第137話


 聖女ラミトの家から得た情報を元に、孤児院へ急ぎ足で向かう。


 結局、魔除けアミュレットに魔力は繋がっていなかった。


 だが、寝たきりのラミトと魔除けの間の魔力が薄くなっていると家政婦は言った。


 あとはその問題の魔除けが大事そうに仕舞ってあった事と、昨日上機嫌に帰ってきた事から、恐らく孤児院の子供からプレゼントでもされたのだろうと推理した。


「孤児院ってどんな所?」


 移動の途中、キドフォンスに行き先の情報を聞いてみる。


「すまないが、詳しくは分からない。私が知っている事と言えば、あそこは教会の管轄だという事くらいだ」


「孤児の人数、あと孤児の面倒見る人の数とかは?」


「……確か、管理者は教会から厳選された人物が派遣されている」


 キドフォンスは孤児院に詳しくはないようだ。


 なら実際に行って確かめるしかないか。


 孤児院まであと少しといった所で、行き先から轟音が聞こえてきた。


「なんだっ!?」


「順当に考えて、証拠隠滅じゃね?」


「なら急がねば!!」


 孤児院までの道を走るキドフォンス。


 俺はその一歩後ろをついて行く。


 守護神の使徒だってんなら、仮に『外なるもの』が居ても一発は耐えれるだろう。


 できれば初見殺しを引き受けてくれ。


『しすたー、しすたぁー、どこぉ? どぉこぉおおおおおお?』


 孤児院の庭のような所に到着した辺りで子供の合唱のような声が聞こえてくる。


 音の発生源は孤児院内部だ。


「孤児達か!?」


「たぶん違うぞ」


 キドフォンスは声音からそう判断したようだが、まず間違いなく違う。


 子供ならもっと感情が籠もるし、個々で叫びが違うものだ。


 泣き声一つないのも違和感がある。


 あんなコンクールの合唱のように綺麗にハモる事はない。


「注意しろ。あと覚悟もしろ。何が出てくるか……」


 孤児院の壁が崩れる……いや、内側から破壊される。


 土煙の向こうから現れた姿は異形。


 赤と白の筋肉繊維を剥き出しにしたような、縦横三メートルほどの巨体で、無数の目玉、口、手足が無作為に生え、蠢いている。


 その巨体の頭頂部と思われる位置には、人や獣人、魚人の皮膚を繋ぎ合わせたものが垂れ下がっていた。


 繋ぎ合わせの皮膚は、その巨体の一割程度しか覆えていない。


 異形が一歩踏み出すと、支えとなった手足から赤い液体が細く短く吹き出し、壁や地面に赤黒い染みを残す。


 無数の目はそれぞれが意思を持つようにギョロギョロと動き回り、対して口は単一の意思の元で動かされているように異口同音に言葉を紡ぐ。


 相変わらず『外なるもの』は見た目からしてキモイ。


「――なんだ、あれは?」


 キドフォンスが愕然としたように言葉を零す。


 後ろから顔は見れないが、どんな顔をしてるかはありありと予想できる。


「固まるな」


「……っ! すまない!」


 一々固まってたら先制攻撃された時死ぬか、死ぬより酷い目に遭うぞ。


 ソースは俺。


 キドフォンスが再起動したところで、目玉の一つが俺達を捉える。


「誰かいるぅー」


 口の一つがそう言うと、無数の目玉が一斉にこちらを向いた。


「誰ぇ? 知らないぃ。一緒になればわかるよぉ」


 自分一匹で会話している『外なるもの』……いや、言動からして混ざってるのか?


 自我があるまま取り込まれて、思考や魂が改変されてる感じだろうか。


 シンプルに邪悪だな。


 不意に『外なるもの』の姿が消えた。


「きっ、消え……っ!?」


 慌てるキドフォンスは無視して精密魔力視で周囲を視る。


 すると魔力を掻き分けて、見えない何かがこちらに向かって伸びて来ていた。


 すぐ傍まで。


「チッ!」


 キドフォンスを蹴り飛ばし、俺もその場を離れようとしたが、敵の方が早かった。


 蹴ったキドフォンスはそのまま転がって行ったが、俺の足が付け根まで飲み込まれる。


 いや、飲み込まれるというより、同化している。


 得体の知れない異物が、足を通して俺の身体に入り込もうとしてくる。


「クソが!」


 侵食された部分に変質魔力『破壊』『爆発』を付与し、『分離』で同化された部分を切り離す。


 まだ俺の一部という扱いなのか、魔力自体は問題なく込められた。


 問題はちゃんと爆発してくれるかだが……それは杞憂に終わってくれた。


 至近距離で爆発した元自分の足に吹き飛ばされ、『外なるもの』から距離を取る。


「ああああああああああ!! 痛いぃ! 痛いぃぃいいいい! どうして!? どおしてぇぇええええ!?」


 俺の分離自爆は『外なるもの』にダメージを与えられたようだ。


 無数の口がそれぞれ悲鳴や苦悶の叫びを上げ、目から赤や透明の液体を垂れ流す。


 子供のように手足をばたつかせて、巨体が地面をのたうち回る。


 足の再生を速やかに済ませて追撃を行う。


 変質魔力『破壊』と『加速』を纏った触手による一撃を叩き込むと、悲鳴が一層大きくなった。


「なおんないよぉ! つながんないよぉ! しすたぁー、おねぇちゃぁん、たすけてぇええええ!」


「みんなぁー逃げようよぉー」


 子供の声ではない、くぐもったしゃがれ声が響く。


 その声に従うように、好き勝手暴れ回っていた手足の統率が戻った。


 声の発生源……そこが重要な部位だと当たりをつける。


「皮膚の下か」


 そこに向かって触手を放つが、届く前に姿が消える。


 精密魔力視で行き先を特定しようとしたが、目視できる範囲ではなかった。


 向かった先には孤児院内部。


「い、今のは……?」


「話は後」


「どこ……」


「中」


 悠長に話をしてる場合ではない。


 最初にシスターを探していた事から判断するに、まだ生き残りが居るはず。


 脳を増やして魔力視の精度、認識速度を強化して、『外なるもの』が空けた壁の穴から孤児院に突入する。


 ソノヘンさんの因子から振動に関する能力を強化し、索敵を行う。


 微かな息遣いを一つ、大きな振動を一つ捕捉する。


 位置はそれなりに離れているが、あの異形は瞬間移動する手段を持つ。


 距離は当てにならないだろう。


 不意に振動が消え、二秒程度後に再び現れた。


「(初見の時より遅くなった……距離か? あるいは障害物越しだと時間がかかる?)」


 俺の足と同化した時は、消えてから一秒もせずに現れたはずだ。


 人と同化する事で強化されていくタイプなら、俺がその部分を削ったからとも考えられる。


 考えながらも走り、『外なるもの』よりも先に生存者が隠れてる場所に辿り着く。


 周囲を見渡すと、魔力を掻き分ける何かが丁度部屋に入って来た。


 微妙に危うい位置にいるキドフォンスを再度蹴り飛ばし、出現と同時に攻撃できるようスタンバイしておく。


「しす……」


 変質魔力『破壊』『膨張』で肥大化させた黒いスライムの手で『外なるもの』を掴む。


 繋ぎ合わせの皮膚と、その下を握り潰すように。


 対する皮膚の下にあった部位は、巨体に潜り込んで逃げる。


 黒い手をそのまま振り下ろし、真ん中から真っ二つにした。


 悲鳴はなかった。


 全ての目口、手足が力を失い、大量の血を溢れさせながら動かなくなる。


 よろよろと起き上がったキドフォンスが、動かなくなった『外なるもの』を見て口を開く。


「……や、やったか?」


 おいやめろ馬鹿、フラグ建てるな。


 動かなくなった巨体の陰から伸びる、魔力を掻き分ける何かに気付いたのはその時だ。


「チッ」


「アリド?」


「そこに隠れてるシスターを保護してろ」


 キドフォンスに指示を飛ばし、その何かの根元を目掛けて攻撃をする。


 肉片を破壊した先には、茶褐色の枯れ枝に似た『外なるもの』が居た。


 二撃目を入れようとしたが、その直前に姿が消えてしまった。


 だが魔力を掻き分ける何かは残っている。


 近付き過ぎないよう注意しつつ、行き先を追う。


 途中でその何かが消えるものの、魔力密度の薄い所を追って行けば問題ないはず。


 奴が消えてから十秒くらいは残っていたな。


 弱体化してるなら今の内に仕留め切りたい。


 行き付いた場所は、扉が壊され、魔除けアミュレットが大量に散らばった部屋。


 その部屋の中央には、一本しかない腕で魔除けを必死に搔き集める『外なるもの』が居た。


 足も一本しかない……というか、肉を壊した際に手足も巻き込んだっぽいな。


 そういった感じの傷がある。


 俺の到着に気付いた『外なるもの』床を這いずりながら逃げようともがく。


「■■■■、■■■■」


 何かを訴えるように声にならない音を漏らし、枯れ枝のような体を震わせている。


 まるで怯えるヒトのようだ。


 だからなんだって話だが。


 変質魔力『破壊』を纏う触手で、『外なるもの』を塵も残さず破壊し尽す。


 影も形もなくなった事を念入りに確認し、撃破を確信してから緊張を解く。


「……はぁー……いや、初見殺しが過ぎるだろ」


 なんだよ、同じ座標に瞬間移動して同化するって。


 重なり具合次第で即死じゃねーか。


 今回は事前に家政婦さんが精密魔力視でヒントを見つけたから、その流れで対処法を初手で見抜けたが、このままじゃいつか死ぬ予感しかない。


 手札を増やしたいが、一番うま味のある人類は大っぴらに吸収できない。


 ナッツィナでは突っかかってきた傭兵の因子と魔力を片っ端から吸収してたが、何か悪い噂が立ったのか、ある時を境にパッタリと喧嘩売ってくる傭兵が居なくなったんだよな。


 朝の見習い傭兵が久々の人類の因子吸収だった。


 思考が関係ない方に逸れたな……切り替えよう。


「強さからして、たぶん呼ばれて間もない『外なるもの』だよな、今の奴」


 魔除けアミュレットの流通も、ここ最近の事だろう。


 だが計画はいつからだったのか……これはギルド長に期待しておくとしよう。


「この部屋、調査しておくか」


 何か見つかれば良いんだがね。


 しかし何か忘れているような……。


「……あ、聖女」


 聖女ラミト、さっきの奴の異界に囚われたままじゃん。


 なんか頑張って勝手に帰ってきてほしい。


 無理そうだったら……どうしようね?




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