第129話
魔人てのが何なのかは詳しく知らないが、「魔人狩り」なんてのが昔あったらしいし、あまり良いものではないと予想はつく。
それが教皇をやってるというのは、教会としてどうなんだろうか。
「じゃあ次はハーゲンディ。既にしてるかもしれないが、一応自己紹介を」
教皇は周囲の視線を意に介さず、そのまま話を進める。
「うむ……吾輩はハーゲンディ。知っての通り、正義の使徒であるぞ」
ハーゲンディも特に気にした様子はない。
俺になら知られても問題ないと判断されているのか?
そういやハーゲンディには俺が人じゃないってバレてるんだったな。
俺の正体に比べりゃ些事か。
「じゃあ次はボクだね。はじめまして、愛の神の使徒、ヘルマロディだよ。君とは是非ともじっくり親睦を深めたいなぁ」
性別不明なエルフが表情を緩めて名乗る。
でも使徒って事は男なんかね……その割には小柄だが。
イナーシャと同じ金髪碧眼だが、あちらと違い、蕩けるような甘い雰囲気を纏っている。
身に纏う衣服も、祭服と言うには露出が多い。
あとなぜか俺を見る視線に随分と熱が籠もっているな。
「ねぇ君、この話が終わった後、暇ならボクの部屋に来ない?」
「行かない」
「えぇー、つれないなぁ……」
言葉とは裏腹に楽しげに笑みを浮かべている愛の使徒。
「まあ
なかなか粘度と湿度高いな、この発情エルフ。
「ごほんっ……次は私が名乗ろう。守護神の使徒、キドフォンスだ。見ての通り獅子の獣人であり、聖騎士団の団長を務めている」
咳ばらいをして発情エルフの言葉を遮り、別の使徒が話を進める。
白を基調とした武骨な鎧を纏い、大きな体躯と鬣とが相まって威圧感がある。
漢らしい、筋骨隆々としたイケメンだ。
エルフが不服そうな表情を一瞬浮かべて聖騎士団長にジト目を向けるが、何も言わずに大人しくなった。
「聖騎士団は教会の持つ自衛戦力だが、この自治領においては治安維持にも貢献している。傭兵が手に負えないと判断できる案件があれば告げに来ると良い」
「じゃあ貴族の不審死」
「……現在対応中だ」
若干、言葉に詰まった様子を見せる団長。
「まあ『外なるもの』かその眷属だろうし、頑張ってくれ」
「何故そう……いや、後で聞かせて貰うぞ。今は自己紹介だけだ」
そう言って、自分の番は終わりだと言わんばかりに腕を組んで目を閉じる。
余計な事を嫌う、仕事に忠実なタイプっぽいな。
「では次は私が……契約神の聖女、ラミトです。虎の獣人です」
事務的に名乗ったのは白い虎の獣人の女。
纏う衣服は分厚く、発情エルフと違って露出はほとんどない。
見えてるのは顔くらいなものだ。
最初の方からずっと温度を感じさせない視線を向けられているんだよね。
かえって分かり易い。
「契約神の名の元に交わされた契約は、如何なる不義も許しません。今後も大教会の依頼を受ける事があるなら、どうかお忘れなく」
「そ」
「……今のは返事のつもりですか?」
「ん」
あら怖い、こめかみに青筋が浮かんでますわ。
冗談はさておき、こいつは型に嵌らないタイプを毛嫌いしてそうだな。
イレギュラーに弱そうだが、契約の聖女として大丈夫なのか?
普通の人相手なら権力で抑えつけられるんだろうが、『外なるもの』関連は
「……そうですか……私の自己紹介は以上です」
そっと目を閉じ、細く長く息を吐いてどうにか落ち着こうとしている契約の聖女。
質問されると思ってなさそうだから質問してみるか。
「一つ聞きたいんだけど、ラミトさん戦える?」
「戦えますッ!」
くわっと目を見開いて、拳を机に叩きつけながら大声で返してきた。
思ったより感情出してきたな。
不意打ち気味に自尊心を刺激される質問されて、仮面を被るのが間に合わなかったのかね。
「ラミト君、落ち着きなさい」
激昂した契約の聖女に、教皇が窘めるように言葉をかける。
「ッ! ……すいません、猊下」
契約の聖女は耳まで赤くして俯いてしまった。
数秒ほど沈黙が流れる。
「……あっ、えっと……私の番ですよね? 私はフィロフィーヤと申します。主たる太陽神より、聖女に任命されております」
いたたまれない空気の中、絞り出すような声で自己紹介を始めた太陽神の聖女。
艶やかな黄金の髪と瞳を持った華奢な少女だ。
頭髪の一部が風切り羽のようになっているので、たぶん鳥人。
「先日聖女となったばかりで未熟な身ですが、どうかよろしくお願いします」
正統派聖女って感じの聖女が出てきたな。
真っ直ぐにこちらを見て、真摯に自己紹介をしてきた。
「……よろしく」
捻った返答をしようかとも思ったが、不粋が過ぎるので普通に返す。
ど真ん中ストレートの方が逆に対応に困るな。
「よし、皆一通り自己紹介できたね。それでなんだけど、アリド君も自己紹介してくれるかな?」
「え、やだ」
どうせ俺の事なんて調べてんだろうに、何を今更。
「うーん……そうなると、ハーゲンディにアリド君の事を紹介して貰おうかな」
この教皇、俺が人外なのバラすぞって脅してんな?
面倒な事になりそうなので、仕方なく自己紹介を始める。
「やりゃ良いんだろ……名前はアリド。今は一介の傭兵やってる。人生の目標は
「うんうん、実に簡潔で分かり易いね」
にこやかに微笑む教皇を無視して、話を本題に戻す。
「自己紹介は終わりだ。んで、俺を呼んだ理由は?」
「まだソノヘンニール君も残っているけど……」
彫像のように固まっていたソノヘンさんがビクリと跳ねる。
この教皇も結構粘着性高いな。
「自分で言った自己紹介の目的憶えてるか?」
「もちろん憶えているとも。親睦を深めるためさ……つまり、アリド君とソノヘンニール君は、既に十分仲が良いという事かな?」
「そうだよ」
面倒なので適当に頷いて話を進める。
仮に教会がソノヘンさんを人質にするようなら、その時はその時だ。
「そうか、なら良いんだ……それじゃあ、仕事の話をしようか」
にこやかな微笑みを消し去り、真剣な面持ちで教皇が語り出す。
「現在、連絡の取れなくなっている教会が二十四ヶ所に及び、それ以外に八ヶ所、教会のある町村ごと壊滅しているのが確認されている」
悲報、思ってた以上に世界がやばい。
「その多くが『外なるもの』か、それにまつわる存在によって起きた被害であると予測される。人類は徐々に、確実に、瀬戸際に追い詰められつつあると言えるだろう」
教皇はそこまで言って、一旦間を置いた。
ここまでが前提として知っておくべき情報という事だろう。
「……そこで、我々は『外なるもの』を研究し、対策を講じる為の組織を設立する事にした。場所は学者が多く集う国、リアレム公国の首都シャタスだ」
設立を主導するのに、他国で立てるのか。
「ここじゃないんだ」
「アリド君が言った通り、ここには既に『外なるもの』に入り込まれてる可能性が高い。故に、未だ被害が確認されていない場所で設立する事にしたのだよ」
敵に目を付けられているであろう場所から遠い場所なら安全だと。
「いくつか質問して良い?」
「勿論良いとも、君の意見を聞かせてくれ」
「『外なるもの』を招来する技術が存在するんだけど、遠くに設立してもそこで呼ばれたら意味なくない?」
「それに関しては、流通を監視すれば、厄介な技術の保持者を炙り出せる可能性がある。もしそれを警戒されるなら、研究を進める事が出来る」
どちらに転がっても良いようにしておくわけだ。
不法侵入を完璧に防げれば、良い手になるかもしれんね。
「なるほど……じゃあ研究ってどうやるの? 生け捕りとか無理だと思うよ」
「ナッツィナにある『外なるもの』の死骸から手始めに調べるつもりだ」
「『外なるもの』の能力や性質は、一体一種族ってくらい個体差が激しいけど、どの程度効果が見込めると思ってるの?」
「正直、私にも分からない。だが何もしないという訳にはいかない」
上手く行くかはともかく、やらねばならない、か。
言ってる内容は理解できるな。
「で、俺の仕事は?」
「研究機関設立の協力を頼みたい。具体的には研究者の護衛と、可能であれば調査、研究の手伝いだ」
「それって全部じゃん」
「無論、教会からも協力するつもりだ。アリド君一人に押し付ける訳ではないよ」
かなり面倒臭そうだな。
結局全部やる事になりそう。
前世じゃいつもそうだったんだよねぇ。
「報酬は……アリド君が教皇である私に、一つだけ命令する権利を得られるというのでどうだろう? 勿論、契約神の名の元に契約をしようではないか」
その言葉に、またも取り巻きの使徒聖女が驚きの表情で教皇を見る。
「いらない」
俺の返しに、取り巻きの顔が一斉にこっちに向いた。
こっち見んな。
主に「教皇である」と「権利」の部分に胡散臭さを感じるんだよ。
「ううむ……そうなると何を用意すればいいのやら……アリド君は、何か欲しい報酬はあるかね?」
欲しいものねぇ……あ、そうだ。
「安心」
「安心?」
そう、安心が欲しいわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます