第134話


 過去に吸収した人の記憶を読み直していたら朝になっていた。


 分かったのは『外なるもの』の侵略は俺が転生する以前から始まっていた事。


 あとは最初の下水の上にあった町の名前と、下水に邪教徒が来た経緯だ。


 人と色んなブツをまぜまぜするので邪教徒呼ばわりもやむなしな連中だったが、一応『外なるもの』の脅威を認識していたらしい。


 破壊神の聖女を名乗る人物から言われてあの町の貴族と交渉し、下水に拠点を築いたそうな。


 外敵の対策してた邪教徒らが傭兵に討伐されてたから、あの町もう終わってそう。


 情報集めれば集めるほど嫌な事しか判明しねぇなホント。


 副団長の用意した朝食を食べながら今日の過ごし方を考えていると、見知らぬ二人組が入って来た。


「確かに見慣れねえ奴が居るな……テメェがアリドか?」


 二人組の片方が声をかけてくる。


 しかし今、俺は食事に忙しいのだ。


「おい、無視してんじゃねぇぞ!」


「カテヌン、客人への無礼は控えなさい」


 副団長が窘めるものの、余計にヒートアップするヤンキー傭兵。


 天に向かってツンと立ってる茶髪と、ピンと立ったケモミミ、三白眼と粗野な口調が相まってヤンキーにしか見えない。


 ちなみにもう片方はスキンヘッドのいかついおっさん。


 腕から羽毛っぽいのが見えるので、たぶん鳥人。


「カフィード、俺たちゃ団長からアリドって奴を呼んで来いって言われてんだわ」


 ハゲがそう言って、俺を指差す。


「こいつがそうなんだろ?」


「いい加減何とか言ったらどうなんだ!? おい!」


「なんとか」


 一瞬硬直した後、ヤンキーの顔が一気に赤く染まる。


「舐めてんじゃねぇッ!!」


「カテヌン!」


 拳を振り上げたヤンキーに対し、副団長が声を荒げる。


 しかしヤンキーは止まらず、副団長の制止を無視して殴りかかってきた。


 俺は振り下ろされた拳をキャッチして……どうしよう。


「なッ!?」


「とりあえず、力関係を示す必要がありそうだな?」


 掴んだ拳に徐々に力を込めていく。


 驚いたヤンキーは拳を引こうとするが、俺の手からは逃れられない。


「痛かったら言ってねー」


「舐めるなってんだろうがッ! こんなん何て事ねえッ!」


 威勢よく吠えるヤンキーだが、骨が軋み出すと流石に顔が歪む。


「降参したら放してあげるよ」


「ふざッ……けんなッ!」


「ところでこいつら誰?」


 副団長の方を見ながら聞いてみる。


「一応、ウチの団員です。未熟者でして、ナッツィナへの遠征には参加させずに、この町で経験を積ませておりました。ここ数日は近郊の魔物退治の仕事を受けていて、アリドさんが来る頃は丁度いませんでした」


「ふーん」


 脂汗を浮かべ、床に膝をついて呻き声を上げるヤンキー。


 根性はあるな。


「辛いなら敗北宣言してもいいんだよ?」


「だ、れが……ぐぎぃ……」


 仕方ないので力を増すと、枯れ木が砕けたような嫌な音が響く。


「あ」


「ぐぅぅううううッ!」


「仕方ない……反対の手、握るね」


「ッ!?!?」


 ヤンキーが逆の手を引っ込めるより早くその手を掴む。


「両手の次は、まだ両足があるし、その次は肘とか膝とかにしようか」


「ま、待てよ……何言ってんだお前……?」


「正当防衛。ほら、先に暴力振ったの君だから。許してほしいなら早く謝って」


「ふざけ……いぎぃぃ……」


 魔法や魔術のある世界だし、多少無茶が利くから遠慮しないぞ。


「…………くっ、俺が、悪かった、許して、くれ」


 良し、プライドを捨てたな。


「やだ」


「はあッ!? なんッ……いでえッ!!」


 満面の笑みを浮かべて謝罪を拒否り、力を込めるペースを早める。


 さあ楽しい躾けの時間だぞ、ワンコヤンキー。


 そう思っていたが、流石に別の所から「待った」がかかる。


「アリドさん、後遺症が残るような怪我をさせるのは、どうか勘弁願えませんか?」


 副団長からお願いされては仕方ない。


「貸し一つね?」


「……ええ、はい。承知しております」


 副団長は色々な感情が込められてそうな吐息を零す。


 俺は貸し一つ作れて満足だ。


 こういう手合いはナッツィナで――外から来た傭兵の中に――それなりに居たので慣れている。


 見た目で侮られやすいからね、仕方ないね。


 でもまあ、この外見が俺の目論見通りの役割を果たせているという証左なので問題はない。


 握り砕いたヤンキーの手を再度掴み、魔術『再生』を施す。


「――――ッ!?」


 手が治っていくと同時に、涙と鼻水を垂れ流し、息を吐き出し続けるヤンキー。


 骨の治る過程がきっと痛みを伴うのだろう。


 治癒が完了すると、ヤンキーは一気に息を吸い、荒く呼吸を繰り返す。


「で、そっちの君は……」


「流石アリドさん、団長が『俺より強い』って言ってただけありますね! 何かあればこのリムーモに何なりと申し付け下さい!」


「……あ、うん」


 すげえ、このハゲ、手の平を揉みながら完璧にへりくだった笑顔をしてやがる。


 ここまで素早く完璧に手の平を翻す傭兵はナッツィナでは見なかった。


「で、ガザキが俺を呼んでるって?」


「はい、説明させていただきます! 何でも例の不審死が複数件同時に起きたとかで、教会から正式に傭兵ギルドへ支援要請が来たらしいです!」


 もう複数出たか。


 今回の敵は堪え性がないのかな。


 あるいは人類の事を餌程度にしか認識してないか。


「別に俺が指定されてる訳ではないと」


「ウチの団長とギルドの副長が何やら話しをした後で呼んで来いってなったんで、たぶんギルドから名指しされたんじゃないですかね?」


「ああ、そう」


 面倒だが、仕方ないか。


「はぁ……行くか」


「お供します、アリドさん! おい、カテヌン、いつまで丸まってんだオメエ」


「ぜぇ、はぁ……クソッ、分かってんだよ……」


 そういやソノヘンさんから学んだ魔術『再生』だけど、凄く疲れるんだっけ。


 ヤンキーの顔が心なしかげっそりしてる。


 膝が笑っているが、どうにか立ち上がってみせたヤンキー。


「根性だけはあるのな」


「うるッ……いや、何でもねえ……」


「オメエ馬鹿か? 身の丈に合った態度取れよ」


「うるせえんだよ、リムーモ。俺は俺だ」


 じゃれ合うハゲとヤンキーを横目に副団長に声をかける。


「じゃ、後はよろしく」


「はい、いってらっしゃいませ、アリドさん」


 副団長の言葉を背に受け、俺は傭兵ギルドへ向かった。




 チンピラにしか見えない二人を率いてギルドに到着すると、出迎えがあった。


 迎えに来たのは、以前見たギルド長の左右に居た副長の内の一人で、女の方。


 その副長が俺に向かって口を開く。


「おはようございます。アリドさん、貴方は私について来てください。そちらは傭兵団『快刃大牙』の傭兵ですね? 闘技場舞台に向かってください」


 ハゲは適当に返事をして、ヤンキーは言葉もないくらい疲れているが、その足で言われた場所に向かったようだ。


「俺だけ別な理由は?」


「部屋に到着次第お話します。こちらです」


 そう言って副長は俺を先導して歩き出す。


 しばらく歩くと、前回ギルド長と会話した部屋に到着した。


「またここか」


「この部屋が最も安全性と機密性が高いので」


 副長はノックをしたあと「失礼します」という言葉と共に扉を開け、俺に入るよう促す。


 中に入ると、既に居た二人から声をかけられる。


「アリド、来てくれてありがとう」


 片方は見た目ピンク幼女なギルド長。


「先日振りだな、アリド」


 もう片方は守護神の使徒、キドフォンスであった。


 後ろで扉が閉まる。


 副長はこの部屋に入らず、どこかへ行ってしまった。


 ギルド長は困り果てた顔をしていて、助けを求める視線をしきりに送ってくる。


 キドフォンスは険しい顔で、見た感じ余裕が無さそうだ。


「呼ばれて来たんだけど、何の用?」


 俺が質問を投げかけると、ギルド長が何かを喋ろうとするが、キドフォンスがそれを手で制して代わりに喋る。


「単刀直入に言おう。不審死事件の調査、解決に君の力を貸してほしい」


「なんで?」


「聖女の一人、ラミトが昏睡状態になって目を覚まさない。不審死の前兆であると判断され、教会は事態を重く見ている」


 なるほど、それで余裕がなさそうに見える訳だ。


 いや、実際切羽詰まってるのだろう。


「報酬は?」


「聖女を助けられるようなら昨日、君が求めたものを……もし助けられなくても金貨三千は支払うし、成果に応じて額は増える」


「あ、あの……傭兵への依頼は、ギルドを通してほしいなぁーって」


 か細い声でギルド長が苦言を呈する。


「ギルド通してないの?」


「うん、ギルドとしては、報酬が曖昧だと傭兵を守れない事があるから……」


 プルプルと震えているものの、しっかりと意見を口にするギルド長。


 表情や気配に覇気は感じないが、その目に宿る意思は一切揺らいでいない。


「事は急を要するのだ、理解して貰いたい」


「で、でも、聖女の為って理由なら、傭兵はどうなっても良いの?」


「そうは言っていない。報酬は適正であると約束できる」


 ああ、こうやって話が平行線だったから困ってたのか。


「昨日俺が教会に要求した報酬は、『外なるもの』に関する情報の一切を公開する、だぞ」


「……え、あの……え、使徒殿、それって間違ってない?」


「……ああ、間違いない」


 キドフォンスの肯定に、何故か頭を抱えてしまうギルド長。


「そういう事? この報酬を認めたら、ギルドがこれを認めた事になっちゃう……」


「故に教会は『傭兵アリド』ではなく、『アリド』という個人に頼みたいのだ」


 傭兵ギルドは傭兵登録した人物を無所属の個人として扱う前例を作りたくない。


 教会は情報公開した結果、起きるであろう問題の責任の矛先を傭兵ギルドにしたくなくて、その上で俺という一個人の力を借りたい。


 キドフォンスが俺の報酬を伏せていたのは、この情報を出すとギルド側が依頼発行を拒否するって考えての事だろう。


「なるほど、そうなっちゃうんだ」


 なんか二人から信じられないものを見るような目つきで見られた。


 昨日その場で思い付いたやつだから、そこまで深く考えてないんだよね。




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