「レドリッチ、煽るのも程々にね。ウルギア、事件解決が早まれば……」


「分かってる」


「ヌフフ、では謝罪の念を込めてワタクシから捕捉の情報をば……実のところ、ナッツィナの『外なるもの』の死骸から得られる素材は、未知ではあるものの、この世界に存在するモノで構築されているとの事ですぞ。まァ、これも噂ですが!」


「……そうか」


 レドリッチは損得に関しては極めて誠実だ。


 それはリュアピィは勿論、ウルギアも十分理解している。


 であれば、レドリッチの口から出た情報は全てではないにしろ、嘘は混じっていないのだろうとウルギアは判断する。


「(であれば、気にすべきは、この世界の外にある知識と技術)」


 ウルギアは思った。


 会いたい、調査したい、分析したい、解体したい、実験したい、研究したい……何より、世界の外を知りたい。


 そんな欲求がとめどなく溢れ出てくる。


「それとワタクシめが、例の新人が『毛殺し』と呼ばれた所以についてお話しましょうぞ!」


「いや、どうでもいい」


「あ、僕は興味ある。あのアリドって子、いまいち分からなくって」


「ギルド長が興味をお持ちになられる話をできるとは恐悦至極! では!」


 スッと立ち上がり、芝居がかった仕草で一礼した後レドリッチは口を開く。


「事の始まりは、ナッツィナに復興支援の仕事を請け負った傭兵が集まった時……」


 レドリッチは演劇のナレーションのように語り出す。


「先の一戦で活躍したという傭兵、アリドの姿を一目見ようと傭兵達が集まるのですが、彼の見た目は『人間』……つまりただの子供に見えたのです。多くの傭兵は落胆しました。こんな子供が……とね。中には見た目で侮り、少し脅してやろうと調子づく者まで現れる始末」


 語り出しは、リュアピィが若干シンパシーを感じる内容だった。


 このギルド長も幼女めいた見た目のせいで、色々苦労をしてきたのだ。


「しかし、それが『毛殺し』伝説の幕開けとなったのです! アリドは突っかかってきた傭兵をいとも容易く返り討ち! 人間と大人の猪の獣人、体格差は歴然としていたにも関わらず、フィジカルで!」


「……魔法だろ」


 興味なさそうなウルギアだったが、信じ難い内容に思わずツッコミを入れる。


「その疑問は当然です。しかしアリドは魔法を使ってなどいなかったのですよ。魔術もね。冗談みたいでしょう? 本当にフィジカルのみで勝ってしまったのです」


「流石に盛りすぎ……いや、魔人か?」


 リュアピィやレドリッチが注目する人物という事もあり、ウルギアはその回答に行き付く。


「ナッツィナでギルド長やってるスイフォアはその結論に至ったみたいだよ」


 リュアピィが、ウルギアと同じ答えにスイフォアが行き付いたと告げる。


 実際に『外なるもの』と対峙した、人間の姿をした魔人。


 ウルギアが興味を持つのに十分な要素が詰まっていた。


「アリドが『毛殺し』と言われたのはここからですぞ! なんと、彼が獣人の体毛を一撫ですると、毛がごっそり無くなってしまったではありませんか!」


「え……流石に可哀想じゃない?」


「馬鹿が痛い目を見た。それだけでしょ」


「そう、始めは喧嘩売って返り討ちにあった間抜けの末路として笑われる程度だったのです……事態の深刻さが傭兵達の間に広まったのは、返り討ちにあった間抜けが十を超えた辺りだったそうです……」


 声を潜めて、真面目腐った顔で深刻そうに語るレドリッチ。


「間抜けの中の一人が、自殺未遂を起こしました」


 その言葉に流石に驚きを隠せない二人は思わず口を開く。


「毛がなくなったのは可哀想だけど、魔法とか魔術で……」


「いや、それくらいは試しただろう。まさかとは思うが……」


 ニヤリと笑ったレドリッチは身振り手振りを加え、声を大にして語る。


「そう! そのまさかだったのですよ! 毛が! 魔法でも、魔術でも、薬でも! 二度と、どうやっても、決して生えてこなくなったのです!」


 二人は絶句する。


 どうしてそんな残酷な事が出来るのだと、この世界の常識を持つものであれば誰もが思う事だろう。


「髭を失くしたドワーフ、銀毛を失ったゴリラの獣人、トサカや色付き羽を失った鳥人……彼らは皆一様に失意の底に沈みました。男としての魅力と象徴の半分、種によってそれ以上を、永遠に失ったに等しいのですから」


 一部の獣人や鳥人には、特定の体毛で魅力を表現する種族が居る。


 ドワーフの髭もそうだ。


 それらは第二の性的象徴と言っても過言ではないほど、彼らにとって重要なアイデンティティだったのだ。


「え、そんな酷い事してたの……?」


「ドワーフの男がどれだけ髭を大切にしてるかは、アタシでも知ってるぞ?」


 アリドの所業にドン引きする二人。


 なお本人は「正当防衛で因子貰えてラッキー」としか思っていなかった模様。


「そうして話題の傭兵、アリドは『毛殺し』として恐れられ、良くも悪くも一目置かれる存在となったのでした……では、此度のレドリッチ劇場はこれにて閉幕とさせて頂きます」


 レドリッチは再び芝居がかった仕草で一礼した後、椅子に座る。


 一応リュアピィは軽く拍手をしてレドリッチを労った。


「いやでも、正当防衛にしてはやりすぎだよ、アリド……」


 拍手を終えた後、遠い目をして言葉を零すリュアピィ。


「しかし気になるな。二度と生えないのは、どういう技術だ?」


 対してウルギアは、被害者からアリドがやった事に興味が移った。


 彼女からすれば、間抜けを哀れむよりも技術を知った方が建設的だからだ。


「どうです、中々興味深い新人でしょう?」


「む……まあ否定はしない」


「目が離せないよ。何するか分からなくって……」


 リュアピィはアリドが混沌の使徒候補というのも知っていて、余計にそう思った。


「(混沌か……確かに場を掻き乱す能力は凄いんだよね、アリド……)」


 現在進行形で、事態が傭兵ギルドの思惑から外れつつあると、リュアピィ自身も感じていた。


「(たぶん教会もなんだよね……そして、見えない敵も)」


 リュアピィは、それが良い事なのか悪い事なのか分からない。


 だが先手を取られ続けている、今の状況を覆す好機になり得ると考えていた。


「はぁ……どうなっちゃうのかな、この先」


 しかし、どうしても悲観的になってしまうリュアピィ。


 ランゴーンでは死霊術師にギルドを乗っ取られていた。


 ナッツィナでは一部傭兵が眷属化と呼ばれる『外なるもの』の技術でスパイ化されていた。


 ある国の王都では最高位の傭兵団が全滅した。


 ここでは何がどうなるのか、リュアピィには……いや誰にも想像できずにいる。


「心配には及びませんぞ! 調査はワタクシ共にお任せあれ!」


「技術的解析が必要なものがあったら回して。アタシがやる」


「うん、ありがとうね、二人とも。でも気を付けて。今回の敵は、強い弱いじゃなくて、厄介な相手だから」


 どんな理由であれ、二人がやる気になってくれた事がリュアピィには救いだった。






 青い血が、美しかった白黒の髪を伝い、滴り落ちる。


 青い異界に取り残されたラミトが動くのを止め、どれ程の時間が経っただろう。


 彼女は祈る。


 ただひたすらに、神へと救いと導きをこいねがう。


 幼い頃から教会に近しかった彼女、祈る事が常習化していた。


 神との繋がりは、彼女の心の拠り所だった。


 しかしここは異界。


 元の世界とはズレた場所。


 故に、彼女が敬愛し、信仰する神への祈りは届かない。


 だから、もし、祈りに応えるモノがあるとすれば、それは世界の外の、に他ならない。


■■■■■■助けて欲しい?』


 雑音、異音、不快音。


 音の意味は分からないのに、含まれる意図は分かる、不可思議な感覚。


 けれど、それは、彼女をむしばむ底なしの孤独を薄れさせてくれるもので……。


 くらい虹色の瞳が、青い血肉を引き裂き、あらわれた。





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