第139話


 孤児院のシスターを脅して情報を引き出そうとしたら気絶してしまった。


「シ、シスター!?」


 慌てて抱え起こすキドフォンス。


「なんか思ったより脆い精神してんな」


「何を言っているんだお前は!?」


 なぜか怒られた。


「そいつは純粋な被害者じゃないんだし、立場を理解させるべきだろ」


 孤児に無賃労働させて金稼いでたんだったら結構黒いと思うけどな。


 確証は無いけど、家具とか随分と綺麗なんだわ。


 半分くらいは壊れてるけど、残ってるのはどれも新品のように見えた。


「それは……!」


「そいつが被害者面し続けて、誰が製造指示出してたかとかの情報をうやむやにされたらどうすんだ? 別の所で更なる被害者が出てくるのを待つのか?」


 俺の言葉に、キドフォンスは歯を食いしばって悔しそうに黙る。


 まあ俺としては別にこいつがシスターに甘いのは構わないんだがね。


 つまりは飴と鞭だ。


 俺が追い詰め、キドフォンスが優しくして拠り所になれば良い。


 そうすれば懺悔なりして勝手に情報を吐いてくれるだろう。


 正直にこれを言うと、キドフォンスは感情的に反発しそうだから言わないけどね。


 甘ちゃんは嫌いじゃないよ。


 誘導も利用しやすいから。


「とりあえず、そいつを重要参考人として教会に連れ帰るべきじゃないか?」


「…………そう、だな」


 キドフォンスは苦々しい表情のまま、気絶したシスターを抱きかかえて立ち上がる。


「ああ、そうだ。戻る前に証拠品になりそうな物を探すの手伝ってくれ」


 そう言って、俺は『外なるもの』が逃げ込んだ部屋に向かう。


 キドフォンスは何も言わなかったが、ちゃんと後ろについてきた。


 嫌われたかな?


 仕事さえキチンとしてくれるなら別に良いんだが。


「ここだ」


 壁には血の跡と、何度も殴ったような痕跡があり、床には金属板や工具、それと元は子供の服だったと思われる布が散乱している。


「これは……」


「子供はここに閉じ込められてたんじゃないかな。壁を殴ったのは恐らく子供を吸収した『外なるもの』だろうが、指や手で擦ったような血の跡はパニックになった子供達のものだろ」


 表情を歪め、青褪めた顔でゆっくりと部屋を見渡すキドフォンス。


 錆びた機械のように動いていた首が不意に止まり、目を見開き、視線がある場所へと固定される。


 その目線を追うと、そこには黒い服があった。


「これか?」


 そう言いながら拾い上げると、確かに子供が着るには大きい服だった。


 それに子供の服だったと思われる布きれに対して、この服は状態が良い。


 俺がキドフォンスに視線で促すと、ゆっくりと口を開いた。


「それは、神父が着る服だ……」


「なるほどねぇ」


 これは良い証拠になるかもしれない。


 教会に持って行くか。


「こんな……まさか、教会の中に裏切りものが……!?」


 キドフォンスが急に取り乱したように声を荒げる。


 発狂されても面倒だし、落ち着けるような言葉を選んでかける。


「いや、この服が盗品って可能性があるだろ。それに服自体は自治領の外にもある」


「あ……ああ、そうか……」


 精神的な余裕が完全に消えてんな。


 早いとこ教皇かハーゲンディにこの使徒とシスターと証拠品を預けたい。


 服の他にも魔除けアミュレットと工具も証拠品として持って行こう。


「……アリド、どうやって魔除けの効果を知った? この部屋と、あの『外なるもの』を見て分かったのか?」


 俺の手の中にある魔除けを見ながら、キドフォンスが質問をしてくる。


「ああ、シスターに言ったの? 半分くらいただの当てずっぽう」


「……は? いや、半分くらいとはなんだ?」


「一応『外なるもの』の能力と行動から推測した、整合性が取れてそうな説ではあるけど、確証が無いってこと」


「『外なるもの』の能力……」


「それはあの時に言った通りの内容だよ。実際に観測したものだ。まあ不可視のというよりって方が正しいかね。あるいは両方の特性を持つか」


 なんとなく「手」って言った方が伝わりやすいかなって思ってそう言った。


 言った後からもっと良い言い回しに気付く事は、あるあるだと思う。


「道……『外なるもの』の転移は、その見えない道を通っていると?」


「そうだよ。実際、不可視の道の終着点に転移してきたし」


「どうやって気付けたんだ……?」


「聖女の家の家政婦が言ってただろ、魔除けと聖女の間の魔力が希薄になっていたって。それが関係あると思って『外なるもの』と遭遇した瞬間から魔力視してた」


 おかげで初見殺しを回避できたし、家政婦さんには心の中で感謝しておこう。


「あと魔除けは、ギルド長の言った通り門として機能していて、聖女と魔除けの間の魔力が希薄になってたのは、不可視の道がまだ聖女と繋がってるからっていう推測もできた」


「……そっ、そうか!!」 


「あくまで推測だけどな」


「いや、だが整合性のある推理だ!」


 聖女救出の目途が立ったからか、急に元気になったな。


 空元気かもしれないが。


 まだ楽観視できるような状況じゃないけど、陰鬱になるよりマシか。


「じゃあ大教会行くか。そのシスターの持つ情報が鍵になる可能性は十分ある」


「ああ、急ごう!」


 俺も時間が惜しいので足早に教会へ向かう。


 懸念は二つあって、一つは俺が『外なるもの』を始末したせいで、魔除けと聖女を繋ぐ道が途切れてしまうこと。


 それならまだ対処法は思い付くが、問題はその逆。


 道が断たれなかった場合、魔除けの向こうにはまだ何かが居る可能性が出てくる。


 その場合、聖女は無事でいられるのか。


 無事だとして、それはいつまで続くのか。


 大教会まで走りながら、次に取るべき行動を考えておく。




 大教会に到着した後はシスターと証拠品をキドフォンスに任せて一旦別れる。


 聖堂を見て回ると、ソノヘンさんが丁度良く、その辺に居てくれた。


「やあ、ソノヘンさん」


「これはアリドさん。こんにちは、何か御用でしょうか?」


 身を寄せて周囲に目や耳がないかを警戒しつつ、小声で話す。


「聖女の件、知ってる?」


「……そうですね、立ち話も何ですし休憩室に案内しましょう」


 話が早くて助かる。


 ソノヘンさんは俺を空き部屋の一つに案内してくれた。


 当然、他の人は居ない。


 この部屋は普段から休憩用スペースとして開放されているとのことで、誰でも自由に使えるらしい。


 念のためにと俺は精密魔力視で、ソノヘンさんは音響測定ソナーの魔法で部屋に何か仕込まれてないかを調べる。


 二人で特に何も仕掛けられていない事を確認してから口を開く。


「ランゴーンでさ、リセイジアって婆さん居たの憶えてる?」


「ええ、岬の魔女と名乗っていた御方ですね」


「そう、あの人の助力が欲しいんだ……極力秘密裏にね」


 俺の注文を受けて、ソノヘンさんは考え込むように拳を口元に当てる。


「……成程、どこまでなら知られても大丈夫でしょう?」


「教皇とハーゲンディ。それ以外ならソノヘンさんが確実に大丈夫と思う人」


「一応、理由をお聞かせ願えますか?」


「教会に黒幕か、黒幕との内通者か協力者が居ると思う」


 キドフォンスにはああ言ったが、あの予想は外れてはいないだろう。


 考えれば考えるほど、外部の犯行とは考えにくくなった。


「聖女ラミトが懇意にしていた孤児院で、不審死事件の凶器になっていた魔除けアミュレットが作られてた。これが意図されたものなら、聖女がああなるもの計画の内だろう」


「つまり、黒幕は今の内に何かをしようとしていると?」


「うん、何かやるなら教会も傭兵も事件を追うのに忙しくしてる今だと思う」


「分かりました。ですが……」


 何か懸念があるのか、苦悩するようにソノヘンさんが弱音を吐露する。


「私の立場で、教皇猊下や使徒様と簡単に会えるかどうか……」


「行けるでしょ。なんか気に入られてるっぽいし」


「…………そうだと良いのでしょうが」


 偉い人に気に入られる事が不本意なのか、微妙な顔をするソノヘンさん。


 権力というものにまるで興味を示さない、そういう所なんじゃないかなと思うが、あえては言うまい。


「まあ無理にとは言わないよ。下手すると厄介な火種になるし」


「いえ、聖女様を救う一手として必要なのですよね? 最善を尽くします」


「ヤバそうだったら逃げてね? 死なれるのが一番不味いから」


「ええ、心得て……待ってください、誰かが近付いてきます」


 何者かの接近を感じ取ったソノヘンさんが、鋭い声で警告を発した。


 俺は窓際に寄り、外の状態などを確認しておく。


 窓のすぐ下は急な傾斜の岩肌が見え、大教会を覆う防壁まで続いている。


 空に目をやれば、濃い灰色の雲が地平線まで伸びていた。


 俺でも感じ取れるくらいまで気配が近付いて来た所で、日常的な会話を振る。


「雨が降りそうだ」


「そうですね。天気を予報できる獣人も今日は雨だと言っていました」


 ソノヘンさんもごく普通の態度を装い、話に乗ってきてくれる。


 適当な会話をしていると、扉の前で気配が止まった。


 数秒して、控えめに扉がノックされる。


 お互い目線を合わせた後、ソノヘンさんを手で制し、俺が扉を開ける。


 立っていたのは、純白の鎧を纏う聖騎士だった。


「休憩のところ失礼します。アリドさんですね? 団長がお呼びになっております。ご同行願います」


「はいよ……じゃあねソノヘンさん、また機会があれば」


「はい、アリドさんもお気を付けて」


 ソノヘンさんに別れを告げ、聖騎士の後について行く。 


 キドフォンスが何か新しい情報を見つけてれば良いんだが。





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