第135話


「ギルドとしてはこの依頼を発行する訳にはいきません! 無理です! 駄目です!」


「教会にこの要求をしたのはアリド個人であり、ギルドは一切関係ない事を神に誓って照明する」


「それを認めたら、ギルドは傭兵から信用も信頼もされなくなるんですぅ! 社会からの評価なんて二の次なんですぅ!」


 結局二人の話は平行線になってしまった。


 めんどくせえな。


 原因俺だけど。


 一応、パッと思い付いた代案でも出してみるか。


「俺が傭兵辞めたら?」


「教会が圧力をかけたと思われるだろうな……」


「それは結局、ギルドは傭兵を守れないって思われちゃう。事実がどうこうではなくて、そう見えるっていうのが問題なの……」


 これだから人類ってのはよぉ。


 もっと雑でいいだろうに。


「じゃあなんか散歩してたら巻き込まれたとか、そんな感じで良いんじゃない?」


「それは……いや、それだと教会が報酬を渋ったように……」


 キドフォンスは「教会にもメンツがある」と暗に言ってくる。


「あ、そっか、それで後から教会が恩賞という形で報酬を出せば良いんだね」


 お、ギルド長がなんか良い感じの案を出したな。


 とりあえず言ってみるもんだな。


「ふむ……確かにリュアピィ殿の案なら双方の主張が反発する事はないはずだ」


 キドフォンスも納得したようだ。


 そしてギルド長の名前はリュアピィというらしい。


「なんか微妙に言いにくい名前だな」


「え、なんで急に僕の名前乏したの?」


「思った事を口から垂れ流してるだけだから気にすんな」


「早速だが、情報共有といこう」


 空気を読まずキドフォンスが仕事の話を始めた。


 まあ別に良いけど。


「情報共有と言っても、俺から出せる情報はないぞ」


「傭兵ギルドからは、各地区で見回りしていた傭兵から寄せられた情報があるかな」


「教会からもギルドと似たような情報を出せる。まず私から話そう」


「あ、地図用意するね」


 ギルド長が机の上に地図を広げると、キドフォンスが地図上に指を滑らせる。


 キドフォンスは手早く、簡潔に纏められた情報を出していく。


 被害者の位置、状況、身の回り、前日の目撃情報などだ。


「ギルドからはそこまで細かい情報はないけど、一応知ってる事を話すね」


 ギルド長は「うんしょ」と言いながら机に上半身を乗り上げ、地図上のあちこちを頑張ってあざとく指差して回る。


 出す情報は被害者の位置と身の回り、目撃証言などだ。


 被害者の位置は町中にバラけていて、法則性は見えない。


「共通してんのは、その魔除けアミュレットってやつだな。怪しいのはコレか?」


「そうだな、教会もその認識だ」


「うん、これだと工業地帯とか商店街を重点的に調べた方が良いかな」


「人海戦術で行くならそれで良いんじゃね。それなら俺が手伝う必要ないし」


「それで流通を止める事はできるだろうが、ラミトの救助が叶わない。これが『外なるもの』によるものであるなら、そいつを排除せねば」


「アリド、論点ずらしちゃ駄目だよ?」


 安心してくれ、わざとだから。


 また『外なるもの』と戦う事になりそうで現実逃避したくなっただけだから。


 四度相対したが、あいつら初見殺し持ってるんだよなぁ。


 俺のチートじみた魔力とスライムな事が関係ない、夢の『外なるもの』相手には成す術がなかったという嫌な思い出がある。


 心の底から相手したくねえ。


「アリド、君は複数回『外なるもの』と相対している。今回の敵に対し、何か予想はできないか?」


「んー……寝たきり目を覚まさないってなると、精神とか魂だけが、この世界とは別の、『外なるもの』が創った異界のような空間に囚われてるんじゃないか? で、そこで死ぬだか、なんかしたら二度と目覚めなくなる感じかも?」


 聖女の症状はランゴーンの眷属がばら撒いてた秘薬服用者に近い印象を受ける。


 俺の予想を聞いたギルド長が首を傾げながら口を開く。


「そうなると、魔除けアミュレットは精神や魂を運ぶ通路になってるって事?」


「いや知らんが、まあ確かにそれなら辻褄合うんじゃね? もしくは『外なるもの』が獲物の位置を特定するための目印ビーコンとか」


「目印になってるなら、もっと被害が出るとはずだと思うし……いや、その異界に引き込める人数に限りがあったら別なのかな?」


「まあそこは実際相対するまで分からん事だ。今考えてもしょうがない」


「でも……いや、うん、アリドの方が経験多いし、アリドの判断を信じるよ」


 相対しても分からんかもしれんがな。


「どうやったら、その異界とやらに行ける?」


 キドフォンスが真剣な顔で聞いてくる。


「その魔除けアミュレットとやらを手に入れて、なんかして寝れば良いんじゃね?」


「なんかとは?」


「知らん。そもそも俺はその魔除けの現物を見た事がない」


「そうか……いや、そうだな、すまない」


 どうも焦りが見えるな。


 気持ちは分かるが、判断を誤られては困る。


「使徒殿、聖女殿はどこで魔除けアミュレットを入手したか知ってますか?」


 一方、冷静さを保つギルド長は、キドフォンスが先走りそうな気配を察してか思案必至な話題を振る。


 このギルド長、見てないようでよく見てる。


 俺の事もかなり観察されてそうだな。


「む……確かに、言われてみれば……」


「さっきの情報共有だと、聖女は自宅で見つかったんだっけ? 大教会から聖女の自宅って直線距離で結ぶとどこになって、何がある?」


 俺が質問を投げると、キドフォンスは再び地図の上に指を滑らせる。


「ここからここだ。間には……修道士の宿舎と……ああ、ここに孤児院があったな。後は教会と縁の深い人物の家や、観光客や旅行者、巡礼者向けの店がいくらかある」


 宿舎、孤児院、教会関係者、店か……そういや一個気になってる商会あるんだわ。


「その中にコーラス商会と縁のある店ってあるか?」


 俺の質問にキドフォンスは答えられない様子だったが、代わりにギルド長が答えてくれる。


「どこにでもあるよ、あの商会の手が回ってるお店は」


「そうか」


「当然商店街にもあるし、工業地帯のいくつかの工場に投資もしてたと思う」


魔除けアミュレットの製造に関して気にしといてくれ」


「……うん、分かった。アリドの事だし、疑うだけの理由はあるんだよね?」


 なんでそんなプレッシャーかけてくるの、このギルド長。


 ナッツィナのギルド長も妙に俺を持ち上げてきたが、褒めて伸ばす方針なの?


 俺みたいなのには逆効果だぞ、気付け。


「そう言えばナッツィナの事件ではコーラス商会が『外なるもの』に与していたとの話だったな」


 キドフォンスが思い出したように口にする。


「確かスイフォアからの報告書にもあったね。一度あったなら二度あっても不思議じゃないか」


 ギルド長も、あの商会に注意を払う事に異論はないようだ。


 俺はランゴーンで、ソノヘンさんから疫病の流行と同時期に来たって聞いた時に引っ掛かりを覚えた。


 ナッツィナの一件で確信にかなり近付いた感じだ。


魔除けアミュレットの製造を依頼した奴は必ず居るはずだし、そいつはほぼ確実に『外なるもの』に関する知識を持っている。その知識をどうやって手に入れたのか、そいつは個人か、集団か……敵は『外なるもの』だけじゃないからな」


「うん、分かってる。そっちはギルドに任せて」


 頼もしい事を言ってくれるじゃん、ギルド長。


「じゃあ俺は『外なるもの』撃破に向けて動くわ。キドフォンスは聖女の家までの案内と聞き込みの協力をしてくれよ? 俺一人じゃ門前払いくらうだろうし」


「ああ、勿論だ」


 キドフォンスは力強く頷いて答える。


「僕は副長達にこの話し合いの結果を伝えて、集めた情報を整理しておくよ……使徒殿、御武運をお祈りします。貴方に神の祝福があらんことを」


「リュアピィ殿も、神の祝福があらんことを」


 話が終わり、三人して部屋を出て、それぞれ行動を開始する。


 まずは聖女の家だな。




 足早に移動をして、キドフォンスと共に聖女の家に到着した。


 聖女の家というので豪邸をイメージしていたが、普通の家より少し裕福そうって印象の家だった。


 玄関のノッカーを鳴らすと、熟れた美女といった感じの家政婦が出てくる。


 彼女はキドフォンスを見て安堵の表情を浮かべ、次に俺の顔を見て首を傾げた。


「急な来訪、失礼する。此度は情報提供をして貰いたく訪問した」


「はい。私で答えられる事なら、なんでも……」


「アリド……ああ、こちらは今回の件の協力者だ。使徒として彼の能力は保証する」


 キドフォンスの言葉に驚きを浮かべつつ、家政婦は俺に目を向けた。


「じゃあ質問、聖女が、どこから魔除けアミュレットを持ち帰ったか知ってる?」


 俺の無遠慮な言葉に、家政婦は一瞬表情を強張らせるが、すぐに平静を取り戻す。


 聖女と呼び捨てた辺りで強張ったので、反応だけなら白っぽい。


「すいません、ラミト様がどこから持ってきたかは知りません」


「被害者に共通してる点が魔除けアミュレットなんだけどね、知らないならしょうがない」


 俺が話を切り上げようとすると、家政婦は慌てた様子で追加の情報を出してくれる。


「あ、ですが、昨日帰宅したラミト様が大変上機嫌でしたので、孤児院で何かあったのかと思われます」


「孤児院ね……つまり彼女はそこの子供達と仲が良い?」


「ええ、そうです。普段は大教会に泊まり込みで職務を全うなされているラミト様ですが、数日に一度は帰ってきます。その帰宅の際に、必ず孤児院に寄って来られるのです。ラミト様の性格もあって孤児院の子供からは大変慕われておりまして……」


「あー、話をぶった切るようで悪いけど、次の質問いいかな?」


「……これは失礼を。はい、どうぞ何なりと」


 口元に上品に手を添えて、軽く腰を曲げて謝罪をしてくる。


「昏睡状態の彼女を魔力視で見た? 魔力はある? 増えたり減ったりしてない?」


「いえ、すいません、そこまで確認しておりませんでした」


「精密な魔力視ってできる? できるなら視てきてほしい。できないなら俺が視る」


「問題ありません、確認してまいります……申し訳ありませんが、少々お待ちください」


 心なしキドフォンスの方を向いて一礼をして、家政婦は家の奥に引っ込んだ。


「アリド……」


「あの態度なら、家政婦は白寄りで良いかもね」


 何か言いたそうなキドフォンスの言葉を遮り、俺の意見を告げる。


「なっ!?」


 声を上げて驚くキドフォンス。


「彼女を疑って……いや、白寄りという事は、まだ……」


「疑ってるよ。信じるためには、まず疑うもんだ」


 実際、初手で疑うか信じるかは状況によりけりケースバイケースなんだけどね。


「それは、どういう……」


 キドフォンスの疑問を遮るように、家の中から足音が響いてくる。


 早いな。


 再び玄関扉を開けて出て来た家政婦は、少し青褪めた顔をしていた。


「どうだった?」


 俺が聞くと、家政婦は唇を震わせて答える。


「……それが、まるで消えかかっているようで……一体、どうすれば……」


「魔力が魔除けアミュレットに伸びてたりはしなかった?」


「え? ……あ、いえ、すいません、冷静でいられなくて……」


「もう一度視てくる? それとも俺が入って視ても良いかな?」


 家政婦は形の良い眉を歪め、一瞬の逡巡を見せるが、意を決したように口を開く。


「すいません、もう一度視てまいります。他に何か視るべきものはありますか?」


「あんまないけど……じゃあ一応、体温と呼吸もお願い」


「分かりました。大変申し訳ありませんが、今一度時間を頂きます」


 俺は家政婦を見送って、報告を待つ事にする。


 キドフォンスも聖女の状態を知ってか、さっきの質問を掘り返す余裕はないようだ。


 あとあの家政婦だが、たぶん自分の仕事に誇りを持つタイプだろう。


 ひとまず信じても良さそうだ。




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