第138話


 ※ 三人称視点



 教会自治領の商店街と工業地帯は、不穏な喧騒があちこちから聞こえてくる。


 傭兵達による捜査が行われているためだ。


 商店街と工業地帯を縄張りとしている傭兵団は、当然良い顔をしない。


 しかし、ギルド長が直接声をかけるとなれば話は変わる。


 リュアピィは商店街にある、一見さんお断りの老舗の一室に、その傭兵団の団長の二人を呼び出した。


「ごめんね、急に」


「いえいえ! ギルド長の頼みとあらば喜んで協力しますとも! ワタクシ共は多くの、そして貴重な情報を提供できますからねェ!」


「うん、ちゃんと君たちの報酬には色を付けるよ」


「それはそれは! ワタクシ共としては依怙贔屓えこひいきされてると見られたくはないのですが……ギルド長の御厚意を無駄にする訳には行きませんなァ! 謹んで受け取らせて頂きますとも、ええ!」


 リュアピィの言葉に対して大仰に反応する男性は傭兵団「黄金郷エルドラド」の団長レドリッチ。


 その団の名を体現するように、金銀宝石が潤沢に飾り付けられた服装を身に纏う、白黒のグラデーションをした髪と金の瞳を持つガチョウの鳥人だ。


 彼の満面の営業スマイルによって見える歯は、全てが黄金色。


 リュアピィは彼の歯を見る度に「手入れが大変そうだな」と思うくらい、まばゆく綺麗な黄金の輝きを放っていた。


「ギルド長の頼みを聞くのはやぶさかではない。だが職人の聖地に土足で踏み入られるのは、余り気分の良いものではない」


 眉間に皺を寄せ、不機嫌さを隠そうともしない小柄な女性が口を開く。


 目つきの悪い男勝りな彼女は、傭兵団「鋼皇枢機」の団長ウルギア。


 油が染み付き、所々が黒ずんだ作業服を着ている、赤銅色の髪と瞳を持ったドワーフだ。


「ウルギアもごめんね。でも今回ばかりは譲れないんだ」


「そうですぞ、ウルギア殿! 今は傭兵一同結託して事に当たるべきです!」


「黙れ守銭奴。貴様はあの商会を出し抜きたいだけだろうが」


「はてさて、何のことやら? 我が団はどの商会とも良好な関係を築けてます故」


 二人の話が事件とは別の方向に盛り上がる前に、リュアピィは今回の件が重要な理由を口にする。


「今回の一件、場合によっては聖女様が死ぬから」


 二人の団長は口を閉ざし、視線をリュアピィに注ぐ。


 そして聖女が死んだ場合と、助けた場合のを頭の中で計算し始める。


 金の瞳と歯を煌めかせ、顎鬚をしきりに擦りながらレドリッチは言う。


「成程、どちらにせよ……ヌフフッ、ええ、我々は全力で協力しますとも! 元よりそのつもりでしたが、一層励むよう部下にも言い聞かせましょう!」


「ありがとうね、レドリッチ。君の言葉は信用してるよ」


 腕を組み、リュアピィを睨み付けながらウルギアは唸る。


「……つまり、非協力的だと疑われるってか? アタシらは頼まれた仕事をするだけで、その先は知らんぞ」


「ウルギアの言ってる事は分かるよ。でも痛くもない腹を探られて、やりたい事が遅れるのは嫌でしょ?」


 ウルギアは舌打ちで返事をするが、その怒りはリュアピィではなく教会に向けられたものだ。


「フン……聖女と言えど、所詮若造か」


「滅多な事を言うものではありませんぞ、ウルギア殿! それに若造と言えば最近話題になってる新入りが居るようではありませんか!」


「知らん」


「嘆かわしい! 工房に籠もってばかりだから世情に疎くなるのですぞ!」


「五月蠅い。殺すぞ」


 いつの間にかウルギアの手には金属を切断する工具が握られていて、空気を斬り裂きながらレドリッチの首目掛けて振るわれる。


 火花を散らし、灰色から黄金に変化した顎鬚が工具を受け止めた。


「長さはいつも通りで」


「死ね」


 ウルギアの手の中で工具が変形し、切削、穿孔、溶接と役割を変えるが、レドリッチの顎鬚を整えるだけに終わった。


「ん~、やはり無料というのは質が悪いですなァ! 技術も値付けするべきですぞ!」


「死・ね」


「あの、二人とも、お店壊さないでね?」


 二人のやり取りよりお店の心配をするリュアピィ。


 ギルド長の言葉を守り、店の設備を傷つけないよう器用に喧嘩する二人を見て、ふと先ほど話題に上がった新人、アリドについて思いを馳せる。


「アリドは上手くやれてるかな……」


「話題の新人ですな! 早速何かを頼んだようで!」


「うん、聖女の救助を頼んだよ。実績を鑑みた上でね」


 リュアピィの言葉に僅かに驚き、二人の喧嘩が一旦止まる。


「そいつは何を殺った?」


 ギルド長としての目利きを知っているウルギアも興味を持ち始める。


「ナッツィナで『快刃大牙』と共に『外なるもの』を撃破した」


「それ以外だと『毛殺し』としても恐れられてたとか、ナッツィナの友人から聞きましたなァ」


「……『外なるもの』って何だ? 守銭奴の方は意味が分からんぞ」


「今回の件で教会も隠せなくなるだろうからね。『外なるもの』について二人には先に話しておくよ……レドリッチには無用かもしれないけどね」


「まさか! そのような事はありませんとも! ワタクシはせいぜい小耳に挟んだ程度のものですから、ぜひ御教授くださいませ」


 二人は姿勢を正し、リュアピィの話を聞く体勢になる。


 レドリッチは答え合わせのつもりで、己の計画に問題がないか知るために。


 ウルギアは『外なるもの』という存在が、新しい研究材料か、「作品」の素材になり得るかを知るために。


 リュアピィは二人の秘めるものに気付きつつも、説明を行った。






 守護神の使徒キドフォンスは己の不甲斐なさを痛感していた。


 いざ『外なるもの』を前にした時、頭が真っ白になってしまったのだ。


 なぜ『外なるもの』が子供の声で喋るのか分からなかった。


 なぜ『外なるもの』がなぜ孤児院から現れたのかも、いつの間に町中に入り込まれたのかも、何も分からなかった。


 いや、キドフォンスは、本当は分かっている。


 心のどこかで「神の奇跡があれば何とかなる」と思っていた。


 被害も犠牲も最小限で収まり、教会が本気になればすぐに事件が解決すると、そんな楽観的理想を頭の片隅で思い描いていた。


 実際は、想像したくなかった事が現実になってしまったから目を逸らしただけだ。


 アリドに置き去りにされ、一人途方に暮れていたキドフォンスは、小さな物音を聞きハッとなる。


「(そうだ、アリドが言うにはシスターが隠れて……)」


 部屋を見渡し、音の発生源を探す。


 並んでいる小さなベッドは、異形の残骸――悍ましい肉塊に潰されている。


 壁にはクローゼットがあり、そこから音が聞こえてくる。


「私は教会の聖騎士団団長、キドフォンスだ。もう大丈夫、安心してくれ」


 キドフォンスはクローゼットに向かって声をかけた。


 クローゼットドアがゆっくりと開き、怯えた目を覗かせる。


 その目はキドフォンスを品定めするように見た後、後ろに転がる肉塊を見て恐怖の色を濃くする。


「大丈夫だ、もう怪物は動かない」


 キドフォンスは落ち着き払った口調と表情で安心させるように告げる。


 彼の纏う純白の鎧は、教会自治領に住む者にとって精神を安定させる効果があったのだろう。


 クローゼットドアが完全に開き、中からシスターが出てきた。


「(一人だけ……か)」


「聖騎士団の団長様……なら、使徒様なんですよね? 子供……子供達は、見ませんでしたか?」


 力なくキドフォンスに縋りつき、シスターは震える声で子供の事を聞く。


「……すまないが、私は見ていない」


 キドフォンスはそう答えるしかなかった。


 想像する事は簡単にできたが、それを口にするのは憚られた。


「ああ、そんな……じゃあやっぱり、あの声……」


「どうか落ち着いて、ここで何があったか聞かせてもらえないか?」


「使徒様……」


 シスターも想像はできていた。


 だが、彼女の心にその現実を受け入れる余裕も覚悟もない。


 だからこそ、言わずにはいられなかった。


「……どうして、もっと早く来てくれなかったんですか?」


 その言葉に、返す答えをキドフォンスは持ち合わせていなかった。


 八つ当たりのような言葉がシスターの口から吐き出される。


「どうして子供を助けてくれなかったんですか? 子供の声が聞こえなかったんですか!? 神様の奇跡で、何とかできなかったんですか!?」


「………………」


 シスターは涙を零しながら「どうして」と叫ぶ。


 どういう言葉を口にすれば良いか分からず、キドフォンスはただ彼女の八つ当たりを無言で受け止める他なかった。


「んな都合の良いもんある訳ねぇだろ」


 悲劇の役者のような二人に、横から刃物じみた言葉が飛んでくる。


 キドフォンスが目を向けると、アリドが戻って来ていた。


「そもそも子供がああなったのは、お前にも原因あんだろ」


「アリド、何を言っている? この人は被害者だろう?」


 アリドは返事の代わりに手に持っていたものをキドフォンス達に向かって放り投げる。


魔除けアミュレットの元となった金属板と加工途中のやつ。それと加工に使われる工具。工具に書かれてるのは子供の名前だろ? ここはあの魔除けの製造拠点だぞ」


 キドフォンスは鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。


 アリドの言葉を否定したくても、物証を出されては否定のしようがなかった。


 一瞬目の前が真っ白になりかけ、思わずよろめく。


「この魔除けアミュレットはあの化け物を呼ぶ装置として機能していた。魔除けとはよく言ったものだよ。嘘は言っていないんだからな」


「どういう……ことだ……?」


 絞り出すような声でキドフォンスはアリドに問う。


 シスターも信じられないといった顔でアリドを見つめていた。


「あの化け物だが、魔力と反発する不可視の手のようなものを持っていた。魔除けアミュレットがある種の門として開くと、不可視の手が出てきて対象を引き摺り込む。その際に魔力が押し退けられるから、魔除けと言えなくもない」


 アリドは「屁理屈じみてるがな」と付け加えて肩を竦める。


 二人は開いた口が塞がらないようであった。


「あと化け物の本体は門の向こう側にあって、門が小さいと不可視の手しか通れずに精神しか引き込めないようだが、魔除けアミュレットを繋げて門を大きくすれば本体ごとこっちにやって来れるんだろうな。で、実際に化け物が来て子供はああなった」


 アリドの言葉を聞いて、シスターは首を横に振る。


「知りません……私は知りません、そんな事……」


「子供に労働させてたのはお前だろう?」


「待てアリド。彼女を追い詰めても良い事はない」


「八つ当たりさせてても時間の無駄だろ。聖女どうすんだ?」


 聖女と聞いたシスターは、昨日の事を思い出す。


 やけに上機嫌だった彼女。


 何かを内緒にしていた子供達。


 その二つの情報から、最悪の結末がシスターの脳裏に浮かんだ。


「……まさか、聖女様まで」


「ああ、そのまさかだよ」


 アリドの肯定を受けて、シスターは目の前が真っ黒になり、床に倒れた。




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